第47話 奴らが欲しかったもの
自らをフィルプロの魂と称する電脳執事タオ。
その優れた能力で星野桃子の障がいスキルを調査したタオが今、結論を出す。
「星野さんの症状はとても重く、根治は難しいと言わざるをえませんが、日常生活を過ごせる程度の制御なら可能です」
その言葉にハッと桃子の口が開く。
日々を生きるだけで体のどこかしらに痛みを覚えていた桃子にとっては、タオの言葉は思いがけないギフトだった。
「重要なのはレンズです。技術の進歩により、紙のように薄いレンズを作ることも難しくはありません。フィルプロの技術を応用して、極薄の特殊レンズを大量に貼り合わせるのです。しかし、それだけでは痛みや苦しみを緩和することはできません。新型のレガリアと連動させます」
そしてタオは驚くべきことを言った。
「現在、星野さん専用の特効レンズとレガリアを作成しております。このレンズにより拡張性千里眼は劇的に制御され、さらに星野さん専用のレガリアと連動させることで、半永久的にその効果が続きます」
半永久的という言葉にハルが動揺を見せる。
「24時間動きっぱなしってこと……?」
「誤解を招く言葉を使ってしまいましたが、厳密に言えば低電力モードの実装です。一般のレガリアのようにフルパワーを人に与えるものではありません」
この説明に不動がある結論にたどりつく。
「もしかして、葛原十条が手に入れたかったものって、それか?」
「はい。この技術を応用すれば、平均15分しかなかったレガリアの稼働時間が飛躍的に向上し、試算では60分の稼働が可能になります」
「おいおい……」
不動は頭を抱える。
日本で開発されたレガリアは今や世界中で作られているが、その稼働時間は日本製で15分、海外製は長くても8分が最大である。
この状況下で60分以上稼働するレガリアを産み出すとなれば、葛原製作所は多額の利益を得るだろう。
しかし問題はそこではないと不動は言う。
「あのじじい、もしかしたらほんとに自分で軍隊作って隣の国に攻め込むつもりじゃねえだろうな……」
「ありえない話じゃないわ」
ハルも険しい顔で不動を見る。
飛鳥も、自分と血が繋がる男の野望にドン引きするだけだが、誰よりも冷静なのは歌川美咲だった。
「その話はあとでいいじゃない。今は星野さんが一番大事でしょ」
冷たく言い放って不動とハルを現実に引き戻し、タオに話しかける。
「半永久的って言ったけど、そのレガリアがあれば、星野さんはもう苦しまなくていいってことだよね」
「はい。レガリアの中に太陽電池や自動巻き発電機能などの古い技術をあえて搭載しました。日常生活を過ごす中でごく自然に充電をすることが可能になり、レガリアのバッテリーがゼロになることはありません」
そしてタオは桃子に優しく話しかける。
「人と違う私から見ても、星野さんの体は厳しい状態にありました。私とフィルプロは星野さんのような方のためにあります。その力を正しく使うことができて私も生まれてきた甲斐があったというものです」
タオの説明が終わっても、誰も言葉を発しない。
何かあったら良いなとは思っていた。
だが、その一撃が、逆転サヨナラ優勝決定満塁ホームラン並の当たりじゃないかと皆が気付き始めて、ゆえに黙ってしまう。
「いやいや、私は信じませぬよ!」
ぷるぷると首を振りながら桃子が隅っこに逃げ込む。
「甘い言葉で騙そうとした奴が何人いたか……」
騙されちゃだめだ、騙されちゃだめだ、と呪文のように呟くが、
「完成しました」
タオはあっさりと言った。
ミニ四駆のサーキットを1台のトラック型マシンが高速で突っ走り、桃子の近くで止まった。
トラックの上に眼鏡ケースが乗っている。
「星野桃子さま専用の眼鏡と指輪です。ふたつあわせてひとつのレガリアだと考えてください。では早速、名前をつけていただけますか?」
「名前ですと?」
「レガリアの命名権は制作者にありますが、私にそれは与えられておりません。であれば、持ち主となるあなたが名付けるのが自然です」
「……」
星野桃子の中に、今まで見てきた様々なアニメが浮かんでは消えていく。
「ラブリーエンゼル……」
「そのような醜悪な名前は却下します」
「なんですと!?」
お前がやれと言ったのに随分な返しをされたので、むすっと天井をにらむ桃子。
「もっとビビッドでセンスのある名前を推奨します」
悪びれもせず言い放つ態度を見て、こいつは間違いなく父が作ったモノだと飛鳥は確信する。
そして桃子とタオの感性が一致することはおそらく永遠にないだろうと気づき、きっと埒が明かなくなるだろうからと、桃子に駆け寄る。
「一番好きな画家の名前とかどう? ホクサイ、ジャクチュウ、シャラクとか」
すると桃子は即座に答えた。
「ブリューゲル」
「了解しました。ではブリューゲルをお使いください。不動さん、よろしいですね?」
「よろしいもなにも、完全な事後報告じゃねえか」
文句を言いつつ、不動はいっこうにブリューゲルを持とうとしない桃子のかわりに眼鏡ケースを取り、あえて乱暴につきつける。
「ほれ、つけたって爆発なんかしないから使ってみろよ」
「……」
桃子はついにケースを手に取った。
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