第54話 葛原の逆襲

 輸送機目掛けて突っ走るバギーを飛鳥はもちろん目にした。


 その瞬間、彼は迷い無く輸送機に背を向け、バギーに突っ込んでいた。

 彼らを何とかしないと家族全員が日本に居残ることになる。

 そんな馬鹿なことは避けたい。

 

 父がこの国を出ると決めた以上、その意思を貫徹させるべきだ。

 そこに自分がいるかいないかなんてどうでもいい。

 今あの車を止めることができるのは自分しかいないのだから。 

 

 一見、無謀とも思える行為を、バギーに乗った社員達は嘲笑った。


 あんな子供ひとり突っ込んできたくらいで何になるだろう。

 逆にひき殺してやれと運転手は輸送機からターゲットを飛鳥に替え、アクセルを踏み抜く。

 親の目の前で息子が死ぬさまを見せてやると悪の衝動に駆られながら。


 それでも飛鳥は信じていた。久野が作ったメイヴァースの力を。

 

 飛び道具が欲しいなんて思っていたけど、それがないなら、自分が飛び道具になるしかない。


「邪魔を……、するな!」


 声の限りに叫んで、車に突っ込む。

 

 はたから見れば異常としか思えない、人間と車の押し相撲。


 なんと完全に互角だった。


「なんだこいつは!?」

 バギーに乗った社員達が慌てふためくまさかの怪力。


 飛鳥の力ではない。

 メイヴァースがこれ以上ないパワーを与えている。

 透明な巨人が後ろから飛鳥の背中を押している感じ。


 今の飛鳥は四輪駆動のオフロード車を上回る馬力を持っていた。


 さらにメイヴァースに組み込まれたゼロスタンが幾度も車にダメージを与える。


 バキバキバキッという音ともに、車のマフラーから黒い煙がもくもく湧いてきた。


 いける。

 確信を抱いた飛鳥はさらに車を押す。


 このままではまずいとバギーに乗った社員のひとりが悪態を撒き散らしながら銃を飛鳥に向けるが、


「どっかにいけえええっ!」


 ひとりの少年が、四人の戦士を乗せた四輪駆動車を放り投げた。

 それと同時に力を使い切ったメイヴァースは沈黙する。


 ドテンドテンと転がっていく車。

 投げ出された戦士達も地面を激しく転がって手痛いダメージを喰らったが、それでも立ちあがる。足はふらふらだったが……。


「このガキが!」


 ぶっ殺してやると迫ってくるが、メイヴァースの力を失った飛鳥は膝をがっくりついて動くことができない。


 四人の戦士全員が飛鳥に銃口を向ける。


 これでいい。

 やるべきことはやった。


 観念して目を閉じる飛鳥だったが、耳に入ってきたのはペシペシペシと空気が抜けたような情けない音。


 何だろうと目を開けると、敵は全員地面に倒れていた。


 背後から声がする。


「案ずるな、峰打ちだ」


 おもちゃのピストルに見えて、実は超強力なスタンガンを手にして近づいてくる男こそ、父、昇だった。


 気絶して動かなくなったかつての部下たちを父は睨みつける。


「人の息子に手を出すんじゃねえよ……」


 そして我が子の手を取って立ち上がらせる。


 こうして父と子は再会した。


「……」

「……」

 

 抱き合うわけでもなく、何かを話すわけでもなく、しばし見つめ合う。

 二人にとってはそれだけで十分だった。

 同じ考えでいると、顔を見てわかったから。


「飛鳥、不動達は生きてる。心配するな」


「よかった……」


 あの炎を見れば最悪な結果も予想したが、本当に安心した。

 いや、自分の認識が甘かったのだ。

 ハルがいるのだから、心配する必要はなかったんだ。


 自然と笑顔になる息子の顔を見て、父は言った。


「飛鳥。色々背負わせてすまんが、不動を助けてやってくれないか。桐元がちょっかいを出してる。サラマンダーまで持ち出しやがって」


「……」

 静かに頷く。 


「いいか、サラマンダーは使ってるヤツの視野を極端に狭くする。発動機はつどうきを切ったまま後ろから桐元に近づいて、背中の動力源を切っちまえ」


「わかった」

 

 首にぶら下がった懐中時計メイヴァースを見て飛鳥は苦笑する。


「どっちみちもう動かない」


 そうかと頷く父。


「不動を頼む。あの体で動くだけでもしんどいはずだ」


 うんうんと頷く飛鳥だが、大事なことを思い出した。


「不動さん、もう殺す気は無いって」


 さらっと呟いた一言に父は苦笑した。


「そうか……」


「母さんは元気?」


「もちろんだ。まあ、見てろ」


 空を見つめながら微笑む父を見て、飛鳥は肩の荷が下りた気がした。

 顔を見せただけで、十分だ。


「じゃあ、行くね……」


「おお暴れてこい。今度はちゃんと彼女を紹介してくれよ」


 父はポンと息子の背を叩いた。

 ハルがその魔力でサラマンダーの炎を打ち消す姿を見て昇は舌を巻いた。


 百年に一人の天才がいると震える思いだった。

 と同時に、ハルの美しい顔を見て、あ、これはあれだな、息子が好きそうなタイプだな、ということも瞬時に理解していた。


 飛鳥は笑うしかない。


「まだそこまでいってないんだけど、わかった」


 そして父と子はそれぞれの道を進んだ。

 父はイギリスへ。

 飛鳥はハルと、仲間達の元へ。

 

 来た道を戻りながら飛鳥はこれ以上無いくらいの高ぶりを感じていた。

 今ならどんな敵が来ても勝てる気がした。

 

 そんな飛鳥の背中をさらに押したのが、天気だった。

 快晴だった空が急に曇りだし、気味が悪くなるくらい巨大な入道雲が頭上を覆う。さらにゴロゴロゴロと獣のうめき声のような音があたりを包む。


 直後、びかっと真っ白な光が空輸港全体に広がり、レーザーのような稲妻が管制塔に直撃した。


「うわわっ!」

 その音と光に飛鳥は思わず転んでしまったが、意表を突かれたのは彼だけではなく、この場にいる全員がそうだったろう。


 桃子と美咲が乗るバスの中にもまばゆい光と炸裂音は入り込んでおり、ふたりともその場に尻餅をつくくらい驚いていた。


「今の何!?」


 辺りを見回す美咲の横で、桃子はおおおと叫んでいる。


「見える! すべてが見える!」


 すなわち妨害魔法を発していた管制塔がぶっ壊れたということだ。


「なんで? なにがあったの?!」


 戸惑う美咲をよそに、アロセールを担いで窓に近づく桃子が興奮気味に叫ぶ。


「どうやら飛行機の中にとんでもない魔術師がいるようです!」


 そう。

 葛原麻衣。旧姓、保本麻衣。

 その膨大な魔力により、葛原昇と強引に結婚させられた女性である。


 奇跡的にも昇と麻衣は愛し合うようになり、ふたりの間に生まれた息子はどんな障がいを持っていようとふたりにはかけがえのない存在だ。

 

 息子のため、麻衣は初めて葛原十条に抵抗した。

 これこそが葛原昇一家の宣戦布告だったのだ。


 とにかく、この一撃で形勢は逆転した。


「見えるぞ、私にも敵が見える!」


 星野桃子が持つアロセールはどんな相手であろうと逃がしはしないのだ。

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