暗闇から抜け出せ

第43話 覚悟を決めて打って出ろ

 父、葛原昇が極秘裏に開発を進めていたフィルプロの秘密基地を破壊する前に、使える物品やデータを回収する。

 そんでもって、手に入れたデータは同業他社に売る。


 やろうとしていることは泥棒と変わりないが、得た金は山分けという条件の下、葛原飛鳥と星野桃子が今、タッグを組んだ。


 とはいえふたりとも高校一年の未熟者。大胆なことをやってのける技術も経験も無く、あるのはやる気だけ。


 しかし、ラッキーなことに彼らのバックには強力なスポンサーがいた。

 神武学園の生きる伝説、最強の留年生、不動大輔である。


「そうと決まったら、俺に任せろ」


 彼は桃子が休んでいた部屋を出て、誰かと電話を始める。


「いや、どもども。お元気ですか、理事長」

 

 満面の笑顔で理事長なる男と会話する不動。

 極悪な商売人のような顔をいぶかしげに眺める飛鳥だったが、その肩に黒川医師がポンと手を置いて安心させる。


「あいつが神武に入学したのも、卒業しないのも、あいつなりの復讐なんだよ」


 不動の成長が止まってしまったのは神武学園の文化祭で起きた事故によるのだが、不動はあえて神武学園に入学することで、優位な立場を得た。

 

 なにしろ神武は生徒の自主性を重んじる規則ゆえにトラブルが起きやすい。


 不動はそういった揉め事に積極的に干渉するだけでなく、よそで稼いだ金を惜しみなく学園に寄付したので、今や不動は学園に多くのをつくる、の立場を確立していた。


 これが黒川の言う「不動の復讐」である。


 学園からすれば不動はまさしく目の上のたんこぶなのだが、貸しはたくさんあるし、弱みも握られてしまっているので、星野桃子の暴走事件を無かったことにしろと無茶な要求をする不動に逆らうことすらできない。


 本来なら星野桃子は退学、それどころか修理代も請求したいくらいなのに、


「あれもこれも公表しちゃおっかなあ」

 という脅しに屈服するしかなく、生徒会に「星野桃子には手を出すな」と伝えることに渋々同意した。


「よし、これで第一段階はクリアだ」


 不動と飛鳥は見て得意げに親指を立てる。

 

 なんとしたたかな男だろう。

 

 死んでもおかしくなかった事故を経験し、10年経とうが20年経とうが飛鳥より小さな子供のままの男が、大人を手玉にとってタワマンの最上階から世の中を見下ろしている。


 何という強さだ。

 ブルドーザーのごとき猪突猛進でいろんな人間を巻き込んでいく。


 飛鳥には到底持ち得ない大胆さが眩しいくらいに不動の体から放たれていた。


「警察が今、学園に来て現場を調査してるらしいが、これもおとがめなしでいけそうだ。衛藤さんがコネを上手く使ってくれたらしい」


「そうですか」

 さすがはハルちゃんだと安堵するが、何もかも上手くいきすぎて逆に怖い。


 事実、不動は飛鳥に警告する。


「ただ、同じことが起きたら次はダメだ」


 さらに厳しい事実も突きつける。


「警察も学園も動かないとなると、生徒のフラストレーションは貯まる一方だ。お前達を見る目も相当きつくなるだろう……」


「わかってます……」

 不動の言うことはもっともだ。

 貴重な授業の時間を潰してしまったという事実は拭えない。


 だからこそ勝負に出なければ。


「これ以上ひどくしないために、ゴーグルのかわりを見つけないと……」


 不動も力強く頷く。


「だな。何があるか行ってみないとわからんが、やる価値はある」


 その時、桃子が不動に近づいてきた。


「アジトの場所がわかりやしたよ」


 アイマスクを10枚、さらに厚手のタオルで両目をきつく縛っているが、誰の支えも必要とせず普通に歩いている。

 ここまでしても彼女にはのだ。

 

 そして両腕は包帯でぐるぐる巻きになっていた。

 桃子を守るために仕方なく繰り出したハルの魔法は、桃子の腕に深い傷を与えてしまったが、全く気にしていないようだった。


「全身包帯ルックに憧れがあったので、ちょっとだけ夢が叶ったってわけです」

 と笑顔を見せるほどだ。


 ハルの牽制がなかったら今頃殺人犯になっていたことを自覚しているので、腕の傷のことで誰かを責める気は欠片も無いようだ。

 

 決して万全とは言えない体調にもかかわらず、桃子はその能力でフィルプロのアジトを瞬時に見つけてくれた。

 地図のデータをタブレットで確認した不動が声を出す。


「6度目のオリンピックの時に作られるはずだった高速道路だ。どでかいトンネルを掘る予定が、車よりリニアを使えとか、つまらん大人の事情で工事が止まって、ずっとそのままになってた」


 桃子もその話に覚えがあるようだ。


「取り壊されない幻のハイウェイですな。走り屋が封鎖を越えて真夜中にビュンビュン愛車を飛ばしているそうですよ」


 希代市のインターチェンジで高速に乗り、封鎖されている幻の道路をくぐり抜けると、ものの数分でトンネルになるはずだった山にぶち当たる。


「そこを昇さんはアジトにしたってことだ。すぐに行くぞ」


 とっとと支度せいと飛鳥と桃子を駆り立てる不動だが、黒川医師が慌てて呼び止める。


「行くなら夜中にした方がいい、真っ昼間じゃすぐばれてしまう」

 

 いつだって前のめりの不動を落ち着かせるというのが黒川の役目のようだが、不動は首を振り、飛鳥を見る。


「ダメだ。すぐ行かないと昇さんが飛んでっちまう。用事をさっさと済ませて、こいつを待ち合わせの時間までに届けないと」


 その言葉に桃子は驚いた様子。

 飛鳥の父が亡命するとは聞いていたが、飛鳥が同行するとは知らなかったのだ。


「……なるほど、急ぐ必要がありそうですな」

 飛鳥を見て深く頷く桃子。


 その姿に黒川は心配そうな溜息をつく。

 医者としては桃子を休ませておきたいのだが、探偵の助手という立場で考えると、桃子は絶対に必要な存在だとわかってしまう。


「昇さんが作ったアジトだ。一筋縄じゃ行かない」

 

 関係者以外の立ち入りは絶対にトラップ盛りだくさんにして抵抗してくる。そう確信した黒川は、素直にバックアッパーとしての立場を受け入れた。


「なら行きなさい。僕がここで指示を出す。金村さんもいるし、がら空きにはできないからね」


「ありがとうございます」

 深々とお辞儀をする飛鳥を黒川は優しく眺める。


「待ち合わせ場所の空輸港近くにドローンを飛ばしておく。そっちに異変があったらすぐ伝えるし、もしかしたら昇さんと接触できるかもしれない」


 菩薩のような黒川の声に飛鳥は感じ入った。


「本当にありがとうございます。ほんとにいろいろ……」

「そんなのいいから早く行くぞ!」


 不動が待ちきれずに飛鳥の手を取って走り出す。

 その後ろを桃子がゆっくり歩いてついていくが、ふと立ち止まると、黒川に深々とお辞儀をした。


「気をつけて」


 黒川は軽く手を振って、不動達を見送った。


 そして飛鳥達は不動愛用のマイクロバスに乗り込む。

 バスは颯爽とタワマンの地下駐車場を抜けて大通りに出た。


「よし、忘れ物無いな!」

 運転席から呼びかける不動に、飛鳥は大声で叫ぶ。


「ひとつだけあります!」

「おいおい、無いって言ってよ、こういう場合!」


 わめく不動を見て桃子は笑いながら言った。


「最強の魔法使いを忘れてますよ」

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