第52話 クズハラの逆襲

 どんな空港にも必ず存在する管制塔は、今や空の司令塔という役割以上の務めを果たすようになっている。

 すなわち高さを利用した全方位型の魔法砲台だ。


 管制塔から繰り出された巨大な炎弾が不動のバスを激しく炎上させた。

 

 飛鳥はそう思っていた。

 

 大海原から飛び出した龍のように立ちのぼる炎を見て飛鳥は恐れたが、実は不動達は間一髪で攻撃を避けていた。


 全身の毛が逆立つくらい強烈な魔力を感じたハルが、とっさの判断でバスを真横にスライドさせたのだ。

 大勢を相手に大暴れしていた不動も予告無しにすっ飛ばし、自らも驚異的な脚力でその場を離れる。


 激しく燃えていたのはバスではなく、葛原の社員が乗っていた6台の車だったのだ。

 

 業火に飲み込まれた社員達が熱さと痛みでのたうち回り、体についた火を消そうと地面に体をこすりつける。


 その悲痛な姿をハル達は遠くで見つめることしかできない。

 

「危なかった……」


 バスの窓から身を乗り出し、炎を呆然と眺める美咲。

 ハルがいなかったら今頃あの中にいたと思うとゾッとするとともに、


「味方を巻き込むなんて……」


 苦しむ社員たちの姿を直視できない。


「あれがクズハラ、いや、あのじじいのやり方だ……」


 ルガルーというレガリアの存在をこの世界から抹消させたように、社の利益のためならどんなものでも切り捨てるのが葛原だ。

 例え、それが人であっても。

 その極端なやり方を不動は何度も目にしてきた。


「黙って見てる場合じゃないわね」


 ハルが急いで水の魔法を繰り出そうと創世言語を呟くが、その力に耐えきれず、身につけていたグランドプリズムが火花を散らして壊れた。


 力を失うと自力で立てず、その場で尻餅をつくハル。


「ああ、もう! 美咲、次のちょうだい!」


「ええ? あれ以上のものなんか……」


 リュックに手を突っ込んで使えそうなレガリアを探る。

 水属性に強いタイプがないか探すが……。


「待って。誰か来ますよ……!」


 バスの中から状況を把握しようとブリューゲルをフル稼働していた桃子が叫ぶ。


「炎の中を歩いてる……?!」


 皆が、ある男に釘付けになった。

 燃えさかる炎から平然と姿を現したのは、桐元だ。


「誰の邪魔かと思えば、やはりあなたたちでしたか」


 両手をひろげてニコニコと微笑む。

 その左頬には大きなガーゼが貼りつき、首にはコルセットがある。

 ハルに車ごと放り投げられたときにできた傷だろう。


「嬉しいですよ。ここならどう殺したって、どうにでもなりますからね。何しろ私たちの庭みたいなものですから」


 声は丁寧でも、目はギラギラと燃えている。

 ハルへの恨みを押し殺せないのか、歯ぎしりの音が聞こえてきそうなほど、唇がガタガタ揺れていた。

 真っ白な髪が彼自身の魔力で逆立ち、熱波で揺れている。


「おいおい、久しぶりじゃねえか、おっさん」


 不動は桐元を知っていた。

 その体に起きた事故をめぐる裁判の時から面識があるだけではない。

 探偵稼業をこなす中で何度もこの男とぶつかった。

 そして決着はついていなかった。


「相変わらずじじいの腰巾着か?」


 そう挑発しながら、後方のバスに向かって筒型の煙幕装置を投げつけた。

 バスの窓に当たると、紫や赤の煙が大量に沸いてバスを包む。


 スモークのバリアが立ちのぼる光景を桐元は嘲笑う。


「そういう君も相変わらず成長しないね。つまらないことに人生を費やして。あの事故で死んでいれば良かったのに……」


「お前に言われたかねえよ」


 舌打ちしながら、ハンドグローブ型の魔法武器アーティファクトバルエラに力を込めた。グローブからバチバチッと電気がほとばしる。


「来いよ」


「言われるまでもない!」


 目をかっと見開いて、桐元が右手を不動に向けて伸ばす。


 その腕に巻かれた黒いプロテクターから炎の矢が次々と繰り出される。

 ひとつひとつがまるで生き物のように、うねり、波打ち、収縮を繰り返しながら、不動に飛んでいく。

 そして炎はハルにも牙をむく。

 

 こんな状況下にもかかわらず、ハルは相変わらず座ったままだった。


 桐元の攻撃は激しく、そして長かった。

 伸びた腕がけいれんするくらい桐元の体にも負担をかけたが、彼の手から放出された炎はあまりにも多く、不動やハルの姿が見えなくなるほどだった。


 しかし、不動もハルも無傷だった。

 立ち位置も全く変わっていない。

 すべての攻撃を耐えたのだ。


 しかし、失ったものは大きい。


「衛藤さん、いくつ使った?」


「7個」


 ハルのまわりには力を使いすぎて壊れたレガリアが複数、転がっている。

 すべての攻撃を防いだのはハルだったが、そのかわりに7つもレガリアを失ってしまった。


「あといくつある?」


「12個くらいかな……。そっちはどう?」


「攻撃が激しすぎて隙が見当たらんかった」


 正直に告白する不動。

 炎の群がりをくぐり抜けて桐元にダメージを与えたかった。

 

 しかしこの状況は、滝に突っ込んで水滴を浴びずに戻ってこいと言われているようなもので、桐元の攻撃には一分の隙も見当たらなかった。


「さすがによく耐える……」


 桐元は素直にハルの力を認めた。


「サラマンダーの攻撃をすべて無効化したのは君が初めてだよ」


「そりゃどうも」

 肩をすくめてあっさり呟くハル。


「だが、どこまで続くかな?」


 勝ち誇ったかのように口を歪ませ、自らの武器であるサラマンダーにエネルギーを充填させる。


「次の放射まであと1分だ。降伏するなら今しか無いと思うがね!」


 桐元は大声で叫んだ。

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