第48話 準備は万端

 千里眼スキルに長いこと苦しんできた星野桃子にとって、救世主となりそうな専用レガリア、ブリューゲル。


 しかし桃子は今だ半信半疑だ。

 ビリビリマシーンを扱うような慎重さでケースの蓋を開ける。


 その臆病なしぐさを、皆が固唾を飲んで見守る。

 

 中に入っていたのは飾り気のない銀のリングと、メタリックでフルフレームの眼鏡。どちらもレガリアだと言われなければファッションアイテムにしか見えない。

 以前のゴーグルと比べれば異物感はゼロだ。


 まず指輪を右手薬指にはめる。その指は震えていたが……。


「あっ……」


 今までに無い感覚が桃子の体の中を走ったのだろう。

 戸惑いが無くなり、ぐるぐる巻きにしていたタオルやアイマスクを乱暴に投げ捨て、勢いよく眼鏡をかけた。


「ああ……」


 グルグルと周囲を見回し、この場にいる飛鳥、不動、ハル、そして美咲の顔をしっかりと見つめる。


「どう……?」


 美咲の問いかけにも桃子は答えず、両手で顔を覆いその場に座り込んだ。


「やっぱりダメ?!」


 介抱しようとする美咲を不動とハルが同時に止めた。


 桃子の肩は小刻みに揺れている。

 泣いていた。


「チョロい女と思われるでしょうが……。もうあんなモノつけなくていいんだとわかったら涙が止まりません……」


 桃子はぐじぐじ鼻をすすりながら、たまっていた膿を吐き出していく。


「微熱も目まいも頭痛も我慢すればいい。だけど私をおかしな機械だと見るやつらだけはどうにもできなくて、人の目が怖くて……」


 ここにいる星野桃子は、奇妙なゴーグルをつけたロボ子ではなく、ちょっと分厚い眼鏡をかけた、モデルのようにしなやかで美しい女子高生だ。


「これで普通に街を歩けるのですね……」


 本音を吐露した桃子を飛鳥達はただ見守る。

 美咲に至ってはもらい泣きまでしていたが、ただひとり、ハルだけが難しい顔をしていた。


「本当に変わらなきゃいけないのはあなたじゃなくてまわりなのにね。こんな大変な思いまでして、あなたの方から歩み寄らなきゃいけないなんて」


 飛鳥はその言葉に衝撃を受けた。


 こんな体だから社会に上手くなじめない。

 仲間に入れてもらうためには自分が下手にまわるしかないと思っていた。


 おまえらが僕を受け入れろという主張があるってこと、考えたこともなかったけど、果たしてそれは世間に許されるのだろうか。

 

 周りにいる人に、もっと静かに喋ってとか、じろじろ見るなと要求したら、きっとうるさいと言われるだけで終わる。

 これは、ハルのような強力な魔術師じゃないとダメなんだ……。


 そんな感傷に浸る飛鳥の横で不動は力強くハルを見る。


「まわりに期待してもだめさ。自分を変えるには自分で動くしかない。俺はそうやって生きてきた」

 

 といいつつ、恥ずかしそうに頭をかく。


「なんてかっこつけたいけど、俺だって昇さんがくれた金がなかったらどうにもできなかった。こんな言い方するとあれだけど、結局は運だよな……」


「でも星野さんは運を自分でつかみ取ったんです」


 美咲が不動に訴えるが、


「いんや、私はなんもしてません……」


 他ならぬ桃子が立ち上がり、飛鳥を見る。


「借りを作りましたな」


「いやそんなこと……」


 しかし桃子は笑う。いつもの自分や世間を嘲笑うような歪みはない。

 猫背だった背筋もピンとまっすぐになり、生まれ変わったような新鮮な微笑みを飛鳥にぶつけてくる。

 

「私は借りは返す女です。覚えていて下さい」

 

 赤く潤んだ目をこすりなが自ら床に散らばるUSBメモリを拾っていく。

 メモリのひとつひとつがタオの欠片なのだ。

 

「よし、そろそろ撤収準備を始めるぞ」

 

 不動の言葉で皆が動き出すが、ずっと黙っていたタオが突然呟きはじめた。

 いつの間にかガチャガチャが動かなくなっていて、タオの引っ越し作業は終わっていたらしい。


「みなさん、ごめんなさい。このメッセージが流れるときには私はシンガポールに、いえ、メモリの中にいます。そうなると喋れませんので、この後のことをあらかじめ吹き込んでおきます」


 どんな場面でも感情を乱さないタオらしくサラッと衝撃的なことを言う。


「葛原十条の手下10名が工場に接近しております」


 メモリを拾っていた皆が一斉に悲鳴と罵声を放つ。


「おい、お前が何とかできないか!?」

 不動がそう言ったところで今のタオは録音なのでどうしようもない。


「本来であれば私のセキュリティシステムがあんな雑魚ども瞬時に燃やしますが、私が不在となると電力がすべてダウンするため、この工場は丸裸になります。つまり、皆さんの力で何とかして、ということです」


「ははっ、言ってくれるじゃない」

 ハルが武者震いする。


「私もメモリの中に一生いるのはごめんですので健闘を祈ります。あと、もう一つ。昇さんがもしもの時に用意していた魔法武器アーティファクトがサーキットの中に隠れてますから使ってください。ではアスタ、ルエゴまた会いましょう


 その言葉と同時に工場内の全照明が落ちた。

 真っ暗闇の中、不動が用意していた携帯用LEDライトが5人を照らす。


「暴れてやろうじゃねえか。なあ衛藤さん」

「そうね、ちょっとやる気でてるわよ……」


 その場でピョンピョン跳びはねる不動と、自分の両頬をぴしゃりと叩いて活を入れるハル。

 そんなふたりを見て何か考え込んでいる飛鳥と美咲。


 桃子はタオの言葉を確認するため、ミニ四駆のサーキットに近づく。

 

 勘のいい彼女は、

「アスタ、ルエゴ」

 と、見事に合い言葉を言い当てて、サーキットに隠されていた魔法武器アーティファクトを発見する。


 中にあったのは、どこからどう見てもスナイパーライフル、のおもちゃである。

 

 銃口に開かないフタがあり、弾倉もない。引き金はあるが、ふにゃふにゃしていて、桃子がトリガーを引いても反応しない。

 ただしその外見だけはまがまがしいライフルを忠実に再現しており、銃が嫌いなハルは露骨に嫌な顔をした。


「こんなときに変なおもちゃ出さないでよ……」

 

 しかし桃子は玩具にぶら下がったプレートを読んでニヤリと笑った。

 

「この魔法武器アーティファクトの名前、何だと思います?」


 そんなの知るかと首を振る不動とハルに桃子は興奮気味に説明する。


「アロセールです! ねえ葛原氏、あんたの親父さんと私は趣味が合うようです。これがどういうものかすぐにわかりましたよ!」


「そうなんだ……」

 

 飛鳥には全くわからないが、アロセールとは歴史に名を残す有名なゲームに出てくる最強キャラであり、その強さから雷神と呼ばれていた。

 

 何にせよ、桃子が喜んでくれるのならそれでいい。

 おそらく、今の自分と桃子の考えは一致している。


「みんなはメモリを拾っていてください」

 

 戦う気満々のふたりに冷や水を浴びせるように飛鳥は話す。


「この状況なら、僕と星野さんで楽に勝てると思うから」

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