第51話 強行突破

「もう一度言う! あなたは許可無く道路を走っている!」


 不動の運転するマイクロバスに再三の警告無線が響き渡る。

 ハルの力で車を高速道路に乗り上げて勝手に走行しているのだから、そりゃ怒られる。


「次のサービスエリアで1度停まって下さい! でなければ……」


「そういう話はあとでって言ってるでしょーが!」


 不動は警告が来るたびに同じことを叫んでいた。

 悪いとはわかってるけど事情があるのよと言ったところで相手が理解するはずもなく、詳しい説明をする余裕もないから、


「とりあえずごめんごめんごめん!」

 

 ひたすら謝るだけ。


 こりゃ免停どころか免許剥奪も覚悟しつつ、車を走らせる。


 その姿を見ていた飛鳥は申し訳ない気持ちで一杯だ。


「本当にご迷惑かけてすみません……」


 父が乗る飛行機が飛び立つ前に、飛鳥を連れて行って乗りこませる。

 こんな自分のためにみんなが協力してくれるという。


 ここまできたら諦めるしかないと飛鳥が言っても、


「気にすんな。ここまで来たら最後まで付き合うさ」


 不動は笑い、ハルも美咲も桃子も同意してくれる。


 皆、ここに至るまでそれなりに葛藤を重ねてきた。

 

 飛鳥に借りがあると主張する星野桃子は当然借りを返したい。

 葛原家との奇妙な縁が続く不動大輔はその関係にひとつの区切りをつけようとしている。

 歌川美咲は自分なりの正義を貫くため、飛鳥を親元に届けることに熱意を燃やす。


 そして衛藤遥香。


 本人は相変わらず面白そうだからと言うだけだ。

 とはいえ、口にこそ出さないが、飛鳥の両親から大事な息子を預かった気分にもなっており、傷ひとつなく親元に届けなければという妙な使命感があった。


「飛鳥ちゃん。こっち来て」


 車椅子無しでは動けないので飛鳥を手招きする。


「最高のもの作ってくれてありがとってお父様に言っといて」

 

 愛するベルエヴァーを飛鳥の手に握らせた。


「……」

 

 あえて考えないようにしていた「別れ」が目前に迫っていることに気づき、飛鳥は胸をえぐられるような気持ちになった。


「ありがとう、ハルちゃん」


 飛鳥もレッドカインの杖をハルに手渡す。

 この杖がなかったら、きっと死んでいただろう。


「大神さんたちによろしく。あと……、樋口さんにも」


「そうね……」


 ハルの大事な友人である樋口明菜。

 彼女の存在を人に話したのは飛鳥が初めてだった。


 高そうなヘッドホンをつけてるなと興味を持ったのが最初だが、接してみると、本当に不思議な子だった。

 こいつになら話してもいいかと思わせてしまう懐の深さ。

 何をしてもすべて受け入れてくれるような安心感。

 

 そもそも、こんなに好意をむき出しにしてくる奴も珍しい。


 もう少し長く一緒にいたらさすがの自分もどうなっていたか、想像すると苦笑いが浮かんでくる。


「良い感じの所、お邪魔しますが……」


 見つめ合うふたりの間に桃子がぐいっと顔を突っ込んでくる。


「衛藤氏、レガリア無しで大丈夫なのですか?」


 いくらあんたでもレガリアがないと厳しいでしょと案じるが、


「そこはご心配なく」

 

 ハルがニコリと美咲を見ると、美咲は大物を釣った漁師のようなドヤ顔でパンパンに膨らんだリュックを掲げた。


「工場にあったレガリアをありったけ。全部使わせてもらう。1本の刀じゃ5人と斬れんってヤツよ」


 拾ってきたレガリアの中でおそらく最も高価なグランドプリズムという腕輪型レガリアを装備する。


 激しい戦闘になるとハルは予想していた。


 皆、飛鳥を飛行機に突っ込めればいいとだけ考えているようだが、問題はそのあとのことだとハルは気づいている。

 この事件に関わった桃子と美咲の経歴になにひとつ傷をつけず、ちゃんと家に帰すためのことまでハルは思案していたのである。

 まあ、不動は不動でどうにかするだろうから、そこは気にはしていない。


「さあ、突っ込むぞ!」


 不動の大声と共にバスが激しく上下に揺れた。

 

 葛原製作所希代空輸港に直結するインターの出口に飛び込む。

 

 火の玉のような勢いでバスは走る。

 ただ乗りする車を止めようと封鎖されたゲートなどお構いなしにぶっ壊した。

 

 バキバキになって宙を舞うゲートバーを見たとき、もう後戻りはできないと気づいて、皆が覚悟を決めた。


「正門が閉鎖されて大通りは渋滞ですよ!」


 桃子が現状を不動に伝える。

 どんなシステムよりも優秀なナビが車に乗り込んでいた。


 まるで空の上から広大な空輸港を見下ろすように、桃子はどの道を行けばブレーキをかけずに進めるか不動を導く。


 本来、大型車が避けるような狭い道も構わず進んでいくので、バスの体に無数の傷ができていくが、そんなのはどうでもいい。

 空輸港に勤務する人達が利用する飲食店の看板や窓を壊したりもしたが、


「あとで弁償、あとで弁償……」


 呪文のように呟きながらハンドルを握りしめる不動。

 もう今は人に害がなければ良しとするしかない。


 本来の待ち合わせ場所だった15番ゲートをぶち抜き、ついに空輸港内部に入り込んだ。


 そこで目にしたものに皆が息を飲む。


 滑走路に向かおうと動く小型輸送機。

 そして輸送機に接近しようとする7台の乗用車。


 黒いフェイスガードをつけた男か女か判別できないヤツが、車の窓から身を乗り出して魔法武器アーティファクトで輸送機に攻撃を仕掛けている。


 しかし輸送機のシールドが攻撃を無効化する。

 その度に輸送機のボディがテカテカ赤い光に包まれた。


「割って入るぞ! 準備しろ!」


 アクセル全開。

 光のような速さでバスは猛進する。

 そもそも、改造しまくっているから、ただのバスではない。


 輸送機とそれを追う車の横を突くべくバスが近づく。


 最初に攻撃を仕掛けたのは桃子だった。


「その車、止まるべし!」


 スナイパーライフル型の魔法武器アーティファクト、アロセールの銃口を窓から突き出し、攻撃を放つ。


 タイヤを撃てば止まるだろうと判断したし、見事に命中したのだが、アロセールは相手を見てその攻撃の仕方を変えるという便利というか、恐ろしい機能があった。


 穴の開いたタイヤから空気が飛び出るだけでなく、まるでジャンプ台に乗ったかのように車は飛んで一回転して、地面に叩きつけられる。


 これで車は6台。

 1台が駄目になってもお構いなしに走る。


「そ、そこまでするつもりはなかったのですが……」


 激しい効果に一番驚く桃子だったが、


「いまさら気にすんな!」


 不動が叫ぶ。


「相手は殺しに来る! 全力でやれ!」

 

 そして豪快にハンドルを切って、6台の車に急接近を図る。

 衝突するわけにもいかず、急ブレーキをかける6台。


 この妨害のおかげで輸送機は敵からぐんぐん離れていく。

 

 それはまずいと1台の車がバスを避けて走ろうとするが、


「ごめんなすって!」


 覚悟を決めた桃子がアロセールで破壊する。

 当たり所が悪かったのか、激しく炎上する車。

 これではたまらんと、車から刺客達が飛び出してくる。


 さらに他の車からも一斉に刺客達が出てきた。

 トンネルで出くわした連中と同じボディアーマーを身につけており、全員葛原の社員だと見て良いだろう。

 相手が子供だろうと容赦しない、命令には絶対服従の忠誠心あふれる社員達だ。


 誰だかわからないが邪魔をするなら容赦しない、まずはバスにいる連中を処理しようと方針を変えたらしい。


「衛藤さん、行くぞ」


 不動が愛用のアーティファクトを両手につけてハルを呼ぶ。


「ほいさ」


 ハルはそう呟いてグランドプリズムを起動させるが、


「これでもダメか……」


 悔しそうに呟く。

 どうやらあまり相性が良くないらしい。


「ハルちゃん……」


 心配になって近づこうとする飛鳥をハルはにらむ。


「何してるの、早く行きなさい」

 

 今までで一番冷たい態度に飛鳥は怯む。

 その隙にハルは窓から飛び降りて敵に突っ込んでいく。


「あ……」


 おい、飛鳥。

 この期に及んで何をためらってる。

 

 飛行機に近づくのは今しか無い。


 ふうっと深呼吸して両頬を叩く飛鳥に不動は優しく声をかける。


「じゃあな。会えて嬉しかったぜ」


 そして不動も飛び降りて刺客達に突っ込んでいった。


「……」

 バスの中を見回すと、桃子と美咲が飛鳥に微笑みながら頷く。


「ありがとう、本当に……」


 飛鳥はそれだけ呟くと、バスを降りて、輸送機に向かって駆けだした。


 メイヴァースを起動させ、フルスピードで走る。

 その力のおかげで、輸送機との距離がぐんぐん近づいていく。


「止まって!」


 こんなだだっぴろい滑走路をひた走る人間がいるのだ。

 絶対に気づく。

 何よりこのヘッドホンが証になる。


 気づいてくれれば父も母も絶対に大騒ぎするはずだ。


「頼むから!」


 その思いが通じたのか、輸送機の速度が少しずつ落ちていく。

 そして完全に停止して、機体後部にあった貨物扉がゆっくりと開閉を始める。

 何人かの人影が見える。

 まだ小さすぎてわからないが、きっと……。


「やった……!」


 その時だった。

 背後に強力な熱波を感じた。


 そしてドンという音。


 はっとして振り返ると、さっきまで自分が乗っていたバスが燃えていた。

 今はもう炎しか見えない。


「嘘だろ……」

 

 嘘ではない。

 空輸港の管制塔から強力な魔法攻撃が繰り出され、不動達がいたバスを直撃したのだ。

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