第53話 命がけの男
降伏を迫る桐元の右手のプロテクターが赤く染まっていく。
強力な火炎放射器、サラマンダーが再び牙をむこうとしていた。
「降伏なんかするわけねえだろ、馬鹿が」
そう吐き捨てても、不動の顔は暗い。
「ったく、サラマンダーまで持ち出すとは……」
サラマンダーとは葛原製作所が作った重量級の
マシンガン並みの連射速度を持つ火炎放射器で、バリバリの軍事兵器である。
主に中東で使用され、多くの村を焼き尽くしてきた。
本来なら訓練された魔法兵士ふたりがそれぞれのレガリアを起動させて使用するものであり、ひとりで扱って操作を間違えようなら機械は暴発して、体のどこかしらが吹っ飛ぶ。
これを使いこなせる桐元は敵ながらタフで優れた魔術師だ。
「あっちも大変なのよ。私たちもこらえなきゃ」
ハルの言うとおり、こんな危険なものを持ち出す桐元も必死なのだ。
「わかってる」
不動もハルも、まず飛行機を飛ばすことが先決だと思っている。
桐元を釘付けにして、飛鳥が父親の元にたどりつくまでの時間を稼ごうとしているのだ。
だが問題なのは管制塔だ。
その頂上には次の炎弾が少しずつパワーを貯めて太りつつある。
今度は確実に輸送機を狙うだろう。
「モモ! アロ何とかで管制塔を壊せない?!」
そう呼びかけたのだが、
「残念ですが、今の私は肉の塊っす!」
無念の叫び声がバスの中から聞こえてきた。
実は桃子は敵にかく乱されていた。
管制塔から放出された妨害魔法のせいで、桃子の目は電波が悪くなったテレビのようになっていた。
見える景色にノイズが走ったり、全く別の風景が映り込んだりと、邪魔が入って現状を把握できない。
ならば肉眼で勝負だと眼鏡を外したら、近くにいるはずの美咲すらぼやけて見えなくなるほど視力が衰えてしまう。
カラフルなスモークバリアでバスが覆われている状況だから、管制塔がどこにあるかまるでわからず、狙撃は不可能だった。
「これが私の本当の視力ってヤツですか……」
見えすぎるのも嫌だけど、見えないというのも不便だ。
「これじゃ、何の役にも立ちません……!」
悔しがる桃子に美咲も何もアドバイスができない。
あの広範囲で強力な火炎放射攻撃をどうかいくぐるかなんて、諸葛孔明でもなきゃ策が思いつかない。
そして桐元のサラマンダーがまた火を吐く時が来た。
炎をまとった竜が群れをなして、不動とハルとバスを襲う。
「さあ、今度はどこまで耐えられるかな?!」
子供のようにはしゃぐ桐元。
しかしハルは冷静だ。
すべての炎を打ち消せばそれだけ魔力を使うから、不動やバスに命中しそうな攻撃だけを氷の魔法で潰してゆく省エネ防御策をこなしていく。
さらに不動と桐元との間に大きな氷塊を振らせて炎を消滅させ、道を作った。
その瞬間を不動は見逃さない。
一気に駆け抜け、桐元に突っ込む。
スピードならこっちが有利。
敵の手に巻かれたサラマンダーを引き剥がそうと手を伸ばすが……。
「小僧が!」
桐元が左足を振り上げて不動を吹き飛ばした。
「なっ……!」
地面に転がりながら不動は目を丸くする。
サラマンダーの動きを止めたのはまあ良かったが、格闘では絶対にこっちが有利だと思っていた。
桐元が見せた意外な俊敏性にはハルも険しい顔をする。
「おじさん、体に良くないことしてるわね……」
探るような物言いに桐元は気味悪く笑う。
「さすがに鋭いね」
首のコルセットを投げ捨てると、そこにはレガリアが三つも巻かれていた。
レガリアの多重起動は強大な力を人に与えるが、その反動で体に大きな負担をかける。使用中に心臓が裂けたなんて例もある。
桐元は命がけで戦っていた。
「これ以上、十条さまの計画を遅らせるわけにはいかんのだ」
「おいおい、そこまでする相手か……?」
信じられないとあざ笑う不動に桐元は笑う。
「お前には一生わからんよ」
「わかりたくもねえよ……」
「なら、話はここまでだ」
その言葉を待っていたかのように、桐元の背後を四輪駆動のバギーが超高速で通り過ぎた。中には四人の優秀な魔法戦士がいる。
しかも見るからに威力のでかそうなバズーカ砲まで抱えていた。
彼らが向かう先は昇が乗る輸送機だ。
飛鳥に気づいた輸送機はその動きを止め、彼を迎え入れるために貨物扉を大きく開いている状態だ。
要するに完全に的の状態である。
「まだいんのかよ!」
青ざめる不動、舌打ちするハル。
それを見て嬉しそうな桐元。
「私たちはね。多いんだよ。それを忘れちゃ困る……」
その言葉を物語るように、あとからやって来た葛原の社員達がそれぞれの武器を構えて不動達を囲み始めた。
彼らの目にも管制塔の一撃でダメージを喰らい、横たわったままの社員達が見えているはずだ。
しかし彼らはそこに何もないかのように動いている。
クズハラの社員である以上、迷いも葛藤も情も捨てなければならないようだ。
「八方塞がっちまったか……」
思わず弱音を呟いた不動。
どこを見回しても敵。
輸送機に迫るバギー。
そしていつ発射されてもおかしくない管制塔の炎弾。
厳しい状態であることに間違いは無いが……。
「飛鳥ちゃんを信じましょう」
ハルは相変わらず冷静だ。
「ついでにあの子が信じるご両親を信じるの」
ハルには確信があり、決して揺らがない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます