飛鳥の選択
第37話 これからのことを話そう
金村が危険を顧みずに飛鳥に伝えたメッセージ、そして不動に起きた事故に父が深く関わっていたことを知り、飛鳥にひとつの答えが導き出される。
「父は2日後にイギリスに亡命するつもりです」
その言葉に不動もハルもおおっと声を出す。
飛鳥は金村が伝えてくれたことすべてを2人に伝えた。
「祖父が悪用しようと企んだプロジェクトが、金村さんが言ってたフィルプロなのは間違いないと思うんです」
さらに飛鳥は指摘する。
「たぶん父は、企画を立ち上げた時点で祖父の了解を得られないと思って、本社とは違う場所で研究を進めていたと思うんです。金村さんが壊してくれと言ったアジトがフィルプロのラボだと考えるのは自然なことじゃないかって」
しかし不動は首をかしげる。
「人の役に立つレガリアを作るプロジェクトなんだろ。そこをどういじれば、お家騒動に繋がるようなヤバイ技術になるんだ……?」
その答えをハルはあっさりと導き出す。
「昇さんが言ってたじゃない。聞こえすぎる子は聞こえないようにするって。それが実現できるとしたら飛鳥ちゃんにとっちゃ救いだけど、私らみたいな普通の人間にしたら、すっごいヤバイ武器になるんじゃない?」
その推理を不動は困惑しつつも受け入れた。
「相手の五感を失わせる。確かに強力な武器になっちまうな……」
「そう。それができたら敵なんかただの的よ」
ハルは厳しい眼差しで窓の外をにらむ。
「葛原十条は昔から言ってる。戦後から続くこの国の負け犬根性を払拭するためにはすぐにでもちゃんとした軍隊を作って、もっと強いレガリアを持たせるべきだって。葛原十条がフィルプロを悪用するつもりなら、軍事利用しか考えられない」
その言葉を聞いて、飛鳥はメイヴァースを見た。
この中にあるセンスブレイカーというオプションスキルのおかげでレガリア起動時はヘッドホンを外して動くことができるのだが、これを他人にかけたら、というのは今まで全く考えたことがなかった。
そもそもこのセンスブレイカーとは誰が作ったものなのだろう。
もし久野ちゃんの手によるものなら、久野と父はレガリアクリエイターとして同じ方向を見ていたことになる。
「衛藤さんの言うとおりだとしたら、昇さんが葛原十条に逆らう意味もわかる……」
不動は目をつむって何やら考え込む。
何か悩んでいるようだが、飛鳥の考えは決まっていた。
「僕は壊そうと思います」
しかし不動は両目を閉じたまま問いただす。
「どうやって? いや、そもそもアジトはどこにある?」
「方法はまだ考えてないし、場所もまだ知りません。けど心当たりなら……」
ハルも頷く。
「モモね。あの子がアクセスしたドローン、どっかのトンネルに飛び込んでた。そこがアジトの入り口かもしれない」
星野桃子はその能力をフルに使って、ドローンが映しだしたものすべてをはっきり絵に描いてくれた。
彼女に聞けば、父のアジトはすんなり発見できるだろう。
「よしわかった」
不動は元気よく手を叩く。
「どうやってぶっ壊すかは俺に任せろ。おまえらは明日そのモモちゃんにアジトの場所を聞いといてくれ。そのあとまた合流しよう」
そして頭の回転が速い不動は飛鳥に忠告する。
「いいか、親父さんのところに行くなら気取られるな。引っ越し準備みたいな事をして桐元に怪しまれたらまずいことになる。本当に必要なものだけ取って、着の身着のまま行くようにしとけ」
「あ、はい」
不動が桐元を知っていたことに驚きつつ、頭の中に不動の指示をメモしておく。
とにかく不動という男は常に動いていないと落ち着かない人のようで、すぐさま行動に移る。
「システムにウイルスを仕込んで破壊するか、文字通り爆発させるか、なにが最適なのかテストする。おまえらはここに泊まれ。ちゃんと親御さんに連絡しとけよ」
しかしハルは首を振る。
「心配しないで。飛鳥ちゃんは1人、私も1人、ね?」
「うん」
さらっと身の上を明かしたハルに内心ぎょっとした。
ハルも一人暮らしだったのだ。
そこら辺つっこんで聞いていいか気になる。
だって親御さんがいるならちゃんと挨拶しとかないと……。
一方、不動はそれならいいとドアノブに手を置く。
「開いてる部屋ならどこでも使え。夕飯は適当になんか頼め。おごりだ」
「マジで!」
ハルは大喜びだ。
「すし、天ぷら! あんた何する?」
と大はしゃぎするが、飛鳥を見て急に静かになった。
「ああ、そうだ。良かったじゃない」
「え、何が?」
「お父様のことよ。また一緒になれる。最高じゃん」
「ああ、うん……」
確かに嬉しい。
嬉しいは嬉しいのだけれど……。
あからさまに煮え切らない顔を見てハルはすべてを察して、苦笑いする。
「気持ちは嬉しいけど、私はこの国に残るわ。前に話したかもしれないけど、大事な人を待ってるの」
そしてハルは自分のスマホに入っていた写真を飛鳥に見せた。
今より子供っぽい容姿のハルと、長髪の女の子が頬を寄せ合って変顔をしている。
「
今も昔もハルはルール違反ってくらいに綺麗だけれど、横にいる樋口さんも日本人最強レベルに到達している美しさだ。
この二人が一緒に街を歩けば、みんな立ち止まって見とれてしまうだろう。
「樋口さんが杖の本当の持ち主なんだよね」
「そう。戻ってくるまでは好きに使えっていうから、思う存分使ってる」
「そっか……」
飛鳥はホッとしていた。
ハルが口にしていた大事な人が男じゃなくて良かったと思っていた。
「飛鳥ちゃん、あなたは誰にも遠慮しないで、お父様のところに行った方がいい。まわりがうるさすぎて勉強にならないでしょ」
「そう、だね……」
自分のことだけじゃない。
ハルだけでなく、星野桃子や歌川美咲、そして金村、さらには不動や黒川さんにまで多大な迷惑をかけてしまった。
自分がいなければ起きなかった騒ぎだ。
父と外国で一緒に暮らすのは自分のためでもあり、仲間のためでもある。
とはいえ、せっかく出会えた人達と別れるというのはどういう事情があっても辛いものだ。
そんな暗い顔を見てハルの声は優しくなる。
「言っとくけど、これで永遠にサヨナラなんて言ってないわよ。あなたみたいな面白い人とこれっきりなんて私も嫌だもん」
ハルからすれば結構勇気を振り絞って出した言葉なので、飛鳥の反応を見ずにいそいそと資料室を出ようとする。
しかし飛鳥は慌てて呼び止める。
「樋口さんって、今どこにいるの?」
あんな凄い杖を持っている人なのだから、強い魔術師に違いないと思ったのだが、ハルはうーんと上を見る。
「月か、火星か……」
「ええっ?!」
まさか信じるとは思わなかったのでハルは笑った。
「嘘よ。世界中飛び回ってるから私も分かんないの」
そして、一番大きい部屋を選ばせてもらうわと言って資料室を出て行く。
「なんだよ……」
からかわれたことに苦笑しつつ、飛鳥は父の声が吹き込まれていたボイスレコーダーをもう一度手に取った。
葛原という家に生まれたことをもっと深く考えるようにしようと決意し、そしてアパートにある荷物の中で必要なものってあるか、記憶を辿る。
イギリスの片田舎で両親と一緒に外で食事をする光景をイメージして、飛鳥は気持ちが楽になった。
バーベキューをするときの火付け係がハルだったらと想像してにやついたりして。
一方、ハルは、飛鳥が後ろをついてこないことを確認したあと、ふうっと息を吐いて呟いた。
「明菜が刑務所にいるなんて、さすがに言えないわよね……」
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