第42話 飛鳥、導く
捨て犬のような目をして事務所にやって来た飛鳥と、彼の背で気を失っている傷だらけの星野桃子.
突然の来訪に不動も黒川も驚いたが、仕事柄こういうことは慣れっこなのか、何も聞かずに受け入れてくれた。
医師である黒川に桃子を任せると、彼女を苦しめていたゴーグルを調査するため、不動と飛鳥は事務所にある研究室に向かう。
ロボットアームに付いた高性能カメラが様々な角度から桃子のゴーグルを調査していくが、結果が出るまで大した時間はかからなかった。
日本で300人ほどいるという「発達拡張性千里眼」を制御するためのアイピースであることに間違いはない。
しかし、なぜか葛原製作所が作ったレガリアが内蔵されている。
これが装備者の体温や脈、脳波に反応すると、人を守るために作られたはずのアイピースが、人を狂わせる洗脳装置になるとわかった。
このアイピースは大人になりつつある桃子の体を制御するという意味では全く役に立っていない。
本来ならいつ倒れてもおかしくなかった。
しかし内蔵されていたレガリアのパワーがアイピースの性能を向上させたことで、桃子の体がかろうじて安定していたこともわかった。
桃子の体を乗っ取る悪魔のレガリアなのに、それがなければ生きていけなかった、という皮肉な結果だ。
「こりゃ、相当やべえやつだぞ……」
不動からすれば、散歩中に不発弾を見つけた感覚で、対処に困っている様子。
「こんなのはじめてだ」
飛鳥を見て正直に告白する。
「どうすりゃいいのか、正直わからないよ」
桃子が暴れたことで、校舎の一部が破壊され、怪我人だって出てしまっただろう。しかもその姿を大勢の生徒が見てしまった以上、警察沙汰になるのは間違いない。
あげく、その引き金となったゴーグルにはあの葛原のレガリアがあった。
葛原絡みになると事態はさらにややこしくなる。
「……」
飛鳥も気が重い。
父の言葉を思い出す。
若い頃は祖父に認められたい一心でろくな物を作ってこなかった。
その責任を負うために、何もかも失うことになるかもしれないと。
その言葉の意味をまさに目撃している。
桃子のゴーグルに眠っていたレガリアは間違いなく、父の負の遺産だ。
バタンとドアが勢いよく開いて、黒川医師が入ってきた。のんびりとした優しげな顔は消え失せ、明らかに機嫌が悪い。
「ご両親と話をしたいと言っても、嫌だ、帰らせてくれの一点張りだ」
黒川は頭を抱える。
「はっきり言ってろくな親じゃない。通院はしていない、薬は飲んでない。挙げ句の果てに障がい認定も出してない。見事なまでのネグレクトだ! 今すぐ親を呼んで話をしたい。このままだと大変なことになる!」
障がい認定を出していないというのは、なかなかに問題だ。
認定を受ければ、医療費や薬代を安く購入できる。
そのかわりに、きちんと通院して適切な治療を継続しているという報告を毎月提出しなければならない。
この報告を怠れば、国から罰を受ける。
しかし桃子の両親は認定を出さない。
国から援助を受けたとしても、桃子にかかる医療費を払えるだけの稼ぎがないので、罰を恐れて認定を受けることができないのだ。
しかし桃子のような重度の障がいスキルを持つ子供を抱えながら、障がい認定を提出しない、ということも、それはそれで罪の対象になる。
なので、子供向けのアイピースだけはとりあえず用意して、あとは放置というのが桃子の親が出した選択だった。
「こういう子はいっぱい見てきたよ。親に苦しめられている子ほど、親をかばうんだよなあ……」
かつて自分が関わってきた依頼者を思い出しながら不動は呟く。
「親が頼りにならないなら、俺たちか、その道のプロに頼んで星野さんを親から引き離すって手もあるが……、星野さんが嫌がってる以上、強引な手法を使うと俺たちが
星野の両親に怒りを抱く黒川もその点は認めざるを得ない。
「星野さん自身がこの状況を変えたいと思わない限り、いくら他人が首を突っ込んだところで問題は解決しない。親と離れることが幸福な生き方のひとつだってことを星野さん自身が理解してくれないと、ただの余計なお世話だからね」
いったいどうすればいいか、黙り込む大人達に飛鳥は意を決して声をかけた。
「星野さんと話してもいいですか?」
桃子は、昨日ハルが使っていた一番大きな部屋にいた。
フカフカのベッドに仰向けになり、ゴーグルの代わりにアイマスクを10枚くらい重ね、身動きひとつしていない。しかし意識はあるようだ。
「具合はどう?」
おそるおそる訪ねると、桃子はゆっくりと頭を飛鳥の方に動かした。
「あれからどうなりました。みんな無事ですか」
その問いに飛鳥と不動は顔を見合わせる。
嘘を言っても仕方が無いと判断し、飛鳥が見た限りのことを淡々と伝える。
「なるほどね……」
桃子は取り乱しもせずにすべてを受け入れ、思いがけないことを言った。
「画材を壊すのは止めて欲しかったですな。筆も絵の具もキャンバスも、絵描きにとっては子供みたいなもんです」
その言葉に飛鳥はハッとした。
「ごめん、考えもしなくて……」
「いいんです。気持ちは嬉しいのです」
桃子は笑い、そして何も言わなくなった。
しんとする部屋の中、飛鳥は勇気を振り絞る。
「星野さんが使ってるゴーグルの中に、余計な部品が混ざってる。それが星野さんをおかしくさせていたみたいだ」
「ほう?」
いまさら何をといった感じの挑発的なあいづち。
「その部品は、葛原の作ったもので、つまりは、父さんが設計したものに違いなくて、その、本当にごめん」
深く頭を下げても、桃子には見えないし、謝罪の言葉を受けても桃子はあっけらかんとしている。
「これは初耳ですが、あんたが謝ってもしょうがないでしょう」
黙ってやり取りを見ていた不動が耐えきれずに入ってくる。
「知ってたのか? ゴーグルの中にやばいものがあったこと」
「確信はないです。薄々感づいてはいましたが」
ふうっと疲れたように息を吐く桃子。
「小さかった頃、私に石を投げてきた悪ガキがいて、怖くなって逃げようと思ったら目の前が真っ白になって、気づいたら悪ガキのおでこから血が流れてギャン泣きしてるんです。それが最初の異変です。時々意識が飛ぶと、私に嫌なことをしようとしたヤツが倒れてるんですから、どこに問題があるか、いやでも気づくでしょ」
そして珍しく自分のことを話す。
「身体が大きくなるにつれて、相手のダメージがひどくなってることにも気づきました。このままこんな事が続いたら、いずれ誰か殺すかもなんて怖くなったりもしましたけどね……。まさか学校に大穴開けるなんて」
そのふわりとした唇が醜く歪んだ。
「これで私も終わりというわけですな」
その言葉には、これ以上何も聞くな、近づくな、関わるな、ほっといてくれという拒絶が満ちていた。
そして警察に逮捕されようが退学になろうがもう構わないという諦めも。
試されていると飛鳥は気づいた。
あの時と一緒であり、立場が逆になっている。
ボロボロになって久野ちゃんの店にふらっと立ち寄った自分が今の桃子であり、彼女と向き合う自分は久野ちゃんなのだ。
自分にできることは何だ。
久野と違い、窮地に陥った人間を救える知恵も経験も自分には無い。
久野ちゃんならどうする?
あの日、自分を見た久野は何をした?
そう。久野は気づかないうちにレールを敷いていた。
ああしろこうしろと命令はしていないのに、振り返れば久野が作ってくれた道の上を飛鳥は歩いていたのだ。
そういうのが、寄り添うって言うんだろう。
背中を押すって言うんだろう。
「星野さん、お願いがあるんだけど」
「なんですか、こんなときに」
「さっき、僕の父親の研究所のこと、話したよね」
「ああ、フィルプロってヤツですか。ぶっ壊すんでしょ。そういうことなら私にうってつけでしょうな」
飛鳥は笑いながら違うよと答える。
「壊す前に、アジトにある使えそうな物やデータをごっそり持ち帰ろうと思うんだ」
桃子は一切反応しない。
「もしかしたら、僕も星野さんもこんな物つけなくてすむような技術やアイデアが残ってるかもしれない」
飛鳥のヘッドホン、桃子のゴーグル。
不動が持っていたレコーダーの中で父は公言していた。
見えすぎる子は見えないように、聞こえすぎる子は聞こえないように……と。
「はっ、ずいぶんと前向きですな。行って何もなかったらどうするんです」
「何もないって事はないと思うんだ。祖父が父さんを脅して奪おうとするくらいの開発をしてたみたいで、そのせいで父さんは明日、この国を出るつもりだ」
「ほう……」
ついに興味を持ってくれた。
「だからアジトを壊せと。過激な親子ゲンカに孫が終止符を打つわけですか?」
しかし飛鳥は言う。
「ただぶっ壊すだけじゃない。手に入れたデータ全部、ヤンファンエイクかエイサルネットに売ろうと思ってる。祖父に奪われるよりはマシだ」
「むむ」
ぴくりと桃子の体が動いたのがわかった。
桃子だけではない、飛鳥の後ろにいた不動と黒川も顔を見合わせて驚いた様子。
「もし手伝ってくれたら手に入れた金は山分けってことで、どう?」
桃子を苦しめるすべての元凶は時代後れで成長に見合っておらず、しかも危険なレガリアが内蔵されたゴーグルだ。
しかし新しい魔法保護具を買い換えることが難しい懐事情であることは、ここまででよくわかった。
不動や黒川に頼んで魔法保護具を買ってもらう手段もあるが、それは桃子のプライドを深く傷つけてしまう気がして、良くないと思った。
ならば、彼女と一緒に事態を変えるよう自分たちで動くしか無い。
そのカギは、きっと父のアジトにあるはずだ。
2人にとって役に立つものがなくても、アジトにある情報はきっと高値で売れるはず。そこで手に入れた金なら、桃子も受け取ってくれるだろうという、もの凄く遠回りで異常に気をつかった飛鳥の配慮である。
「……」
桃子は返事をしない。
しかし、唇を何度か舐め、その唇はいつもの皮肉めいた笑みを作り出す。
「私をうまく乗せましたな……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます