第50話 急転直下

 飛鳥と桃子にボコボコにされた刺客が悔し紛れに呟いた言葉で、葛原昇の逃亡計画が葛原十条の耳に入っていたことがわかった。


 当然、不動達はまだ知らない。


 飛鳥と桃子の身を案じつつ、暗がりの中、散らばったUSBメモリをせっせとカバンに詰めている。


 ハルも不動も待つのが得意なタイプではない。

 本当なら自分らで出向いてさっさと刺客をやっつけたかった。

 

 しかし2人の今後を考えれば、ここは手を出すべきではない。

 子供の狩りを見守る親ライオンみたいな気持ちである。


 焦りを抑えるため、不動とハルはどうでもいい話に没頭する。 


「衛藤さんがあいつの面倒見てるのは誰かに頼まれたからか?」


「いいえ。なんか面白そうだなって絡んでる内に情が移っただけ」


 渡辺達に毎日のように暴力を振るわれていた頃の飛鳥と比べれば、ずいぶんたくましくなったものだとハルはしみじみ思う。


「でも終わり。親と一緒に暮らすのがいちばん大事よ」


 まるで自分に言い聞かせるように呟きながら、魔法で浮かせたUSBメモリをバッグに投げ込む。まるで玉入れのようだ。


「ああ……。ベルちゃんともお別れか……。相性抜群だったのに」


 手首に巻かれた美しきベルエヴァーを名残惜しそうに撫でる。

 短い付き合いだったが最高のレガリアだった。


「もうこの子以上の相手は見つからないだろうな……」

「その言葉、レガリアを飛鳥と言い換えても通用しそうだな」


「……」

 不動のからかいを完全無視するハル。

 真っ暗闇だったから良かったが、その白い肌は真っ赤になっていた。


「ねえ、お別れってどういうこと?」


 別室でUSBメモリを拾ってきた歌川美咲が意味深な言葉に気づいて会話に入ってくる。


「あなたは知らなかったっけ……」


 飛鳥は父と共にどっかに亡命すると雑な説明を受けて驚く美咲。


「なんてこと……!」

 大声を出し、持っていたメモリを落としてしまう。


 見た目はドンピシャに好みだった男子がいなくなるのがショックと思いきや、


「ちゃんと退学届を出さなきゃだめよ!」


 いつものが発動し、ハルは溜息をつく。


「ちゃんと届けをだせば、一定の授業料が還ってくる仕組みが……」

「はいはい、わかりました、わかりました」

「……ちょっと、私は真剣に」


 くだらない言い争いはやめろとばかりに不動のスマホが勢いよく鳴り出したので、3人は息を止めた。


「黒川だ」


 何か起きれば電話する。何もなければ何もしない。

 黒川はそう言っていたので、彼から電話があるということ自体がトラブル発生のサインである。


 不動は皆に聞こえるよう、スマホをスピーカーモードにした。

 

 黒川は緊急事態の時ほど冷静になれる医者の手本みたいな男なので、その声は冷たく、また機械的だった。

 

『昇さんが指定した待ち合わせ場所の格納庫から輸送機が出てきた。飛ぶつもりだろう』


「おいおい。予定よりだいぶ早くないか」


『さっきから周辺が騒がしいんだ。人の出入りが激しくなったと思ったら、今度はすべてのゲートを封鎖したり、普通の空気じゃない』


 不動は頭をかきむしった。


「どうやらクソじじいが気づいたな」


 ちっとハルが舌打ちする。


『急げ。飛鳥くんを飛行機に乗せないと』


「わかってる。そこまで時間を稼げるか」


『ドローンひとつで何ができるかわからないけど……やるだけやってみる』


 そして電話が切れた。


「よし、まず……」


 不動が指示を出すより早く、美咲が口を開く。


「高速道路を使いましょう。葛原の倉庫に向かうなら断然早いはず」


「んなこと言ったってバスは道路の下だろ……。こんな高い所まで車を浮かせる魔術師なんか……」


 いる。

 目の前に。


 美咲は力強くハルを見つめる。


「できるよね?」


 その言葉にハルは笑った。

 数分前にちゃんと退学届を出せと言っていた生徒会の女子が、今は魔法を使って高速道路にバスを乗せて、無賃走行しろと命令してくる。

 

 そこが面白い。


「私を誰だと思ってるわけ?」

 ハルは自信満々に言い切って車椅子を走らせた。



 

 所変わって、希代市にある葛原製作所の空輸港。

 レガリアを作るために必要な物資が世界中から集まる大型輸送拠点だ。


 葛原昇が息子との待ち合わせ場所に選んだ15番ゲート。そこから最も近い格納庫から姿を現した小型輸送機が滑走路で留まっている。


 荷物はなにひとつ積み込まれていないが、ある意味では葛原製作所の心臓と頭脳がそこにある。

 葛原昇とその妻、そして関係者3名が搭乗していたのである。


 昇は妻と一緒に双眼鏡を使って外を見ていた。

 息子がどこかにいないか血眼で探していたのである。


「いない……」


 実年齢よりずっと若く見える精悍な顔を曇らせる昇。


「麻衣さん、何か感じるか?」


 名前を呼ばれた妻は悲しそうに首を振る。


「私にそういう力はないのよ……」


 昇の妻、麻衣も、ぱっと見20代に見えるくらいの輝きを保っている。

 

 我が社のトップとその奥様は実は吸血鬼で、若い人間の血を吸うことでちっとも年を取らないのだという冗談が社員の間で飛び交うくらい、この夫婦は若々しいことで有名だった。


「あいつなら俺のメッセージをちゃんと受け取るはずなんだけどなあ」

 

 おかしい、おかしいぞと首をかしげる夫を妻は冷たい目で見る。


「あんな手の込んだことしないで金村さんに直で会いに行かせればいいのに……」

「それだと金村が危ない目に遭う可能性があってだな……」

「結局連絡が取れないんだから同じでしょ?」

「……」


 彼ら夫婦が最も信頼する部下、金村に息子への伝言と、フィルプロの工場の無効化を頼んだまでは良かった。

 しかし、連絡が来ない。


 金村はきっちり飛鳥にメッセージを託し、負傷しながらも工場破壊を不動に託したので、仕事はちゃんとこなした。

 ただ残念なことに、解毒治療により意識が無い状態なので、ちゃんと仕事したよ、息子さんに伝えたよという報告がないまま、ここまで来てしまったのである。


 ゆえに、昇達は飛鳥がここに来るかどうか確信がない。


 そうこうしているうちに葛原十条に逃亡計画がばれてしまい、慌てて空輸港にある輸送機に飛び乗ったわけだが……。


 やはり未練は飛鳥である。


「ねえ、あの黒っぽい点は何かな」

「ありゃカラスだよ。飛鳥じゃない」

「そっか……」


 そんな絶望的なやり取りを見ていた彼らの秘書、橋本進はしもとすすむがとうとう叫んだ。


「もういい加減飛ばないとまずいですって!」


 ダルマのように丸い体から大量の汗を噴き出す橋本氏。

 昇が行くところなら地獄までもついていく決意を持ってはいるが、基本的にずっと焦ったり、おどおどしている人である。


「息子さんも大事ですが! 何より今はこの国を出ないと!」


 しかし葛原夫妻は橋本を見もせず、


「じゃあ、あの青い人影は?」

「あれはスミレコンゴウインコだよ。飛鳥じゃない」

「そうなんだー」


 双眼鏡を小さな窓に貼り付けて息子を探す振りをしながら時間稼ぎする親に、橋本は頭を抱える。


「聞いちゃいねえ。とうとう日本にいない鳥まで持ち出しやがって……」


 もう終わりだと首を垂れる橋本のすぐそばの窓にドローンが近づく。

 もちろん、黒川が操作するドローンだ。

 

 しかし橋本はネガティブな男である。


「ああっ! ほら! 桐元のドローンだ! もう逃げられない!」


 ジタバタする橋本を押しのけて昇がそのドローンを見つめる。


 ライトを激しく点滅させるドローンの姿はまるでメッセージを送るかのよう。

 それに気づかない昇ではない。


「ありゃなんだ。モールス信号か?」

 

 そんな古くさい技術、昇は知らないので、モールス信号だったとしても解読はできないが、葛原昇はポジティブな男である。


「これは飛鳥のメッセージだ! 待っててくれって言ってるんだよ!」


「そんな馬鹿な……」 


 ありえないと首を振る橋本だが、子供のようにはしゃぐ上司を見ると、もう何も言えなくなる。


「ああもう! 5分! 5分待ちます!」

 

 それすぎたら問答無用で飛びますからねという橋本に昇は笑う。


「多少バトルになったって問題ないって。なあ麻衣さん、いけるよな?」


「ん?」


 夫の優しい眼差しを見て妻は微笑む。


「あら。私を誰だと思ってるの?」

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