第62話 協力者たち
空組の教室で美咲は生徒たちを集め、起きたことをかいつまんで説明した。
朝礼で集まった中学生の如く、最初はキャッキャと騒がしかったが、美咲の話が本筋に入ると、今回はふざけてる場合ではないと気づき、無言になっていく。
「というわけで、もうここにはいられません。すぐに引き払って、月曜日からは第3倉庫が私たちの新しい教室になります」
「……」
静かな反応。
不満も同意もない。
あるのはためらいだけ。
飛鳥もショックだ。
こうなったのは自分の責任である。
今も渡辺からベルエヴァーを奪い取るべく抵抗したことに後悔はないが、少々やり方が派手すぎたという反省はあった。
なにせ、他人に迷惑が及んでしまったから。
自分たちの家を追い出されるというのはとてもストレスになる。
飛鳥自身が一番よくわかっていることだ。
誰もが、この後どうなる? と美咲を見つめる。
飛鳥と違い、捨て犬のような大衆のまなざしを浴びても怯まないのが美咲の図太さ、もとい、強さだ。
「出てけといわれたら、もう出ていくしかないけど、心配しないで。引っ越しは業者に頼んだし、倉庫も徹底的に空組仕様にいじりますから」
とにかく手際の良い美咲。
何をするべきか完全に頭の中に予定を叩き込んでいるらしい。
「一斉に移動すると騒がしいし、何が起こるかわかりません。なので学年ごとに3グループに分けました」
テキパキと生徒たちをグループ分けする。
外国から来たため、日本語があまり得意でない生徒にはそれぞれの母国語で説明し、耳の聞こえない生徒にはきっちり手話を使う。
「各自、持っていくものを集めて下さい。あくまで私物です。ここに初めからあったものは持ち出さないように!」
空組のヤンチャ生徒たちがテレビを持ち運ぼうとするのを魔法を使って抑制する。
「これはダメだからね」
にこっと注意すると、やんちゃな生徒たちは照れ笑い。
美咲に構ってもらいたいからあえてイタズラをしようとしている。
誰に対しても分け隔てなく優しく、おまけに可愛いから、あっという間に空組に馴染んだ。
しかも、生まれ持っての仕切り屋体質が空組の空気に上手くはまり、美咲はあっという間にここのリーダーになっている。
「では3年生のAグループから倉庫に向かって下さい。校舎の外に引率の方が待ってますから、あとはその人の指示に従って」
あいよーっと選ばれた生徒たちが早速移動を始める。
「あとの人たちは呼ばれるまで、ちゃんと勉強しましょう!」
ほいさーっと残った生徒たちがいつもの持ち場に戻っていく。
授業のビデオを見たり、ゲームに打ち込んだり、相変わらずな日常に戻っていく。
自分らのスタイルが崩されなければ場所がどこでもかまいはしないようだ。
それが良いのかどうかはわからないが。
美咲の手が空くタイミングを見計らって飛鳥は近づいた。
桃子も飛鳥と同じ気持ちだったようで、同時に美咲に迫る。
「私のせいですか」
「僕のせいだよね」
2人同時に話しかけられて美咲は驚くと同時に苦笑する。
「違うわ」
生徒会の間でどんなやり取りがあったか、説明するつもりはないらしい。
「遅かれ速かれ、こうなったんだと思う」
サバサバした表情の美咲を見て、飛鳥も桃子もそれ以上何も言えない。
2人とも美咲の段取りの良さに驚くばかりだ。
業界最大手の引っ越し会社から来たプロの方々が机や椅子をせっせと持ち出し、介護会社のヘルパーの人達までやって来て、車椅子の生徒や目の見えない生徒をサポートしてくれる。
大神などは元の体が大きい上に使っている車椅子も重量級なのだが、大勢の大人が集まって、祭りの御輿のように丁寧に運んでくれた。
たった一日の強行引っ越しはひとつのトラブルもなく進んでいく。
とはいえ、貧乏育ちの桃子は金の出所が気になるらしい。
「費用はいったい誰が支払うんです? 学園が払ってくれるとはとても思えませんが……」
その言葉に美咲は険しい顔になる。
「請求すれば満額よこすって言われたけど、彼らからは一銭も受け取るつもりはないわ。全部自分たちで何とかする、って言いたいところだけど……」
美咲は肩をすくめて桃子に笑う。
「不動さんに助けてくださいって頼んじゃった」
そして1枚の紙切れを飛鳥と桃子にちらつかせる。
ああ、それね、と頷くふたり。
実は不動から、ある券をもらっていた。
危険な目に遭わせてしまったお詫びとして「不動大輔になんとかして欲しい券」という手書きのチケットを各自が渡されていたのだ。
子供が父の日に送る肩たたき券のようなもんだが、金持ちの不動の場合、規模がでかかった。
美咲から事情を聞かされると「任せろ」とだけ呟いて、あっという間に引っ越し業者からヘルパーまで必要な人員を揃えてくれた。
人の面倒を見るのが趣味みたいな男だし、まして同じ学校の後輩に頼られるのだから、不動はノリノリで援助をしてくれた。
美咲がそこまでしなくてもと引くくらいに。
「倉庫の改築までするって言ってくれたけど、そこは自分らでやりますって断った、っていうか、断らざるを得なかったというか……」
どういうことだと飛鳥たちは首をかしげたが、その理由はすぐにわかった。
「やあやあ、空組のみんな、ごきげんよう」
満面の笑顔で一組の男女が教室に入ってきた。
2人とも恰幅が良く、保険のセールスマンみたいに無駄に笑顔のクセが強い。
彼らこそ、校舎に開いた大穴を瞬時に再生した魔法建築部の面々である。
その出会いは突然。
いや、もしかしたら計算ずくだったかもしれない。
第3倉庫をリフォームしなきゃね、と独り言を口にした瞬間。
「お困りのようで」
背後からいきなり話しかけられた。
その後はもう彼らのペースに飲まれるだけ。
壊せるものなら何でも直す。
それがないなら自分で壊す。
家から寺まで何でも建てる。
頼まれなくても勝手に作る。
それが魔法建築部である。
「魔法建築部の部長、
「副部長、
「……よろしく」
だっせえ名前だなと困惑する飛鳥たちを見て部長と副部長は膝を叩いて笑う。
「冗談冗談、本当の名前は鈴木太郎だ」
「山田花江よ。さっきのは建築ネームだから気にしないで」
「……」
すっごい普通の名前に加え、建築ネームって何だ……とツッコむ余裕すらなく、建築部の部長はブルドーザーの如く話を強引に進めていく。
「空組諸君。君らがどう言おうと俺たちは第3倉庫をいじる。いじっていじっていじりたおす。壁を壊し、古いものを取っ払い、新しいものを組みあげる。富士のふもとに輝きを放つ女神たちが手招きする宇宙という名の劇場を作って見せよう」
「出た、マンションポエム」
ぼそっと呟く桃子の口を美咲は慌てて塞いだ。
そんなこともつゆ知らず、部長は自分に酔いしれていた。
「空組と生徒会の間に何があったか全く興味は無いし、生徒会がどう言おうとやめるつもりはない。建てることが俺たちの生きがい。暮らしで人々を笑顔にすることが俺たちのガソリン。誰にも止めることはできん。費用も心配いらん。金も作る」
「あ、はい、お願いします……」
凄い熱量と、いっちゃってる目つきに飛鳥たちは圧倒されるしかない。
とはいえ、神武学園の魔法建築部の優秀さは業界では有名で、その経歴を見ただけで即採用する企業もあるくらいだから、心配する必要はないだろう。
最後の「金を作る」のくだりだけ不安だけど、そこは触れないようにしよう。
「さて、私たちは現場を視察に行きますんで、あとのことはうちらの窓口担当と話しあってね」
嵐のように現れて、嵐のように去った建築部2人。
彼らが残した担当の生徒を見て、美咲はあっと声を上げた。
「いや、どうも……」
力なく笑った男こそ、空組を追放した仕掛け人だと美咲が疑っている、藤ヶ谷であった。
実はこの男、魔法建築部に所属していたのである。
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