第38話 ルガルー

 飛鳥が住む希代きだい市は、大々的な再開発が進んでおり、あっちこっちでにょきにょきと高層ビルやタワーマンションが作られていた。

 その中でも一流企業が群がる一等地に建つビルに、ドリトルの南翔馬は自分たちのオフィスを構えた。


 とはいえ引っ越しはまだ十分に終わっておらず、だだっ広いスペースに机がぽつぽつあるくらい。

 しかも飛鳥達との戦闘で傷を負った社員たちが、床の上に寝転んで治療を受けるという、さながら野戦病院のような状態になっていた。


 彼らを束ねる南はというと、窓際の小さな机にノートパソコンを置いて、届いてくる大量のメールを処理していた。

 

 彼と向かい合う形で新藤青が立っている。


「遅くまで残ってもらってすまないね」


「いえ、仕事ですから」

 淡々と答えるその姿を南は満足げに眺める。


「なら、もう一つ仕事を増やしたい」

「問題ありません」


 顔に筋肉がないんじゃないかというくらい表情が変わらない新藤青。


 魂を吹き込まれた人形かと囁かれるくらい感情を出すことをしないが、若くして多くの実績を上げ続けるこの諜報員をドリトルの社員達は高く評価しており、まだ子供だからといって軽んじる人間はいなかった。


「じゃあ、まず説明したいんだけど、ルガルーって知ってる?」

「いいえ」


「だろうねえ。知る人ぞ知るって奴で、資料もなにひとつ残ってないんだ。葛原十条が綺麗さっぱりその存在を消しちゃったから」


 わざとらしく両手をひろげる南に、進藤は探るように声を出す。


「ですが、狼男ル・ガルーというくらいだから、驚異的な力を人に与えるものかと……」


「その通り。ルガルーはね、葛原昇が作り出した最高傑作のレガリアだと俺は思ってるんだ」


 そして南は、俺の知っていることがすべて真実だとは思わないでくれと前置きしつつ、ルガルーについて話し始める。


「知っての通り、葛原昇の父親はかつて最強の魔術師だった。軍を持てない日本の代わりに仲間達と外国の戦地に出向いて、大暴れしてたわけだが、組織が大きくなるにつれて葛原十条はある問題にぶつかった」

 

 それは戦いで情を捨てられない、使の存在だ。

 演習では優れた動きを見せるのに、実戦となると人を殺すことにためらいを覚えて、動きを鈍らせてしまう。


 そこで葛原昇が作り出したレガリアこそ、ルガルーだった。


「これをつけた人間は狼男のように理性を失って暴れ回る。ルガルーは史上初の狂人化レガリアってわけだ。この発明で葛原昇は世界的な地位を得て、葛原製作所も世界的企業にのし上がった。彼らにとってレジェンド級のレガリアなのに、今じゃ誰もルガルーなんて知らない。どうしてだと思う?」


「発禁になったのでは……」


 即座に返答した新藤を素晴らしいと褒め称える南。


「その通り。いくら戦争で使うからってあまりにモラルに反してるってことで、同盟国以外の賛同を得られず、国際法で責められて、発禁、回収騒ぎになった。けれど、ここからが葛原十条の凄いところでね。その政治力を生かしてルガルーの存在自体を消しちゃったわけだよ。葛原の社員でルガルーなんて言葉出したら、どんな目に遭うか……。想像するだけで恐ろしいよ」


 口では恐がっても、その顔はとても楽しそうだ。


「ただあまりに売れすぎたせいで、すべてを回収できたわけじゃないようだ。噂によると葛原昇が私財をなげうってこっそりかき集めてたらしいけど、それでもまだ見つかっていないものもあるらしい。まさか日本の女子高生が身につけてたなんて、誰が思うだろうね……」


 整理された南の机に、星野桃子についての資料がある。暴走する桃子を見た直後、すぐさま部下に集めさせたものだ。


「彼女が身につけているゴーグルは、障がい対策の魔法保護具にしか見えないが、どういうわけだかルガルーが内蔵されている。こういうケースが少なからずあるらしくてね。俺も5年くらい前に違うルガルーをオークションで扱ったことがある。あんときは皮のベルトに仕込まれてたな。3億ドルで売れたけど」


「3億、……」

 とんでもない額にさすがの新藤も口が半開きになる。


「あの星野くんがつけている物が本当にルガルーであれば、なんとしてでも手に入れたい。俺たちが失った信用を一瞬で取り戻せる。それくらいルガルーは価値があるんだ。世界が今まさに必要としているレガリアだからね……」


 淡々と語る南に、新藤は深々と頭を下げる。


「わかりました。ルガルー確保に集中します」

 

 その態度に南は慌てたように手を振る。


「いや君一人に任せるわけにもいかん。ここはドリトル全体で動くべきだ。慎重に行こう。まず最終確認をして欲しい」


「といいますと」


「俺の記憶が確かなら、ルガルーにはレベル制限があったはずだ。まず装備者の危険を察して自動的に起動する状態がレベル1。気絶していたあの子が中岡に襲いかかったのはルガルーが勝手に立ち上がったからだろう。あの子の動きは完全にルガルーのものだったけど、ルガルーのパワーはあんなもんじゃない。フルパワーになれば、目に見える人間は敵味方関係なく一撃でぶっ殺す状態になるはずだ」


 念には念を入れたいと南は訴える。


「ルガルーがフルパワーを出して、装備者の意識を完全に乗っ取ってしまうのがレベル3なんだけど、普通に動かすだけじゃその状態には到達しないらしい。きっかけは音だ。ある特定の音楽を流すと、ルガルーを身につけた人間は完全なバーサーカーになる。それを試してもらいたい。あれがルガルーかどうかをね」


 そして南は新藤に音楽プレイヤーを渡した。


「大音量で学園中に響かせて欲しい。大騒ぎになるはずだし、誰かが警察を呼ぶだろうからね」


 なるほどと新藤も頷く。


「騒ぎを起こして、星野桃子を警察に逮捕させれば……」


 その視線の先には、あの殺し屋、中岡がいる。

 仕事以外の時はギャンブルしかしない男なので、熱心に競馬新聞を見ていた。


「そう。中岡をよこしてルガルーを奪い取る」


「わかりました。明日、実行します」

 

 もう一度、綺麗なお辞儀をする新藤青だったが。


「南さん、ひとつ聞いてもよろしいですか」


「おや珍しい。なんでも答えるから言ってごらん」


 新藤は誰もが思うであろう疑問をまっすぐにぶつけた。


「なぜ、彼女がルガルーを持っているのでしょうか」


「ああ、それか……。これは難しい質問だなあ」


 申し訳なさそうに頭をかく南。

 これはあくまで俺の憶測だが、と前置きした上で、慎重に呟く。


「星野桃子の家はあまり裕福じゃないというか、とても貧しい。しかも彼女の父親は若いときにやんちゃした過去があるらしく、前科持ちなんだ。親ガチャに失敗したっていうのかな」


 資料をめくりながら桃子に同情するしぐさをする南。


「この国は一度失敗した人間にとことん厳しいだろ。夫婦で働いても稼ぎは悪い。しかも生まれてきた子供は重度の障がい持ち。いくら稼いでも子供の医療費で蓄えがすっ飛んでいく」


 そして南は言う。


「彼女がつけているゴーグルは本来なら中学生になったあたりで別のものに付け替えるべきなんだけど、それができないくらいあの子の家は金がないんだろう。あのゴーグルだけでもひどいのに、使ってるレガリアも子供向けの安物。今は若いから何とかなってるけど……」


 南は星野桃子に心底同情しているようだった。


「体は気づかないうちに傷んできてるよ。頭痛はひどくなるだろうし、姿勢も悪くなる。自分の体を制御できてないから、ゴーグルを外せばすぐぶっ倒れる。あのままだと30歳くらいで寝たきりになるかもね。哀れといえば哀れだ。責任感のない親の元に生まれる辛さは運が悪いとしか言えない。まあ、世界にはそういう子がぞろぞろいるわけだけど……」


 南はわざとらしく嘆いてみせる。


「おそらく今つけているゴーグルも、海外製の、保証も何もない危険な安物かもしれなくて、どこの国でどう作られたかわからないものを、安いって理由で非正規のルートで買っただけかもしれない。そしたらそいつにまさかのルガルーが入ってた……って感じかな」


 黙って話を聞いていた新藤に南はゆっくり声をかける。


「星野桃子という子の命は奪うには勿体ないかもしれない。あの千里眼スキルはなかなかに素晴らしい。もし彼女が僕らと行動を共にするというのならそれこそ儲けもんだ。何しろ俺らは……」


 南は新藤青をまっすぐに見つめる。

 その綺麗な顔は柔らかい微笑みを浮かべていた。


「そもそも星野桃子のような子供たちを救うために集まったはずだからね」


 しかし新藤青は即答した。


「おそらく無理だと思います」

 そして一礼してオフィスを出て行った。


 その姿を呆然と見送った南はついつい独り言を口走った。


「あの新藤って子も、どこまで持つか……」

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