第46話 電脳執事
オレンジの照明に包まれながら、トンネルの中を進んでいく。
ほぼ一直線の道で、要所要所で分厚いシャッターにぶつかるが、不動が前に立つと自動的に開く。
どうやら本当に不動がこの工場の主になったようだ。
葛原昇の秘密研究所までは十分ほど歩く必要がある。その時間を利用して、機械音声が事情を説明してくれた。
「私はこの工場を管理するマスターAIのタオと申します。電脳執事のような存在だとお考え下さい」
機械音声とはとても思えない、とろけるような甘いイケボ。
「不動大輔さまのデータと一致する人物が表れたら、無条件で全権を譲渡するよう前任の葛原昇さまから指示を受けておりました」
なぜ?
皆が不動を見つめるが、当の本人が一番混乱している。
「不動さまが何をしたとしても受け入れるように。もし不動さまが昇さん個人に危害を加えるようなことがあっても傍観するように。彼にはそうする権利がある。俺はそれを受け入れると昇さんは仰っていました」
「……おいおい」
不動は恥ずかしそうに頭をかいた。
事故の後遺症で寝たきりになっていた時、葛原昇はこっそり病室に訪れ、強くなって俺を殺しに来いと言って大金を置いていった。
そうすることで絶望の淵にいた不動を上昇させようとしたのだ。
その日から今に至るまでに起きた様々なことを不動は図らずも思い浮かべてしまったようで、
「まいったな。こんな時にこんな所でこんな気分になるとは……」
頬を赤くしながら不動は飛鳥を見た。
「フィルプロにしろ、お前の親父さんは約束を守ってたわけだ」
そして独り言を呟く。
「殺すつもりなんかねえってのに……」
両目を閉じて微笑む不動を見て飛鳥は安心した。
不動がこんな体になった原因は元を辿れば父にある。
会社と個人の板挟みにあった父が不動にした謝罪の仕方がすべて正しいとは思えない。きっと父も責任と負い目を感じていたから、この工場に不動の存在を刻み込んでいたのだろう。
すべてを受けいれてくれた不動に感謝しかないが、もし彼が憎しみを抱き続けて父を本当に殺したら……。
果たして自分はどうなるだろう。
許せるだろうか、不動を憎むだろうか。
このことについて、少しずつでも真剣に考えていかなければならないだろう。
とはいえ、今は目の前の目的に集中しよう。
何しろ、苦労なく秘密研究所を制圧できたことはとても幸運だ。
一瞬で工場の全権を握った不動はタオに話しかける。
「タオさんとやら、俺はあんたを壊すつもりで来た。ここの技術を悪用しようとする奴らがいるんでね」
「承知しております。葛原十条の手下が何度かこの工場に侵入を試みましたが、すべて失敗したのを確認していますので」
ちっと舌打ちする不動。
「ここに気づいてたか。あまり長居はできねえな」
そう言いつつ、飛鳥と桃子を見て不動は再度タオに話しかける。
「このヘッドホンの子と、目隠ししてる子がいるだろ。ここにあるものでどうにか出来ないか?」
「どうにかと言いますと……」
暗闇の向こうからドローンが飛んできて、飛鳥と桃子の頭上をくるくる回る。
「人並みの視力と聴力に矯正したい、あるいは制御したいということでしょうか」
不動は物わかりの良いタオに感銘を受けた様子。
「それだ! 何とかなるか? いや、何とかしろ!」
かなりの無茶振りにもタオは口答えをしない。
「すぐ調査します。まずは工場にお入り下さい」
ここに来てから7つめのシャッターがゆっくり開きはじめ、ついにフィルプロの工場にたどりついたのだが……。
「なんだこれ……」
飛鳥が思わず呟いてしまったのは、まず真っ先にミニ四駆のサーキットが中央にドカンと置かれていたからだ。
しかもあちこちにガチャガチャと呼ばれるカプセルトイが置かれている。
パソコンや、研究に使う実験器具も見られるのだけど、それ以上に遊具の方が多い。これでは工場というより、遊び場だ。
「父さん、ここで走らせてたのか……」
呆れたような、いや、むしろホッとしたような、奇妙な感じ。
一方、大人達の遊び場を見て不安な顔をするのはハルだ。
「こんなところで大丈夫なの……?」
文句を言いつつガチャガチャにスマホをかざすが、何も出てこない。
「通常の通貨では機能しません。必要なのは10バルスです」
「なんなのよ、それ……」
あんまり使っちゃいけない言葉を単位にしないでと突っ込むハルだが、
「バルスが欲しければ私が出すクイズにお答え頂ければ、一問正解につき……」
「そんなのどうでもいい。調査の結果は?!」
呆れたように声を荒げる不動だが、タオはいつでも冷静だ。
「現在継続中です。お二方とも重い症状なので時間がかかっております」
「急いでくれ。なるべく早くお前を壊したい」
「了解しました」
そのやり取りを見て桃子が思わず呟く。
「仕事を振るだけ振って、そのあと壊すってのも酷ですなあ……」
どんなブラック企業だとタオに同情するが、
「私、思ったんだけど……」
美咲がおそるおそる口を開く。
「壊すより、引っ越したらどう?」
どういう意味だと皆が美咲を見る。
「マスターAIってくらいなんだから、フィルプロの情報や技術は全部タオさんの頭の中にあるはずでしょ。だからタオさんに頼んで1度どこかに逃げ込んでもらうのよ。ネットの中とか、ハードディスクの中とか……」
「ハードディスクなんて久しぶりに聞いたな……」
思わず呟く飛鳥。
「つまりA計画を実行しろと言うことですか?」
突然タオが口を挟んできた。
「なんだA計画ってのは」
不動の問いにタオはすぐ答える。
「こういうことです」
突如してガチャガチャが勝手に動きだし、大量のカプセルを落とし始める。
中にあるものを見てハルが歓声を上げた。
「これUSBメモリじゃん! 初めて見た!」
ハルと同じくUSBメモリを見たことがない飛鳥と桃子が見せろ見せろと群がり始める。
「これ1テラしかないの?」
「昔はこれで十分だったのですよ」
過去の遺物を見て興奮する同世代の若者を美咲はじっと見つめる。
「もしかしてこれ、タオさんの一部なの?」
「はい。工場内で起こりうるすべてのトラブルを想定したとき、私を物理的な記憶装置に逃がすことが最も安全だという結論に達したのです。データ量が多すぎてひとつではまかないきれないため、大量のメモリが必要になります。それゆえにA計画、すなわちアキラ計画と名付けられました」
アニメのAKIRAを見たことがない不動はピンと来ておらず、頭にクエスチョンマークを浮かべて棒立ちになっている。
しかし美咲は積極的にタオに話しかける。
「あなたのデータを持ち出すことは、ここを破壊することと同じ意味だと考えていいのかな」
「無論です。私こそがフィルプロの魂です。私がいなければこの工場を再起動させることは不可能です」
「なら……!」
美咲は目を輝かせてタオに訴える。
「葛原くんと星野さんの診察と、アキラ計画は同時に進められる?」
一瞬、沈黙があった。
「非常に困難ではありますが、挑戦的かつ魅力的な問いかけです。任務に必要の無いデータから切り離して、おふたりの診療にすべてを注ぎましょう」
本来ならタオが動き出すには不動の許可が必要なのだが、物わかりの良いタオは、不動より美咲の方が利口だと判断し、自主的に彼女の意見を尊重したようだ。
工場内にあったすべての動力がフル稼働で動き出す。
ごおーんという爆音に皆がはっとなり、爆音を浴びたショックで飛鳥はひっくり返ってしまうほどだった。
あちこちのガチャガチャからタオのデータを記録したメモリがこぼれてくる。
「不動さんと衛藤さんはひとつ残らずメモリを拾って!」
美咲の檄でハルと不動が慌てて動き出す。
アキラ計画のために用意してあった大きなボストンバッグに大量のUSBメモリを突っ込んでいく。
自らの体の一部をメモリに移動しつつ、タオは飛鳥と桃子の体を詳しく調査する。
「飛鳥さま。あなたとお会いするのは初めてですね」
タオはまるで身内のように優しく飛鳥に語りかける。
「昇さんは毎日あなたのことを話していました。お会いできて光栄です」
「こちらこそ」
機械と話している気がまるで起きない。天井裏で誰か隠れて声を出しているんじゃないかと思うくらいだ。
「残念ですが、今あるヘッドホンと、レガリアにセットされたアブノーマルセンスブレイカー以上にあなたの助けになる技術も道具も存在していません。そのヘッドホンは昇さんがここで作ったものなのです」
「うん、わかってる」
おおよそ予想はしていたので、落胆はしていない。
お前の真聴覚は他と比べものにならない。どこから手を付けていいかわからないんだと父も正直に話していたから。
「僕のことより星野さんは? 何かいい道具無い?」
大きめに声を出したのに、タオは返事をしない。
その沈黙に皆が息を飲む。
期待はしていない、金が欲しいだけッすと言っていた桃子も、ここに来て緊張した面持ちで天井を見る。
なかなか回答が出ない。
壊れたんじゃないかというくらい長い沈黙に、
「ちょっと、大丈夫なの……?」
ハルが心配そうに呟くと、
「こういうときは少し助走をつけた方がドラマティックになると思い黙ってみましたが、どうでしょう」
あまりにもひどいガッカリ発言に皆がすっころんだ。
「執事ジョークはいいから、早く教えて……」
急かす飛鳥にタオはのんびりと答える。
「では星野桃子さまに関して言いますと……」
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