第70話 戦闘への助走、崩壊への序曲?
神武学園の広大な敷地の中央に、学園リーグ専用の校舎がある。
正式名称は、神武学園魔法戦専用体育館であるが、一般では神武ドームなどと呼ばれることが多い。
あまりに立派な作りなので、学生だけの持ち物にしてはもったいないと、学園が季節の休みに入ると、そこで大きなコンサートをしたり、果てはサッカーの国際試合まですることがある。
学園リーグに復帰することになった空組は、参戦する美咲、飛鳥、桃子の三名で、スタジアムにある管理部に入った。
「え、試合をするんですか?」
歌川美咲から参戦メンバーのリストを渡され、大いに驚いたのは新藤青である。
生徒会の書記であり、実は犯罪組織ドリトルの諜報員でもある彼女。
学園リーグでは受付やデータ集計なども行っている。
スパイとして追っかけていた葛原飛鳥が向こうから接近してきたことに驚くが、それ以上に毎回試合を放棄していた空組が復帰することに衝撃を受けてしまった。
そう来たか、歌川美咲。
新藤は素直に感心した。
空組生徒のほとんどは学園リーグで戦えるほどの実力を持っていないが、ここにいる三人は違う。
彼らの強さを彼女は目の当たりにしてきた。
空組が勝ち続ければ、彼らの存在を生徒会は無視できなくなる。
もしかしたら、彼らの復帰は神武の歴史を変えるかもしれないと新藤はワクワクしてしまうが、それと同時に、そんなことに関心を抱く自分にも驚く。
南の言うとおり、自分は少しずつ普通になっているようだ。
自分の将来を考えたとき、自分はドリトルにいるのだろうか。
いや、今はそんなことで頭を無駄に使いたくない。
「わかりました。参加を望む以上、断る理由はありません」
平静を装いながらタブレットを取り出し、参戦リストを更新する。
「参加記録のない葛原さんと星野さんのデータを登録します……」
タブレットのアプリを使って飛鳥と桃子の経歴や身長を計測する。
「では、おふたりが使用しているレガリアも登録します。規格によっては使用することが出来ないレガリアもありますので」
飛鳥の懐中時計、桃子の眼鏡にタブレットを近づける。
ドリトルの戦士だけでなく、クズハラの社員たちまで翻弄した彼らのレガリアの情報を、こんな簡単に入手できるとは……。
スパイとして、とんでもない情報を入手したと思うと手が震えてくる。
「あら、どちらも市販のものではありませんね」
変だなあと首をかしげるが、あくまでそれは演技。
どちらもオーダーメイドの超一級品に違いないと気づいているので、興奮を抑えるのに必死だ。
「星野さんは葛原製作所の試作モデルですね。魔法能力と肉体の向上指数の上限に違法は見られません。どこで手に入れたか知りませんが、使用は許可されます」
「そりゃそうですよ」
強がってみせる桃子だが、どこで手に入れたか知らないというさりげない一言に恐怖を感じて、笑顔が歪んでいる。
「で、葛原さんのレガリアは……」
表示されるデータを見て、新藤は首をかしげた。
「葛原さん……、そんなレガリアで大丈夫ですか?」
「え、うん。いけるよ」
なぜ心配されるのかわからない飛鳥。
メイヴァースがなかったら今頃死んでいたかもしれないのに……。
「魔法向上率がゼロです。オプションギアが普通より多くセットできるくらいのレガリアなら、子供のおもちゃと一緒ではないかと」
これは嘘偽りのない新藤の本音だ。
こんな無価値なレガリアをつけた、葛原家に追放された無能に、仲間たちはボコボコにされたのか。
失望が深すぎる。
追放されたとはいえ、あのクズハラの一族ならさぞ凄まじいレガリアをつけていると思っていたのに……。
この情報を南が知ったらなんて言うだろう
しかし飛鳥は首を振るだけだ。
「僕はこれでいいんです。これを使います」
「わかりました。ではあとのことはこちらで処理しておきますので、試合時刻十分前に14号室北口から入場してください」
「ありがと、頼むね」
新藤に頭を下げて、いったん空組の教室へ戻る一行。
「ほんとに戦うのか……」
実感がわかず、飛鳥は自分の頬を何度か叩いた。
向かってくる敵がいれば戦うしかないが、自分から試合を挑むことにピンと来ない。
そもそも、格闘技を見ることすら苦手なのだ。
今日の相手は野球部。
まさかバットとボールを使ったノック攻撃なんて繰り出すんじゃないよな。
「歌川さん、野球部の人達ってどんな感じ?」
「うーん、面白い人達だけど、戦うタイプじゃないわね」
「え、野球部なのに?」
驚く飛鳥に美咲は「まーね」と笑うだけだ。
彼女はとても余裕だが、飛鳥は勝てる自信がない。
勝つビジョンがわいてこない。
「星野さんはどう、いけそう?」
不安を分かち合おうと声をかけたが、桃子はなぜか怒っていた。
「葛原氏っ! そんなレガリアで大丈夫かと言われたら、大丈夫だ、問題ないと答えるのがヒトの宿命でしょうが! あんな美味しいチャンス逃しちゃいけませんよ! クソがっ!」
「……」
時々、桃子がわからない。
飛鳥はハルがいる屋上へ向かおうと思った。
リーグには参加できないが、アドバイスはしてくれると感じたからだ。
しかし、衛藤遥香はそれどころではなかった。
確かにハルは空組新教室の屋上で昼寝をしていた。
しかし、突如かかってきたスエちゃんからの電話に震えるほどの衝撃を受けていた。
「樋口さんの機嫌が絶望的に良くないのよ」
あの強気なスエちゃんの声がこんなにも弱々しくなったことがあるだろうか。
「食事を運んできた職員さんを樋口さんが睨みつけたら、突然職員さんが自分で壁に何回も頭をぶつけて倒れたって事故があったの……。私、今、現場にいるのよ」
「あらそう。それ、残念だけど明菜の仕業よ」
ハルはあえてぶっきらぼうに返事をした。
動揺していることを悟られたくないのだ。
受話器の向こうでスエちゃんは深い溜息を吐いた。
「あの噂は本当だったのね。あの日、あのビルにいた衛藤の関係者153名が、同じ時間で一斉に自殺したって話は……」
「そうよ。私も現場にいたしね」
「ねえ、ハルちゃん。どうすればいい? このままだとあの子、政府に処理されちゃうわよ……」
「駄目よ!」
屋上で一人大声を発するハル。
「下手に刺激したらそれこそみんな殺される! 話しかけちゃダメ、目を見ちゃダメ、近づいちゃダメ!」
そしてハルはとうとう覚悟を決めた。
「会いに行く。私が行く。もしかしたら元に戻せるかもしれない」
「戻せる? 樋口さんの障がいを直すってこと?」
「私の学校で、明菜と同じ障がいで苦しんでた先輩が急に良くなって普通に生活してるの。信じられないけど、立って歩いて喋ってるのよ……」
戻ってきたよと呟く森本哲郎を見たときの衝撃をハルは一生忘れないだろう。
「どういうこと? 新薬? 魔法?」
声を弾ませるスエちゃんにハルは慎重に説明する。
「人よ。私の友達と接触したら元気になったの」
「そんなことって……。いや、今はもう何が起きても驚かないわ。その子を連れてきてくれるってこと?」
「まだ許可は取ってない。話したら、きっと来る。けど、正直話したくないのよ。あの子だけは巻き込みたくない。だから……」
ハルは頭を抱えた。
「ゴメン、あと一日待って、ほんとにゴメン……」
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