第59話 私は、なる!
空輸港での戦いがただの事故と処理されたのと同じく、神武学園で起きた星野桃子の暴走もまるで無かったかのようにされた。
学園側に対する不動の脅しと、警察にコネがあるハルの根回しが予想以上に効いたというのもある。
だが何よりも、葛原家内部で家族絡みの揉め事が多発しているということに警察が気づいており、とにかく関わりたくないという強い思いが働いたようだ。
これはハルと繋がりがある警視庁のスエちゃんからのタレコミだから間違いない。
警察は被害を訴えた学園側に対しても穏やかに警告した。
葛原家周辺が騒がしい。
そのトラブルの元凶ともいえる「追放された王子さま」が神武の生徒である以上、今回は大ごとにしないほうがいいですよと、学園側をなだめたようだ。
さらに、星野桃子の暴走がレガリアの不具合であること、そのレガリアを作ったのが葛原製作所であることすらばらした。
この件を明るみに出したくないクズハラが事実を揉み消すために強硬な手段を取るかもしれませんと、学園に告げたわけである。
かつて不動の事故の対応で見せたクズハラの情け容赦ない姿勢を学園は目の当たりにしている。
クズハラを敵に回す恐ろしさを学園はよく知っていたので、慌てて事態の収拾を図った。
桃子は学園側から警告という一番軽い罰を受けた。
罰と言っても、授業で居眠りした生徒も喰らうような、ただの「説教」みたいなもので、たいしたことにはならない。
となれば、桃子を止めるために危険な創世魔法を行使した衛藤遥香に関しては当然、おとがめ無し。
桃子もハルも、校舎に開けた大穴に関しては、お叱り以上の金銭の支払いも覚悟していたが、結局、一銭の請求もなかった。
実は予想外の幸運がハルと桃子を救っていた。
建築関係の職を目指す魔法建築部が事態に介入したのである。
ぶっ壊された校舎を見て、彼らはマッドサイエンティストのように狂喜乱舞した。
こんな実践は他にないぞとはしゃぎながら、崩れたガレキや破片を魔法でかき集め、ジグソーパズルを組み立てるかのように、大穴を修復してくれた。
継ぎ目もなく元通りになった外壁の修復具合にはさすがのハルも驚いたほど。
今度は木造住宅を壊してくれよなと、意気揚々と現場を去った魔法建築部を見て、もしマイホームを建てることになったら、迷わず彼らに頼もうと思ったくらいだ。
「ここに集まる子ってみんな凄いけど、どっか、変よね」
と飛鳥に語ったハルだったが、その思いをさらに強くする出来事があった。
歌川美咲がクラス替えを生徒会に懇願したのである。
生徒会の一員であり、また優秀な魔術師でもある美咲は、最高レベルの教育が受けられるAクラスに在籍している。
これ以上望む場所はないはずなのに、なぜかクラス替えを熱望した。
「私は私が正しいと思った道を歩みたいのです」
そう語る美咲に生徒会は何も言うことが出来ず、クラス替えを認めた。
そして美咲はやって来た。
もちろん、空組に。
「皆さん、聞いて下さい!」
相変わらずだらだらしている空組生徒を一堂に集め、激しい身振りで語り出す恐怖の生徒会。
「私はここ数日で大いに学びました。真のバリアフリーってなんだろう。人と人が心を通わせるってどういうことなのか……」
胸に手を当てて目を閉じる美咲。
舞台役者のようにいちいち動きが大きい姿を、皆が唖然と見つめる。
特に美咲をよく知る桃子はハラハラが止まらない。
厳しい生徒会の中では一番接しやすく、協力的で、おまけに可愛いと評判の美咲だが、いつ本性を現すか気が気でない。
突然、おまえら全員皆殺しだと口にしたらどうしようとか思っていたが、さすがにそこまではなかった。
「私はここに来たのは、自分を見つめ直すため、己を再構築するためです。だけど、その前に……」
ふうっと息を吸って、美咲はとうとう叫んだ。
「今の空組の状況は人権侵害も甚だしいっ!」
どんっと壁を叩く美咲の熱とは裏腹に、空組生徒は困惑するだけ。
「皆さんはれっきとした神武の生徒です。なのに受けるべき教育を一切与えられていないっ! ましてや人としての尊厳も奪われている!」
へえ、そうなんだと囁きあう空組生徒達。
「私は誓います! 空組のすべてを変えると!」
へえ、そうなんだと囁きあう空組生徒達。
その後方で、恐ろしいことになったと青ざめる桃子。
「もひとつ誓います! 空組出身者で初の生徒会長に、私はなるっ!」
「おおーっ」
なんだかわからないけど、やる気だけは伝わったので、皆、拍手する。
そんな盛り上がりを遠巻きに見つめるのはハルと大神、そして飛鳥である。
「あの子、ここまで馬鹿だとは思わなかったわ……」
心底から呆れるハルの横で、大神は自分の言葉をいつものようにタブレットに表示させた。
『にぎやかでいいじゃないか』
「僕もそう思います」
飛鳥も頷く。
今日も元気に空回りする美咲が心配ではあったけど、仲間と呼べる人達が同じ場所に集まるというのが嬉しかった。
飛鳥はハルに正直な気持ちを言った。
「明日が来るのが楽しみなんて気持ち、初めてかもしれない……」
「ああそう」
ハルはそれ以上何も言わなかったけど、笑顔だった。
一方ドリトルの南は、葛原製作所の空輸港で起きたことを持ち前のネットワークを利用して断片的に収集した。
その結果、葛原昇はもう日本にいないという結論に達した。
「なるほどねえ」
部下たちを前に、南は悲しそうに首を振った。
「残念だけど、葛原昇はひどくふぬけてしまったね。息子の存在が彼の心を解かしてしまったんだろう……」
窓の外に映る街を、南は冷たい目で見下ろす。
「かつてはルガルーのような強いレガリアを作った男が、フィルプロなんて何の役にも立たないプロジェクトに私財まで投じるなんて……」
それは彼からすれば時間の無駄としか思えないようだ。
「強いものではなく、弱いものに歩調を合わせようとするとき、国も企業も衰退が始まってしまう。レガリアは強くなくてはいけない。格差を生まなくてはいけない。でなければ、この国はいつまでたっても戦後から抜け出せない」
そして南は部下たちを見つめる。
人員整理に時間はかかったが、ここに集まったのは優秀で、忠実で、何より野心にあふれた者達ばかりだ。
「いいかい。フィルプロのカギを握るマスターAIをなんとしてでも手に入れよう」
はいっと大きな声で返事をする部下たち。
「カギを握るのは神武学園の生徒達だ。彼らの間に上手く入ってかき乱す。そうすれば、不動大輔を引っ張り出せる……」
深く頷く部下たちに頼もしさを感じたのか、南翔馬は目を輝かせる。
「そして葛原十条と協力関係を築く。俺たちとあの人の考えはおそらく一緒だからね……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます