第45話 南翔馬は見逃さない

 神武学園の生徒でありながら、ドリトルの諜報員としても活動する新藤青。


 どんな任務を受けてもそつなくこなしてきたが、とうとう彼女も失態を犯してしまった。


 生徒会の会議を体調不良という理由で欠席し、女子トイレにこもる。

 そしてドリトルの緊急会議にスマホからリモートで参加するというなかなかに売れっ子なスケジュールをこなすが、スマホを持つその手は震えていた。

 

 起きたことすべてを南に伝えたあと、彼がどういう反応をするか、恐ろしくてたまらない。


 星野桃子が付けていたレガリアが本当にルガルーかどうか調査するため、学校を混乱に陥らせたまでは良かった。

 間違いなくルガルーであるとわかったし。


 ただ、葛原飛鳥が星野桃子ごと抱えてどこかに行ってしまうとは考えも及ばず、新藤は窮地に陥った。


 桃子に騒ぎを起こさせて、警察に逮捕させたあと、ドリトルの特殊なコネクションを使用することでルガルーを奪い取るという計画は、最初の段階で大きくつまづいてしまった。

 

 やって来た警察はなんかやる気無いし、挙げ句、珍しく学園側が星野桃子に関わるなと生徒会に介入して、それで終わり。

 あれほどの騒ぎが起きながら、たった半日程度で収まってしまったのである。


 これは明らかに私の油断です。申し訳ありませんと新藤は素直に謝った。


『なるほどねー』

 

 南という男の冷酷さというか、使えないとわかった人間に対する態度は新藤もよくわかっている。

 ここで南がネガティブなことを言えば、明日の命は無いかもしれない。


『仕方が無い。今回は諦めよう』


 予想外にさらっとした態度に拍子抜けする。

 しかも南は変わらず新藤に優しかった。


『校舎4階から飛び降りて逃げ出すなんて誰も考えつかない。葛原飛鳥くんの大胆さに拍手を送って、ルガルーにさよならを言おう』


「ですが……」


 助かったという安堵以上に、ルガルーを放置していいのかというドリトルとしてのプライドが新藤を駆り立てる。

 会議に参加する他の社員も、諦めると口にした南に不満があるのか、わーわー文句をたれるが、


『仕事熱心なのは嬉しいけど、これ以上はだめだ』


 南は静かに、それでいて刺すような目つきで周囲を黙らせた。


『不動大輔って男は警察やら政治家やら、いろんなところに太いパイプを持っていて、神武学園も彼には頭が上がらないそうだ。しかも彼個人の魔力も高い。君らも体験済みだろ?』


 新藤含め、誰も言い返せない。


『葛原飛鳥が不動大輔の元に逃げ込んだ以上、諦めることが正解だ。今回、俺たちはあくまで見物人の立場を貫こう。なにしろ、ここに来てからいろいろ見たり聞いたりして、わかったことがあるんでね』


 葛原十条から追放された孫、葛原飛鳥。

 飛鳥に手作りのレガリアを渡した父、葛原昇。

 さらに元部下を使って何かしらのメッセージを伝えた……。

 

『葛原昇と息子の縁は全く切れていない。むしろ引き剥がされたことでより結びつきが強くなったように思える。葛原昇にとって最優先事項は会社の利益ではなく、葛原十条との争いに勝つことでもなく、家族なんだよ』


 だからこそ、答えは簡単に導き出されると南は指摘する。


『葛原昇は息子を連れて日本を出るつもりだ。行き先は第二の故郷であるイギリスに違いない。本部に連絡をしてそこら辺の裏付けを取ってもらってるけど、もし俺が葛原昇だったら、今日の夜中に出て行くね。なんせ葛原十条がお供を連れて永田町に出張してるらしいから』


 おおう、と皆が声を上げると、南は俺って凄いだろとばかりに両手を上げる。


『というわけで、俺たちはここで葛原十条に貸しを作ろう。まずドリトルと繋がりを持っていた政治家に接近する。葛原昇がこの国を出るつもりだと彼らにたれ込んで、それを葛原十条に伝えてもらうんだ。どうなると思う?』


 南は机をバンと叩いて満面の笑みを見せた。


『最高の見世物が始まるよ!』




 

 一方、南に外堀を埋められているとはつゆ知らず、飛鳥を乗せたバスは神武学園近くの交差点で停車した。


「はいはーい、プリヴェー、プリヴェー」


 ロシア語で挨拶しながらハルが笑顔で乗り込んできた。車椅子が大きすぎて置く場所がないので前方の空いた席にとりあえず突っ込んでおく。


 ハルが来てくれれば百人力だと飛鳥は喜ぶが、その後ろに歌川美咲がいたので、当然びっくりする。

 

 美咲は飛鳥に申し訳なさそうに会釈だけすると、後ろの席で腕組みしている星野桃子にまっすぐ近づいていった。


 ごめんなさいと謝るつもりが、先に声を出したのは桃子の方だった。


「さっきは怒鳴ってしまって申し訳ないっす……」


 すっと立ち上がって頭を下げる桃子の手を美咲は強く握る。


「私の方こそゴメン。本当に馬鹿で……」

「いんや、私の方が……」


 ファミレスのレジ前でどっちが勘定するか揉めてる主婦みたいになってきた。


「そろそろ座らないとこけるわよ」

 

 見かねたハルが注意して、ようやくふたりは後部座席に腰掛ける。


「なにかあるといいね」


 優しく励ます美咲に桃子はニヤリと笑う。


「そっちはあまり期待してません」


 むしろ、データは売る。手に入れた金は山分け。

 この言葉が桃子を奮い立たせている。


「よし、そろったな」


 学生達の青いやり取りを見て不動はなんだか嬉しそうにアクセルを踏んだ。 


 フィルプロのアジトは幻のハイウェイを進んだ先のトンネル内部にあるはずだ。

 かといって高速道路に乗りこみ、封鎖された道路を突っ切れば、あっという間にその存在がばれて、道路会社にめちゃくちゃ怒られるだろう。


 高速道路を使わずにアジトまで行ける道があるはずで、フィルプロの開発者達もきっとそのルートを使っていたに違いない。

 

 こういうとき頼りになるのはやはり桃子だった。


 彼女の的確なナビで、バスは幻のハイウェイの高架橋の下にある道路をゆっくり進んでいく。

 

「ここで止めて下さい。上に繋がる階段が見えます」


 高架橋を支える太い柱に、隠しドアがあり、中を開けると上に続く階段があった。

 なんとスロープがついていたので、車椅子のハルも容易に進める。


「秘密のアジトってわりには親切ね……」


 ハルが驚くが、飛鳥はこの階段にはっきりと父の影響を感じた。 

 フィルプロのアジトは間違いなくここにある。


 階段を上ると、トンネルの真ん前にたどりつく。


 トンネルは分厚い鉄のシャッターで塞がれていて、ハルの魔法でも開けるのは困難に思われたが、中央部にこれ見よがしの指紋センサーがあった。


 葛原昇をよく知る飛鳥と不動はどう見てもこれが罠としか思えない。


「触れたら最後、ビリビリっときて、はいさよならってこともあるぞ」


 真剣な顔の不動。


 その言葉に、全員がハルを見つめた。


「触れっての?! なんで私なのよ!」


 激しくうろたえるが、桃子は容赦ない。


「あんたなら喰らっても死なんでしょ」

「いや! 電撃も熱湯もザリガニもおでんも絶対にNGよ!」


 お笑い芸人みたいなことを叫びながら、飛鳥が持っていたレッドカインの杖を奪い取り、杖の先をセンサーに押し当てる。


「とりあえず最初はこれでいいっしょ」


 しかし、これが良くなかった。


 トンネル上部にあったスピーカーから機械音声が響く。


「読み取り不能。人と認識できませんでしたので、プログラムコード35を実行。対象を破壊します」


「え」

 絶句する五人。


 スピーカーが引っ込み、シャッターのあちこちに穴が開き、そこから強力な電撃攻撃を放つ魔法武器アーティファクトがにょきにょき出てきた。


 すべての銃口が五人に向けられる。


「ちょっと! 極端すぎない?!」


 文句を言うハルに不動が叫ぶ。


「だからそういう男が作った場所だって言っただろ!」

「もっと冗談が通じる人だと思ったのよ!」


 とにかく攻撃を塞がねばと、皆が思い思いのシールドを張り巡らそうとしたとき、機械音声が思いがけない反応を見せた。


「コード撤回。特例音声を受信しました。すべての権限を委ねます」


 突如として、シャッターがガラガラと開きだした。


「なんだかよくわからんが、通って良いらしい……」

 

 拍子抜けする不動。

 音声認証、指紋認証、昔ながらのパスワードなど、ありとあらゆるロックに対処するための便利な機器をぎょうさん持ってきたのだが、まさかアジトの方から向かい入れてくれるとは思いもしなかった。


「葛原くんがいたから開けてくれたんじゃない?」

 

 美咲が指摘するが、飛鳥は首を振る。


「ここに来てから一言も声だしてない。僕に反応したんじゃないと思う」


 そう、機械は特例音声を受信したと言っている。

 

 つまり……。


「ようこそ、不動大輔さま。この工場はすべてあなたのものです」


 うやうやしく主を出迎える機械音声に不動は面食らう。


「俺? なんで?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る