第63話 いいわけ

 生徒会においては1年生の長として辣腕を振るっている藤ヶ谷だが、魔法建築部においては、濃すぎる先輩に翻弄される奴隷の身。

 こんな部に入るんじゃなかったと後悔の日々を送るだけである。


 とはいえ、実質空組のリーダーである美咲と直で話せる機会が持てたのは、思わぬ好機ではあった。


「言い訳させてもらうが、ここまでやろうとは俺は言ってない」

「へえ……」


 美咲はじろっと藤ヶ谷のおむすび顔をにらむ。

 彼の言い分を信じることができないらしい。


 両者の間にあるひりついた空気を察した飛鳥と桃子。

 揉め事に関わるのは止めようと逃げ出そうとする飛鳥だが、その腕を桃子はぐっとつかんだ。


「私たちは探偵に雇われたのです。些細なことでも聞き耳を立てろと不動氏が言っていたでしょう」


「そうだけど……」


 そのやり取りを見て藤ヶ谷は肩をすくめた。


「君たちもいてくれよ。ひとりだと歌川さんの視線に耐えられない」


 こうして藤ヶ谷の弁明が始まった。


「俺が生徒会長に進言したのは、空組専用の教師を雇って貰えませんかってことだけだ。出ていけだの、一日で引っ越しを終わらせろだの、さもなくば警察を呼ぶなんて無茶苦茶、言うわけないだろ」


 そんなことがあったのかと驚く飛鳥と桃子を横目に、藤ヶ谷は生徒会長によこした提言書のコピーを美咲に突きつける。


「むう……」


 物的証拠を見せられると美咲も文句が言えない。


「花岡先輩はこれを受理しなかったんですか?」


「手ぬるい。この件に関しては俺に任せろって、それだけだ」


 呆れたように首を振る藤ヶ谷。


「俺の行動が結果的にあの人の闇スイッチを押したようだね」


「やっぱり、あの日の会長、変でしたよね……」


 顔を真っ赤にして暴言を撒き散らすなんてタイプでは決して無かったのだ。

 しかし藤ヶ谷は言う。

 

「乱暴ではあったけど、会長が言ったことすべてが間違ってるとは思わない。ハンディを抱えた人の中にも、頭でっかちになりすぎて、正直、関わりたくない人はいるからね。だけど……」


 空組を右から左に見回すと、藤ヶ谷は何度も頷いた。


「そんなめんどくさい人、ここにはいない。自分が裁かれないために他人を裁くような矛盾を振りかざす生徒はひとりもね。ここの生徒は今まで苦労してきた分、こちらが心配になるくらい優しい人ばかりだ。追放を命じられてもすぐに従うし、君らが大暴れしても無条件で受け入れる」


 藤ヶ谷の視線の先には飛鳥と桃子がいる。


「そうですね……」

 おまえらのせいで追い出されたと文句を言ってくる生徒はひとりもいなかった。


「どうやら花岡先輩は空組を別の何かと置き換えて私怨を晴らしているようだ」


 藤ヶ谷は鋭い洞察力でことの本質を突いたが、


「どちらにしろ、一年後にはあの人は卒業してる。ここは大人しくしておいたほうがいいんじゃないかな」


 あくまで波風は立てない。

 何かしているようで実は何もしないのが藤ヶ谷スタイルなのだが、今日に限っては彼も感情的になっていたようだ。


「ただ言わせてもらうが、俺は空組の空気が好きじゃない。入学できればそれで良し、あとは卒業すればいいっていう空気がさ。君らにとっちゃここはゴールかもしれないが、そんな風に考えているのは君らだけだ。要するに野心がない」


 野心。

 祖父はかつて、野心のない人間は死んでいるのと同じだと飛鳥を口撃したが、藤ヶ谷の言う野心と、祖父が言う野心は意味合いが違う気がする。


 確かに藤ヶ谷は野心的な男だ。

 生徒会で確固たる地位を築き、いずれは生徒会長となり、その実績を元に大学を経由することなく一流企業に飛び級しようという意思がある。

 

 彼だけではない。

 神武学園で優秀な成績を残し、それを踏み台にして、最高のキャリアを築こうと目論む生徒たちが大勢いるのだ。

 

 彼らからすれば、学費も払わず、だらだらするだけの空組は邪魔でしかないし、不快な存在だろう。


「せっかく神武に入れたんだ。ハンディを背負った身でもヤンファンエイクやエイサルネットの重役になろうって燃えていいはずなのにねえ」


 その言葉が染みたのか、考え込む美咲。

 藤ヶ谷のよく通る声は空組の教室全体に届いていたようで、心なしか教室内が静かになった気がする。


 そして藤ヶ谷はとどめを刺した。


「こんな所で時間を潰すより、外に出て大人と世直しを続ける衛藤さんの方がよっぽど健全だと俺は思うけどね」

 

 確かにそうかもしれない。

 飛鳥はハルの言葉を思い出していた。


「空組にいる子達は全員好きよ。みんな優しいし、心が綺麗。でも、この教室は好きじゃない。あまり近づきたくないの」


 そして今日もハルはいない。

 またスエちゃんと一緒に悪者を退治しているのだろうか。


「葛原氏、私らも放課後はバイトですよ」


「あっ、そうだ……」

 

 実は不動からある任務を受けていた。

 お金持ちが住む豪邸から飛び出した猫を見つけるという、猫好きとして絶対にしくじれない任務だ。


「そっか。頑張って」


 美咲は優しく声をかける。

 昔の彼女なら引っ越しを手伝えやとか、神武学生がバイトとはなんじゃいと憤慨したかもしれないが、色んな出来事を経て彼女の価値観は変わった。

 学校に通うことだけがすべてではないということだ。


「ほう」


 藤ヶ谷は良い意味で丸くなった美咲に感心しつつ、学長としてアドバイスする。


「空組の生徒にも欠席者や登校拒否の子達がいるだろ。彼らにもちゃんと教室が変わると伝えた方が良い」


「あっ、そうでした」

 

 そこまでは気が回らなかったのかハッとする美咲。


「ありがとうございます」


 素直に頭を下げる美咲に藤ヶ谷は安堵した様子。


「君のことだからリフォームのプランもほとんど組み上がってるんだろ? 引っ越しが落ち着いたら先輩たちと話をしよう」


 それじゃ、と去ろうとする学長を美咲は慌てて呼び止めた。


「最後に教えてください。学長の建築ネームは?」


「……」

 藤ヶ谷からすれば絶対に言いたくない魔法建築部内のニックネーム。

 それを知った上であえて問いただす性格の悪い美咲のちょっとした復讐。


 空組への罪の意識もあり、藤ヶ谷は諦めたように呟く。


「レーベン2LDKツーエルディーケーだ。意味はわからん」


 だせえ……! そして意味不明!

 教室にいた空組生徒全員が心の中で叫んだ。


 桃子に至っては、


「売れないラッパーのようで、絶望的にダサいっすなあ」


 とトドメまで刺した。


「くそっ、その名で絶対俺を呼ぶなよ!」


 こうしてレーベン2LDKは顔を真っ赤にして教室を出て行った。

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