ハルの世界
第73話 藤ヶ谷は語る
空組がリーグ戦に復帰し、野球部相手にパーフェクト勝利を収めたことは、学園内に大きな衝撃を与えた。
リーグ戦に熱心なチームが昨日の試合動画を一斉にダウンロードしたことで、学園のサーバーが一時的にダウンしたほどだ。
動画を見たチームはその内容に驚いた。
歌川美咲のワンマンチームかと思いきや、星野桃子の視野の広さ、葛原飛鳥のスピードは想像を超えていた。
その結果、新藤青の元には生徒からの大量のクレームが届く。
星野と葛原は違法なレガリアを使っているに違いないから、出場資格を取り消せというわけである。
ドリトルのスパイではあっても、いや、ドリトルのスパイであるからこそ、学園内においては忠実に生徒会の仕事をこなしてきた彼女である。
彼らは不正などしていないとデータではっきり証明しても、問い合わせは引っ切りなしにやって来る。
その対応だけでも疲れるのに、本来は敵であるはずの奴らをなぜか必死にかばわなくてはならない状況に頭が痺れてくる。
さすがの新藤も精神的疲労でぶっ倒れそうになっていた。
それでも真面目な彼女は放課後になれば、1年生専用の生徒会室で日々の業務をこなすのだった。
日報のチェック、リーグ戦のスケジュール管理、さらにリーグで起きた様々なトラブルの報告書作成。
明らかにオーバーワークだが、これらの情報はすべてドリトルの栄養になる。葛原と星野のレガリアのデータを手に入れた南は心から喜んでいたし。
そんな頑張り屋の横で、一年学長の藤ヶ谷は他人事のように声をかける。
「大変だねえ。今日はもう帰ったら?」
「そ、そんなわけにはいきません。まだまだ仕事が山積みなんです……」
しかし、ノートパソコンを開いても、指が動かない。
とにかく眠かった。
「睡眠は命の貯金だよ。貯めておかないと間違いなく寿命が減る」
藤ヶ谷が真面目に訴える。
その言葉は珍しく新藤の胸に響いた。
「仰るとおりです……」
ノートパソコンを閉じ、机に突っ伏す。
珍しく弱さを見せる有能な書記を藤ヶ谷は微笑ましく見つめる。
「そういえばさ、空組の次の対戦はいつで、相手はどこだっけ?」
「対戦は明日です。相手は急に変更になって……」
「むむ?」
嫌な予感がするぞと顔色を変え、自分のパソコンからリーグのスケジュール表を確認すると……。
「早速邪魔してきたなあ……」
本来ならランキング下位の卓球同好会と戦う予定だったのが、ランキング三位の生活魔法研究会が空組の対戦相手になっている。
強さを感じるネーミングではないが、ここには生徒会副会長、長崎玲香が在籍している。実は彼女、チームランキングでは三位だが、個人評価ランキングではダントツの一位なのである。
衛藤遥香の存在を抜きにすれば、学園最高の魔女であり、氷の女王と呼ばれるほどの驚異的なパワーを持っている人だ。
「花岡さんの仕業か。対応が早いというか、あからさまというか……」
呆れる藤ヶ谷だが、新藤は返事をしない。
どうやら半分、夢の中にいるようだが……、
「こんなことしなくても、空組の弱点はあからさまだけどねえ」
藤ヶ谷の呟きに「はっ!?」っと動物的に反応した。
「じゃくてんってなんでしか!」
寝ぼけているので言いまわしが赤ちゃんみたいになる。
「ほら、星野さんは眼鏡、葛原くんはヘッドホンだよ。あれを奪っちゃえば、彼らは試合どころじゃない」
「なんだ……」
そんなことかと不満げに口をとがらせる。
「そんな卑怯なこと、リーグでは許されません」
学園リーグはあくまで魔法のぶつけあいである。
個人のハンディを攻撃するような行為はマナー違反になる。
しかし藤ヶ谷は皮肉に満ちた態度で言うのだ。
「試合ではルール違反だけどね。じゃあ、それ以外ならどうだってことをさ、花岡会長も気づいてらっしゃると俺は思うんだけど……」
さて、空組の対戦相手が急遽変更になった情報は当然、当事者の元にも届いている。
パーフェクト勝利を達成したことで空組全体が大喜びしていたのも束の間、次の対戦相手があの長崎玲香率いる「魔研」だと知って、この世の終わりのような雰囲気になっていた。
「もう終わりっすよ……」
桃子はその身を震わせるほど脅えている。
「長崎パイセンに氷漬けにされて、ガリガリに削られて人間かき氷にされた挙げ句、何も知らない私の親が騙されてそいつを食うんですよ……」
そんなタイタス・アンドロニカスみたいなことするはずないのだが、長崎玲香ならやりかねないというのが神武学園全体の彼女のイメージだった。
美咲も頭を抱えるしかない。
きっと何かしら嫌がらせは受けるとは思っていたが、まさか対戦相手をいじってくるとは思いもしなかった。
しかも長崎玲香とは……。
勝てるイメージがわかない。
「作戦を練らないと……。とにかく今度は5人いないとフォーメーションが組めない……。あとふたり……」
空組生徒達をぐるり見回すが、全員が美咲から目をそらす。
頼むから指名しないでくれというオーラが全員からほとばしっていた。
「……」
わかってはいたが、戦いに勝つことは喜んでくれるけど、一緒に戦うのはいやという生徒ばかりだ。
このままではダメだと美咲は痛感している。
実を言うと、飛鳥と桃子を加えた三人が戦い続けることすら良くないと考えていた。
リフォームの資金獲得目当てでリーグに復帰したけれど、勝敗なんかどうでも良いから、空組全員に参加して欲しい。
でなければ、いずれ空組生徒の熱も冷め、今までのようにリーグの結果も他人事のように受け止めてしまうだろう。
それだけは避けたいから、ガッカリするような手ひどい負けはしたくない。
とはいえ、嫌がる生徒を無理矢理戦いに加わらせるなんて、いつの時代だという話になるし……。
俺も戦いたいと手を上げてくれる生徒がいれば良いのだが……。
「ねえ歌川さん、葛原くんは?」
森本が静かに声をかける。
「あ、彼ならもう帰りました。用事があるみたいで」
用事。
そう、用事。
飛鳥は今日の放課後、ハルと一緒に樋口明菜に会いに行く予定になっていた。
デートだ! と喜ぶ気持ちはない。
なぜなら樋口明菜は少年院にいる。
しかも個人的に調べたら、彼女がいる特別管理少年院は殺人を犯した未成年が収容される特殊な施設だという。
つまり樋口明菜は、まあ、そういうことなのだ。
ハルと二人きりでどこかへ行ける喜びより、会いに行く人間の経歴のヘビーさにビビってしまい、やたら汗が出てくる。
しかも学園の校門を待ち合わせにしたのが、やばさに拍車をかけた。
予想通り予定時刻に来ないハルを待っていると、一番会いたくない男に出くわした。
たった一人で校門をせっせと掃除する男。
生徒会長の花岡ではないか……。
彼が障がい者に特別な嫌悪感を抱いているというのは美咲から聞いているし、自分は学園の裁判にかけられた男である。
花岡も当然飛鳥の存在に気づいているだろうが、まるでいない人間のように扱って、一生懸命校門を拭き掃除している。
き、気まずい……。
ハルちゃん、急いで……。
飛鳥は心の中で何度もハルを呼んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます