家族戦争
第49話 暗闇なんか怖くない
タオがいなくなったことで、葛原昇の秘密工場は死んだ。
生命力を失った工場は光を失い、闇に包まれている。
一歩先も見えないくらいだ。
そんなときに葛原十条の手下がやって来た。
ドリトルが、彼らと繋がりのある政治家経由で葛原十条に情報をたれ込んだことで、葛原十条は昇の逃亡計画を察知した。
現場から離れていた十条は部下の
桐元とは、神武学園校門前で飛鳥に余計なことをするなと警告したら、ハルに返り討ちにされた男だ。
彼は大急ぎで動き出す。
おそらく葛原製作所専用の空輸港を利用するに違いないと推理して、自ら部下を連れて空輸港に向かう。
さらに昇の秘密工場にも手下を送り込んだ。
昇が国外逃亡を図るのであれば、フィルプロのアジトをそのままにしておくはずがないと判断したからだが、その予測が見事に的中する。
今までタオのせいで近づくことすらできなかったのに、厳重だったセキュリティは無力化され、中には飛鳥までいる。
ずっと欲しかったタオのデータと、昇にとって最も大事な家族を同時に奪い取ることができれば、他国に亡命しようとする昇の計画を粉砕できる。
ゆえに侵入した10人はいずれも殺気立っていた。
相手が未成年だろうが関係ない、逆らえば殺す。
その覚悟の元、刺客はトンネル内部に足を踏み入れた。
いつでもレガリアを起動できるように身構えながら、足音を立てないよう、慎重にトンネルを進んでいく。
黒いボディアーマーで身を包んだ姿は、まるで暗黒騎士のよう。
その手にはもちろん強力な
いずれも銃タイプ、刀タイプといった、殺傷能力の高い武器だ。
そんな危険な連中を、飛鳥と桃子だけで処理する。
あまりに無謀な作戦にもかかわらず、両者とも勝利を確信していた。
なぜなら、この暗闇の中、普段と変わりなく動けるのは彼らしかいないからだ。
先が見えなくても様々な音を聞き取れば問題なく前に進める飛鳥。
桃子に至っては、暗闇など関係なく、敵がどこにいて、どこを歩いて、何を持っていて、何をしようとしているのかすでに把握していた。
飛鳥のスピード、そして桃子の視力があれば10人程度なら制圧できる。
その分析に不動もハルも美咲も、納得するしかない。
3人はタオのデータ回収を継続し、飛鳥と桃子は戦いへとおもむく。
緊張もなければ不安もない、かといって慢心に染まっているわけでもない。
ふたりはゾーンに入っていた。
負ける気がしない。
どう戦うかについてプランが完全に一致しているという確信があるので、打ち合わせも何もなく、それぞれが淡々と準備をこなす。
手に入れたばかりの運命の相棒、ブリューゲルと、アロセールという名の魔法武器を抱え、その場に立つ桃子。
「じゃあ、行くね」
桃子に軽く声をかけると、飛鳥はメイヴァースを立ち上げて、いつもと変わらぬペースで歩いていく。
トンネルの中はほぼ一直線なので、道に迷うということはないが、後方から桃子が細かく指示を出す。
「ひとつ右、今度はみっつ。あとはまっすぐ」
道に転がっている石を蹴飛ばして音を立てれば、飛鳥の存在が敵に気づかれる可能性がある。そうならないための徹底的なナビゲートだ。
一方、飛鳥も敵の存在をしっかり耳で確認する。
敵は2列で歩いている。前方5人、後方5人。
前方の左端にいる男が戦いに備えて指示を出している。
「いいか、車椅子と例の不動って奴だけ気をつければいい。こいつらさえ抑えれば問題ない。あとの2人は神武の学生だが、しょせん素人、ワンパターンの動きしかできない。飛鳥に至ってはただのゴミだ。近くで大声出せばすぐにぶっ倒れる」
最後の言葉に「確かに」と男たちが笑う。
ゴミか。
思わず苦笑いがこぼれる。
「不意を打ってレガリアを起動させる前に連中を殺せばいい。だが飛鳥は生かしておけ。桐元さんがそう仰ってる」
了解と刺客達が元気よく答え、それぞれのレガリアを一斉に立ち上げたとき、飛鳥は右腕を高く掲げた。
こんな真っ暗闇で腕を上げたところで誰の目にも入らないが、桃子だけは違う。
飛鳥のサインを確認し、ためらわずにアロセールを撃った。
穴のない銃口から、強烈な雷の弾が放たれる。
その弾は早すぎて目視することすら不可能だが、飛鳥の体は強力な電圧をバチバチと感じ取った。
そして雷の銃弾は、さきほどまで偉そうに指示していた男の喉元に命中する。
「うおおっ!」
その体はトンネルの外にまで飛んでいく。
アロセールから放出された強力な電撃は男のレガリアを瞬時に破壊した。
レガリアを起動していなければおそらく死んでいただろう。
殺しをするつもりのない飛鳥と桃子は、彼らがレガリアを立ち上げるまで待っていたのである。
一方、不意打ちをするつもりが、逆にカウンターを浴びた刺客達。
仲間が吹っ飛ばされて気を失っている姿を見て、硬直する。
「何が起きた……?」
きょろきょろ周囲を伺っていると、
「ぐあっ!」
顔面に電撃を浴びて、またひとりアロセールの餌食になった。
彼らはやっと置かれた状況に気づく。
「待ち伏せだ!」
「攻撃に備えろ!」
しかし無駄な抵抗だった。
ブリューゲルをフルパワーで起動させた桃子にとって、敵がどれだけ離れた場所にいようが、ゼロ距離から発砲しているのと変わらないのだ。
「ふふん」
桃子はアロセールを構えながらほくそ笑む。
スナイパーライフルなのに、まるでハンドガンを構えるように片手で持って、相手の動きに合わせて自分も動きながら撃つ。
こんな無茶苦茶な撃ち方ができるのはアロセールが無反動で、しかも空気のように軽量だからである。
「今の私はゴルゴ以上です。さながらモモコ16とでも言いましょうか」
こんなしょうもないことを口走ってしまうほど、桃子は絶好調だった。
相手が蜘蛛の巣のように大きなシールドを展開しても、重なり合う防壁のわずかな隙間すら簡単に見つけ出してしまう。
体の痛みに脅えることはない。見たいもの、見たくないものを瞬時に選別することができる。
もう何も怖くない。
「こういう武器を持つ以上、言わせてもらいましょう……」
桃子は大きく息を吸った。
「そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!!」
「あだっ!」
またひとり敵が倒れる。
完璧な防御をしているつもりが、まるで透明人間に襲われているかのようで、彼らは大いに恐れた。
あまりのことで反撃すらできない。
「いちど退くぞ!」
そのかけ声に、全員が後退を始める。
飛鳥が彼らに飛びかかったのはその瞬間だった。
彼らからすればまったく予想外のことだ。
こんな真っ暗闇の中、照明も持たずに突っ込んでくる奴がいた。
しかも、そいつがただのゴミだと思っていた小僧で、おまけにありえないくらいの速さと、一撃必殺の武器を持っている。
飛鳥に体のどこかをつかまれれば瞬く間に強力なスタン攻撃を喰らって倒れてしまう。さらに後方から凄腕のスナイパーが百発百中で撃ってくる。
「取り押さえろ!」
「相手が見えない!」
「どこにもいない!」
男たちがそう叫ぶのも無理はない。
飛鳥は不動の戦い方を意識していた。
その背丈の小ささを利用して懐に飛び込み、動き回って相手の死角に入り込み、重い一撃でダウンさせる戦法。
相手の声や足音で動きを先読みし、さらに視界の悪さを味方につければ、どれだけ相手が大勢でも先に動ける。
ありえないくらい上手くいった。
飛鳥の足下に、刺客達が倒れている。
全員のレガリアが黒い煙を吐き、電撃のショックで起き上がることすらできない。気絶したままの奴もいた。
「君たち、何しに来たの……?」
その無様な姿を見ると、意識せず上から目線になってしまう。
「……」
敵もわかっている。
たったふたりの学生にフル装備の男たちが魔法ひとつ使うことなく、無力化された。惨めで、あまりに屈辱的だ。
だからだろう、刺客のひとりが失言した。
「ここでぼーっとしてろ。今頃あんたの親父は飛行機ごと燃えてるさ」
「おい、馬鹿!」
仲間が慌てて叫んでも遅い。
飛鳥の顔が驚きとショックで険しくなる。
「父さんに何した!?」
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