第72話 熱狂の中で

 信じられないが、今、飛鳥はジャングルの中にいる。

 もちろんここは日本だ。

 毎日通う学校だ。


 しかし神武学園のリーグ専用ドームにあるスタジオは、生徒が望むままにその形を変え、最高の空間を提供する。


 ホーム側になる野球部が戦場をジャングルに指定したため、空組の3人はジャージを着て密林の中に立っていた。 


「これはプロジェクションマッピングの応用でしょうかね……。よくできています。ジャングルに行ったことがないのにジャングルの絵を描いたルソーのように、適度に虚構を交えていますが……」


 生い茂る木々の葉の触感を確かめる桃子。

 戦うことよりスタジオのメカニズムに関心が向いている。


 飛鳥も飛鳥で、どこからともなく聞こえる鳥のさえずりに意識をとられていた。

 もちろんこれは録音だろうが、本当にジャングルに来たんじゃないかと思われる効果音の再現度の高さには驚かされるばかりだ。


 まるで観光客のような2人を美咲はしっかり注意する。


「どこまでも広がってる世界のように見えるけど、実際は箱の中よ。あまり端の方に行ったら集中砲火を浴びるから気をつけて。高さを上手く使うの」


 そしてレガリアを起動し集中力を高めるが、


「そんなに気張らなくても、葛原氏がサインを盗んでくれますよ」


 桃子は余裕しゃくしゃくだ。

 

 そう。同じスタジオにいるであろう野球部たちの声は相変わらず飛鳥の耳にするする飛び込んでくる。


『いいか。相手は俺たちがどこにいるかわかっていない』


「見えてますって」

 眼鏡をキラリと光らせる桃子。


『俺たちの遠距離射撃をあいつらは避けきれないはずだ。五種類の変化球に空組が対応できるはずがない。まずはフォーシームで行け!』


「歌川さん。フォーシームだって」

 

 相手が何を投げてくるかあらかじめわかっていれば、もうなにも怖くない。 


「速球ね。わかったわ!」


 落ちている太い木の枝をつかみ、構える美咲。


「なんか、これ、いいのかなあ」

 

 サイン盗みに似た行為を申し訳なく思う飛鳥だが、美咲は勝負に徹する。


「気にしないの。あっちが勝手に喋ってるだけなんだから。馬鹿は死ぬだけよ」


 かなりの問題発言をかましながら、美咲は炎の魔法を繰り出す。その手から放たれた炎が木の枝を包んでいく。

 燃えるバットの誕生である。


「ちっちゃい頃、野球してるグループに女だからって混ぜてもらえなかったの。その借りを返すときが来たわ……」


「仲間外れにしたのはあの人達じゃないと思うけど……」


 苦笑する飛鳥の耳にバシュッと空気を切るような音が飛び込む。


「あっ、投げたみたい!」


 野球部が作り上げた自前のピッチングマシンから風の魔法が混ざったボールが放出される。


 一直線に飛鳥たちの元へ向かっていく風の弾丸。

 その威力は凄まじく、木々の枝や葉を切り落としながら進む。


 ガサガサ、バキバキ、グワングワン。

 ごう音が飛鳥の耳に飛び込んできて、思わず両耳をふさぐ。

 あれをまともに食らったら大ダメージどころか一撃でゲームオーバーかもしれない。


「歌川氏! そろそろ来ます。構えて下さい!」


 弾丸を完全にロックオンしていた桃子の指示を受け、美咲の目が光る。


「野球部のくせにこんな視界の悪い場所を選ぶこと自体気に入らないのよ……。正々堂々と向かい合って勝負しないなんて……」


 炎のバットを高々と構える。


「恥を知りなさいこの外道がっ!」


 バッターというより、剣道のようにバットを振り下ろす美咲。

 まさにジャストミート。

 火の玉ストレートになって相手のところまでひとっ飛び。


 跳ね返された攻撃は野球部達の陣に打ち込まれる。

 念のためにと広げておいた物理シールドのおかげで全員無傷ではあったが、打ち返された衝撃は大きい。


「そ、そんな馬鹿な。打ち返されたぞ……」

「まぐれ当たりだ。今度は変化球で行くぞ!」


 おうよと、弾をマシンに込める。


「次はフォークで空振りをとってやれ!」


 空振り狙いじゃダメージにならないだろうというツッコミをする人間もおらず、何を投げるか言葉にしてしまうと、結局自分らに不利になる。

 彼らは自分で自分を追い込んでいると気づいていない。





 さて、これらの試合は学園内部のネットワークを使って観戦することができる。

 授業が終われば光の速さで帰宅する空組生徒たちも、今日に限ってはほとんどが教室に居残って、試合に釘付けになっていた。


 美咲から試合に復帰すると聞いた彼らは、


 勝てるはずがない。

 無意味。

 無駄。


 などと、戦う前から諦めていたが、起きている光景を見て唖然とするしかない。


 ずっと屋上で眠っていたハルが教室に戻ってきたのはその時だった。 


「おはー、大神先輩、試合どう?」


 大神の車椅子に横付けするハル。


 目の前の巨大ディスプレイには空組VS野球部の試合が中継されていた。


 森本と同じ障がいを持つ大神は普段なら感情を表に出すことはできないが、レガリアを起動すれば声を発することができる。


 大神はわざわざレガリアを起動させてまで試合を観戦していた。


「わかってはいたが、楽勝だ」

「でしょ?」


 自分のことのように喜ぶハル。


「星野も、葛原もすげえな……」

 魔法戦に詳しい浪川という男子生徒が呟く。


「あいつら、相手が何するかわかってるみたいだ」


「わかってるんだよ」

 大神が冷静に事実を述べる。


「ひとつひとつの判断が相手を圧倒している。どうやら野球部の連中は葛原の力を知らなかったようだな。その時点で勝ち目はなかった」


そして大神はじろりとハルを見つめる。


「なんだかずいぶんと戦い慣れしてるようだが、いろいろあったようだな」


「あったあった。そりゃもう、濃い出来事がね」

 

 意味ありげに肩をすくめるハル。

 

「頼もしいな」

 

 そう声をかけるのは森本だった。


「あ、ども……」


 ハルは小さく会釈する。

 なんとなくこの森本には人見知りが発動してしまうらしい。


「ねえ、もしかしたら。パーフェクト行けるんじゃね?」

 空組で一番のギャル、鈴岡の指摘に浪川が指をパチッと鳴らす。


「だな。ここは勝ちを急がずに、相手の暗号を読んじまった方がいいぜ」


 浪川が指摘したように、相手のライフを100以下にした状態でそれぞれの暗号を解読してダウンさせると、勝ち点にボーナスが入る。

 これを5人分行い、さらに自分たちがノーダメージで試合を終わらせると、パーフェクトと見なされ勝ち点が倍になる。


 おそらく美咲もパーフェクトに近い成績をたたき出せると判断したのだろう。

 ディスプレイから美咲の激しい声が聞こえてきた。


『ふたりとも待って! 作戦変更。じわじわとなぶり殺しにするわよ!』


 しんと静まる空組生徒達。


「……」

「歌川さんって、時々怖いよな……」

 

 彼らも徐々に美咲の本性がわかってきたようだ。


 そして美咲は荒ぶる本性を遺憾なく発揮して、野球部を追い詰める。

 遠距離攻撃などすべてかいくぐり、果てはチェンジアップを豪快に打ち返してマシンを破壊することに成功。

 その段階で飛鳥が野球部達に突進。


 メイヴァースのスピードを爆発させ、その強力なスタン攻撃で次々と野球部員を行動不能に叩き込む。


『うわあああ、痺れて動かねええ!』

 野球部の悲鳴。


『ご、ごめんなさい、強くしすぎた!』


 そのやり取りに大神が苦笑する。


「あいつだけ謝ってばかりだ」

「ふふ」


 ハルは笑う。

 自分の仲間が活躍する姿を見ているだけでこんなに晴れ晴れと誇らしい気持ちになるとは思いもしなかった。


 飛鳥たちが相手を追い詰める姿に空組生徒達も歓声を上げ始める。


 ハルがふと横を見ると、森本がスマホのカメラでパシャパシャと皆を撮影していた。

 森本と目が合って、およっとアホ面するハルの顔もしっかり写真に撮られた。


「ごめん、嫌だった?」

「いえ、別に」


 ハルは静かに首を振る。

 森本と何を話していいかわからず、目をそらそうとするが、森本からハルに声をかけてきた。


「こういう瞬間をなるべく記録にとどめておきたいんだ。自分がいつまで今の自分でいられるかわからない」


「え?」

 思わぬ言葉にハルの顔は曇る。


「今までずっと闇の中にいたんだ。きっとまた元に戻るだろう。レナードの朝のように、アルジャーノンに花束を、みたいにね」


「先輩。それって……」

 

 ハルは打ちのめされた思いがした。


 レナードの朝。パーキンソン病に苦しむレナードが新薬によって病を克服したように思えたが、結局元に戻る。

 

 アルジャーノンに花束を。知的障がいの主人公が脳手術によって天才的な知能を手に入れるが、結局元に戻る。

 

「あまり切ないこと言わないでください」


 訴えても森本は笑うだけだ。

 ふたりの会話が聞こえているはずの大神も聞こえていないふりをしている。


「衛藤さん。僕は、今見えるものをたくさん記憶しておきたい。それに、みんなに僕のことを覚えていて欲しいんだ。僕の友達、僕の家族、僕を嫌う人、僕を知らない人、全員にね」

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