第44話 ハートに火をつけて

 飛鳥から着信が入ったとき、衛藤遥香は空組の教室で暇を持て余していたが、アジト爆破および火事場泥棒の計画を聞かされると、とてもわかりやすい反応をした。


「面白そうじゃないの!」


 彼女にとって行動するしないの基準は、面白そうか、そうでないかのふたつしか無いが、葛原飛鳥という男はこれでもかと面白そうな案件ばかり持ち込んでくる。


「すぐ行くって言いたいところだけど……」


 ハルは周囲を見て表情を曇らせた。


「空組から出られないのよ。あなたのお父様と同じになっちゃった」

「えっ……」


 スマホの向こうで絶句する飛鳥にハルは笑う。


「しゃーないわ。怒られてもしょうがないことしたし」


 警察の現場検証はまだ続いており、生徒会全員が集まっての緊急会議も行われている。

 

 警察の捜査と生徒会の会議が終わるまでは、昼休みになろうが、帰宅時間になろうが、教室から出ないよう空組生徒は教室で軟禁されていた。


 空組に対する苦情が生徒だけでなく教師からも殺到したのだ。


 彼らは危険で、何をしでかすかわからない。

 このままじゃ授業に集中できない。

 滝のように降り注ぐクレームに苦慮した生徒会が下した極端な決定だった。


「魔法でバリケードまでされちゃって、やることなくて暇だったのよ」

 ふわーとあくびをするハル。

 

 閉じ込められているというのに、空組生徒達はいつもと変わらないように見える。

 

 相変わらずトランプを楽しむ男たち、読書に熱中する1人上手な男子女子。アニメが放送されねえぞと文句を言うオタクども。


 彼らを見ているのもそれなりに楽しいが、教室の隅でこれからどうなるのか不安に脅えるグループもいる。

 空組の中には体や心の弱い生徒達も多い。

 不安に押し潰されたことでストレスを感じ、せきこんだり、パニックになったり、ぜんそくの発作を起こしてしまう子もいたし、泣き出してしまう子もいた。


 彼らを見ていると、スマホを持つ手にも力が入る。


「私もすぐ行く。ちょっと待ってて」


 ハルはそう言って電話を切ると、いつもの場所でいつも通り本を読んでいた大神のところまで車椅子を走らせた。


「ガミさん。頼みたいことがあんの」


 言葉を発することができない大神は、自身の車椅子に貼り付けたタブレットに文字を表示させることで会話する。


「葛原と連絡が取れたようだな」


 一を聞いて十を知る大神は、ハルが何をしたいのか瞬時に察したようだ。

 

「車椅子は任せておけ」


 ゆっくりと首を縦に動かす大神をハルは頼もしげに見る。


「ありがと」

 そう言うとハルは車椅子を降り、ベルエヴァーを起動して両足で歩いていく。

 置いてけぼりになった車椅子は、大神を慕う生徒兼子分たちの手でどこかに運ばれていった。


 生徒会が作り出した魔法バリケードを突破することなどハルにとっては造作も無いことだが、車椅子があると大きすぎて目立ち、気づかれるおそれがある。

 これ以上騒ぎを起こしたくもないので、車椅子だけ別ルートで運んでもらうことにした。


 校舎一階に直結するエレベータまで歩いて、そこから姿を消して学園を出るつもりだったのだが、


「あら?」


 エレベータの近くにあったベンチに、あの歌川美咲が座っていた。

 いつものハキハキした様子は失せ、すっかりしょげている姿を見て、ハルはふうっと溜息をついた。


「生徒会の会議があるんじゃないの?」


 その問いかけに対し、美咲の体は油切れを起こしたようにぎこちなくハルの方向を向く。


「終わった」

 ぼそっと一言呟くと、まるで夢を見ているかのように上を見て話し出す。


「傷害事件には当たらないし、器物破損罪でもない。実験中の事故だって。何の実験なのか知らないけど、おとがめ無しってことになった」

 

「良かったじゃないの。かばった甲斐があったわね」

 

 ひどい怪我をしていたのに、つまづいて転んだだけで桃子とは接触していないと警察に断固言い張った美咲を見て、ハルは呆れたと同時に、歌川美咲という娘がなんだかいじらしく思えている。


「私は何もしてない。警察が形だけの調査をしたのはあなたのおかげ。学園の大人達がなにもするなと釘を刺したのは、きっと不動さんって人の力でしょ」


 ここ数日間で美咲の精神はすっかり消耗してしまった。

 いろんな葛藤が彼女の中で渦巻いているが、たどりつく答えは一緒。


「私って、本当に無力で、大馬鹿ね……」


 覇気が完全に無くなった美咲を見て、ハルはめんどくせえなあと、これ見よがしに溜息をついたが美咲は何も反応しない。


「……ったく」

 

 そう吐き捨てるとハルはベルエヴァーの電源を切った。

 力を失い、枝が折れたかのようにその場に倒れ込むハルを、美咲は慌てて抱えようとするが間に合わない。


 大の字になって倒れるハルをどうすればいいのか、桃子を傷つけてしまったことを思い出し、どぎまぎする美咲。

 その険しい顔をハルは優しく見つめる。


「飛鳥とモモが勝負に出るわよ」


「えっ?」


 桃子は自分を苦しめる環境を打破するため。

 そして、飛鳥は父のアジトを壊すことで、おそらく生まれてはじめて祖父に抵抗する選択をした。


「手伝いを頼まれたの。あなたも来て」


「でも私は……」

 何も出来ないし、ましてや桃子に合わせる顔がない。

 

 しかしハルは言う。


「あなた気づいてないけど、追い詰められるとたくましくなるのよ。葛原昇のアジトに忍び込むんだから、きっとそういう時がくるでしょ。また過激なこと言って私たちを助けてよ」


「衛藤さん……」


 泣きそうな顔をする美咲にハルは両手をバタバタさせる。


「とりあえず、今のままじゃ動けないから、おんぶしてくれない? 上手く姿を消してあなただけ見えるようにするから」


「……」

 閉じ込めている空組の生徒と学校を抜け出すというのは、生徒会に属する者として立場を失いかねない愚かな振る舞いではある。


 だが、そんなものにこだわる必要があるのだろうか。

 

 あれだけの騒ぎが起きたのだから生徒会で集まりあうのは良かったけど、どうするどうする言い合うだけ。


 騒ぎのそもそもの原因が美術部の連中によるイジメにあるはずと美咲が力説しても、今そんなことを追求しても意味ないだろと一喝されるし、学園の大人達の電話が来た途端、じゃあ、そういうことでと解散。

 何の意味も無い会議だった。


 神武学園の生徒だとか、1年の副学長だとか、校則とか、そんなものとっぱらって、何をするべきなのか考えると、答えはすぐに出た。

 

「……わかった」

 

 今度はためらわずにハルを背負う。

 ハルのサービスで、重みは一切感じないが、階段を転がり落ちたことで関節の節々が痛み、歩くたびに美咲は苦痛の声を出す。


 痛みを覚えても迷わず進む修行僧のような美咲を見て、ハルは言った。


「モモと何があったか知らないけどさ……。私らみたいな連中見たら、誰だって最初は可哀相って思うわよ」


「……」

 何も言わずにせっせと歩く美咲。

 幾人かの生徒とすれ違ったが、誰もハルに気づかない。


「大事なのはそのあとよね。あなたも、私も」


 そしてハルは美咲に軽く頭突きした。


「これからよ、これから!」


 ハルの柔らかい髪が美咲の首をくすぐって、美咲はついつい笑った。


「はいはい、わかりました」


 気持ちの高ぶりに応じて足が軽くなるのを感じて美咲は少しだけほっとした。

 

 そして大神達の援助により空組教室の窓からワイヤーを使って外に置かれていた車椅子を回収し、ハルと美咲は学校を抜け出した。

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