第71話 チョロい女、チョロい男、チョロい対戦相手。

 飛鳥の真聴覚は相変わらず色々な声を拾ってしまう。


 空組教室の屋上にいるであろうハルに会いに行こうとしたら、階段を上っている段階で、誰かと重苦しい電話をしている彼女の声をがっつり拾ってしまった。


 最近落ち込んでいるとは気づいていたが、ハルクラスになると悩みの度合いも深いようだ。殺されるから近づくな的なことまで口にしていた。

 

 彼女の力になってあげたいが、相談に乗るよなんて軽く近づいて、自分に解決できない重い悩みだったらどうしよう。

 明日、世界が崩壊するわなんて言われたら、へえ大変だあ、程度の言葉しか出てこない気がする。


 ハルは相当思い悩んでいるようで、飛鳥が近づいてもまるで気がつかない。

  

「どうすりゃいいのよ……」


 弱々しく呟くと、抱えたストレスが頂点に達したせいか、いきなり場違いな曲を歌い出す。


 ああ、空はこんなに青いのに。

 風はこんなに暖かいのに。

 太陽はとっても明るいのに。


「どうしてこんなに眠いのかしら……」


「睡眠不足?」


 意を決してハルに近づくと、


「どひぇあっし!」


 本当に気づいていなかったらしく、奇怪な叫び声を上げるハル。


「い、いつからいたのよ!」


「さっきからだけど、声はずっと聞こえてた」


「あぁ、そうね。あなたはそうだったわね……」


 我ながら迂闊だったわと頭をかきむしるハル。


「樋口さん、具合が悪いの?」


 思いきって尋ねてみる。


「具合が悪いっていうか、その……」

 

 ああ、もうダメ。

 ハルはそう吐き出すと、諦めたように頭を垂れた。


「ゴメン、飛鳥ちゃん。私、嘘ついてた」


 ばつが悪そうに髪をくしゃくしゃにするハルを、飛鳥はじっと見つめる。


 気にしてないよ、何を言われても動じないよという菩薩のような顔のつもりでハルを見つめる。


「明菜が外国に行ってるってのは嘘なの。ほんとは、ここから電車で1時間くらい離れた施設にいる。少年院の中でも一番エグい所よ。はっきり言うけど、人を殺めた子供たちしかいない場所」


「少年院……。そっか」


 飛鳥はうんうんと頷くだけだ。人を殺めたという恐ろしい言葉はこの際忘れることにする。

 電話で、あの子を巻き込みたくないと呟いていたが、どうやらあの子とは、自分のことだったようだ。 


「僕が行けば、樋口さんの体調が良くなるかもしれないんだね。森本先輩みたいに」


「……」

 小さく頷くハル。


「だったら行くよ。いつでも行く。今すぐにでも!」


 力強く応えると、ハルはぷっと吹き出した。


「ごめん。予想通りの反応すぎて、なんかホッとしちゃった」


 そしてハルはふうっと溜息を吐いた。

 体の中にあった重苦しさをすべて吐き出すように。


「我ながら馬鹿みたいに楽になったわ。話すって大事ね」


 そして車椅子をくるりと回転させる。


「明日の放課後、時間をちょうだい」


「わかった」


「だけど、ヤバそうだったら途中で引き返しましょう」


「や、ヤバそうって……?」


 しかしハルは微笑むだけでなにも言わず、ポンと飛鳥の腕を突っつく。


「とりあえず今日は試合に集中しなさい。ほんとはそれで来たんでしょ?」


「うん。試合なんてやったことないし、どうすりゃいいのかなって」


 とはいえ、天才肌のハルにアドバイスを求めたところで、出てきた答えを理解できるかどうか。

 バーンと動いてドカーンとやれ、みたいな擬音だらけだったらどうしようなんて不安に襲われたが、それは杞憂に終わった。


「あなたはね、相手のタイプとか戦術とか考えても意味ないの。相手が誰であろうと常に先手をとることを考えなさい。あなたの耳を上手く使うのよ」


 常に先手をとる。

 この言葉は飛鳥にとって金言以上の物だった。


「なんかいろいろ見えてきたぞ!」


 ちょっと気持ちが盛り上がると、あれだけ不安だった試合が急に待ち遠しくなってくる。


 そして試合時間10分前。


 神武ドームにつくられた無数の「戦場スタジオ

 放課後になれば、予定されたスケジュール通りに、様々なチームが激しい戦いを繰り広げる。

 実に半年ぶりにリーグに復帰した空組を代表するのは、美咲、桃子、飛鳥。


 三人はジャージに着替え、控え室でその時を待っていた。


 美咲も桃子も世間話するくらい余裕でいる。

 しかし飛鳥だけは目をギランギランにさせながら試合に関するガイドブックを凝視していた。

 

 この学園リーグ。なかなか奥が深い。


 まず試合に参加する生徒には500のライフが与えられる。

 敵の攻撃を受けたり、仕掛けられたトラップにハマってダメージを受けると、その中身に応じてライフが減っていく。当然ゼロになると死亡扱い。


 ちなみにどんなダメージを喰らっても痛みは一切受けない安全仕様。


 そしてもう一つ面白い要素がある。

 生徒は試合前に各自必ず暗号を登録しなければならない。

 試合中にその暗号を解読されると、その時点で死亡扱いになる。


 これは攻撃魔法より、データ解析や事務処理系に強い生徒たちがリーグにおいて不利にならないための処置である。


「ねえ、歌川さん。僕、暗号を登録してない気がするんだけど」


「あ、ごめん。星野さんが勝手に決めちゃった」


「ああ、そうなんだ。そうしてくれた方が助かるかも」


 自分は変なところ凝り性だから、暗号を考えるだけで日が暮れてしまいそうだ。


「葛原氏、一応、覚えていて下さい」


 飛鳥の代わりに暗号をこしらえた桃子が胸を張る。


「葛原氏の暗号文はもちろん『大丈夫だ、問題ない』です。あなたは一生それで行きなさい」


「まだ怒ってるの……?」


「歌川氏は本人の強い希望によりただの文字の羅列です。ロマンを感じません」


「暗号って普通そういうもんじゃ……」


「ちなみに私は当然『さんをつけろよ、デコ助野郎』です」


「なんか、私も不安になってくるわ……」


 美咲の顔が曇っている。


「野球部の人は典型的な暗号解読スタイルで来るから……。短い暗号文だと、あっという間にばれる気がするんだけど……」

 

 その言葉に飛鳥は首をかしげる。


「野球部が暗号解読……?」


 スポーツマンが己の身体能力を生かして戦わず、データ勝負で来るなんてピンと来ない。


 しかし飛鳥はわかっていなかった。

 

 スポーツにおいてレガリアの使用はドーピングと同じ扱いになる。

 スポーツとはあくまでしらふで行うものなのだ。

 

 だから、プロスポーツの世界に飛び込みたいと願う若者は、そもそも神武学園には来ない。


 だが、自分の高い魔力を生かし、スポーツにおけるデータ収集で飯を食っていきたいと願う連中ならわんさか神武にやって来る。


 要するに神武学園の野球部とは、ただの野球好きが集まって作った、部活というより同好会なのである。実際部員は5人しかいない。


「いやあ、まさか空組が試合を放棄せずに挑んでくるとはなあ」

「おかげで今日の予定が丸つぶれだよ」


 全く汚れていない白いユニフォームを着込む野球部生徒5名。

 魔法を使った模擬戦だというのに意味もなくグローブまで持ってきている。5人とも形から入りたいタイプなのだろう。


 いつもなら前日のプロ野球の試合で集めたデータを解析しながら、人類史上初の打率4割を打つためにはどうすりゃいいの、とか、170キロを越える速球を投げるためのピッチングフォームを考えたり、最新トレーニングの研究について、といった課題について熱く語り合う。

 

 それだけの人達なので、リーグの順位は低い。

 そもそもリーグで好成績を上げようとすら思っていない。

 彼らの戦場は、試合が終わったあとのデータ収集と解析なのである。


「いや待て。もしかしたら、初めてで勝てるんじゃないか? だって相手は3人なんだろ? 空組なんだろ?」


 背番号1をつけた部長の興奮振りに他の部員がおお、と声を上げる。


「だったら、ピッチングマシンを前面に出して魔法攻撃を繰り出してみませんか」

「いいねえ、カーブファイヤーにスクリューブリザードってわけか!」

「フォーシームガドリングも忘れないでくれよな」

「いいじゃねえか、かっこいいぜ……!」


 残念ながらこのやり取りを見て、ダサい、止めておけと忠告する人間はいない。


 神武の学生は頭が良すぎて、ある意味バカばかりとハルが常日頃、指摘するように、5人ともこれ以上ないくらいの野球バカだった。

 

「よおし、今回は暗号解読を止めて、魔法攻撃でぐいぐい押すぞ!」

「おお! 完全試合と行こうぜ!」


 頬を赤くしながら円陣を組み、叫び声を上げる野球部員達。


 しかし、彼らはわかっていなかった。

 自分たちがいる場所から遠く離れたところにいる対戦相手が持つ、とんでもないスキルのことを……。


「ああ、もう……」


 飛鳥は控え室で頭を抱えていた。

 自分のヘッドホンを懲らしめるかのようにコツコツ叩く。


「全部聞こえちゃったよ……」 

 

 スクリューブリザートは、格好いいかなとは思ったけれど……。

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