第36話 不動大輔ができるまで

 解毒の治療で夢うつつの金村が呟いたという言葉。誰もがその意味をつかめずに首をかしげる中、聴き覚えがあるという不動大輔。

 彼は飛鳥とハルをと書かれた一室に案内した。

 

 家具は一切無く、図書館のような空間になっていて、大量の本と、今じゃすっかり見られなくなったDVDなどの記録メディアが貯蔵されていた。

 データを全部バックアップしたいんだけど時間が無くてと苦笑しながら、不動はボイスレコーダーを持ってきた。


「12年前の神武学園の文化祭で、俺は事故にあった」


 過去を振り返る不動。


 彼は当時8歳。

 特別裕福な家に生まれたわけでもない、いたって普通の少年だった不動は、あこがれの神武学園の文化祭に親友の黒川朝日と足を運んだ。


「今と違って神武学園は活気にあふれてた。面白い教師がいっぱいいて、彼らのサポートのもと、生徒達が自分で学んで、競い合ってた。神武の文化祭は学生のイベントの域を超えて、一つの祭りだった。街中から人が集まってきたんだ」


 その年、客をもっとも賑わしたのが、ヒーローショーだった。

 最新のレガリアに独自のカスタマイズを施したことで、とてもリアルで臨場感あるショーが繰り広げられたという。


「敵に捕らわれた人間が、実験で怪人になるって演出があったんだけど、レガリアを上手く使って、本当にそれっぽい怪人になったんだ。子供が泣き出すくらいにさ。ヒーローも実際に学生がレガリアを使って変身した。かっこよかったけど、事故はそんとき起きた」


 ヒーローに変身するはずだった生徒のレガリアが突然火を噴いた。

 恐れを抱いた生徒はレガリアを投げ捨てたのだが、運が悪いことにそのレガリアは最前列にいた不動の目の前に落ちたのだ。


「レガリアが爆発して、目の前が真っ白になって、気づいたときにはベッドの上、病院の中、しかも半年後だ。その間ずっと眠ってたらしい。もう諦めて脳死扱いにしろって医者に言われても両親が拒んだ。最先端の治療を受けられるように寄付を募ったら、お前の親父さんがポンッと大金を寄付してくれた。そのおかげで治療ができた。目が覚めたのさ」


「……」

「やるじゃん」

 ちょんちょんと車椅子で膝を突っつくハルにいやーと照れ笑いを浮かべるが、不動は複雑な顔で2人を見る。


「大変だったのはそのあとだ。目が覚めても体は動かない。ベッドで寝たきり。細胞促進剤とかなんだかで一日中薬漬け。おまけに8歳の体のまま成長しないだろうって最悪の宣告だ。薬代と入院費はかさむ一方、このままいけば家から金が一銭もなくなる。治療費を払えないなら出てってくれと病院に迫られて、俺たちは金目当ての弁護士に煽られて学園を訴えた」


 しかし学園は責任を認めなかった。

 生徒達はあの場でできうる限りのことをした。

 問題は彼らが使うレガリアに不具合があったからだと主張した。

 結局裁判で不動は負けた。卒業生に有力な政治家が大勢いる神武学園に喧嘩を売ったのがそもそもの間違いだった。


 しかしこのまま泣き寝入りはできない。

 生徒達が使っていた発動機レガリアはすべて葛原製作所の商品だったので、今度は葛原製作所を訴えたのだが、彼らも責任を認めない。

 レガリアを改造した生徒達を指導しなかった神武の教師に問題があったのだと主張したのだ。

 結果、神武の教師達は一斉に職を離れることになった。

 しかし、不動が生きていくために必要な医療費や生活費を含む賠償金は一切支払われることがなかった。

 学園祭の事故から実に2年も経過していた。

 病院から追い出された不動は家のベッドで2年間寝たきりだった。

 一生このままだと思っていたが、いっそ死んでやるとは思わなかった。


「あの時の俺は、責任をたらい回しにした連中、事故を起こした学生、葛原の関係者、クソみたいな判決を出した裁判官、関わった連中みんな殺してやろうとベッドの上でずっと怒ってたよ」


「知らなかった……」

 飛鳥はそれしか言えなかった。

 製作所のレガリアが起こした事故だとしたら、元を正せばすべて父から始まったことになる。


 ごめんなさいと軽々と口に出せないくらい、不動の話は重かった。

 苦しそうな顔の飛鳥を見て不動は笑う。


「あんたには何の恨みもないし、今となっちゃ誰も恨んでない」


 そして不動は改めてボイスレコーダーを飛鳥に見せる。


「事故が起きて、誰も自分らの味方がいないと知ったときから、起きたことはすべて記録しておいた。裁判で有利になるんじゃないかと思ってさ。このレコーダーにはあんたの親父さんと話した記録が残ってる。そんときだ。間違いなくあの人の口からフィルプロってのが出てきた」


 話している内に不動は昔を思い出したのか、笑い出す。


「情けない顔してたな。だから許せたのかもしれない」


 そして不動はボイスレコーダーのスイッチを入れた。


『葛原さん、1人でここにやって来た理由を教えて下さい』


 当時10歳だった不動の声だ。怒りを押さえ込もうと必死になっているのが声だけでも伝わってくる。


『謝罪をするべきだと思ってきたんだ。君に起きた事故を事細かに調べると、どう考えても発動機はつどうきの不具合によるものだと考えられたから』


 間違いなく父の声だったが、こんなに弱々しい父の声を聞いたことがない。いつもハツラツとして、いつだって17歳みたいな父ではない。

 疲れきり、不安に押し潰されそうな、弱気の塊だ。

 

 そんな父を不動は厳しく追及する。


『あんたたちは、レガリアの不具合を引き起こしたのは学生たちが勝手な改造をしたからだと言ってるが、それはどうなんだ』


『改造なんて言葉は大げさなんだ。こけおどしで使う光の量とか、吹き出る煙の量をいじるくらいの、調に過ぎない。問題なのは、あの発動機はつどうきはまだ実験段階で、学生達がどうしても使いたいというのを、俺の部下が面白がって勝手に貸してしまったことだ。起きうる事故を予想しておきながら、大したことは起きないだろうと甘く見たことが何よりまずかった……』


『あんたは事故が起きたと知ったとき、最初に大金を寄付したな。謝罪のつもりだったのか』


『その通りだ。最初はそれですむと思ってた。まさか君の体にこんな後遺症が起きていたなんて知らなかった。妻から聞いて打ちのめされたよ……』


 突然、不動がボイスレコーダーを止めた。


「このあと、昇さんは俺にずっと頭を下げた。もういいというまでずっとだ」


 聞いていた飛鳥の全身から汗が噴き出てくる。

 目を閉じて聞いていたハルがそっと飛鳥の手を握った。


 2人の様子を見ていた不動が情けない顔になる。


「もうやめよう。こんなつもりじゃなかった……」


 父の謝罪を何の罪もない息子に聞かせるというのがある種の復讐だと気づいて不動は慌ててレコーダーのスイッチを切ったようだが、


「いいんです。聞かせて下さい。聞くべきだと思います」

 飛鳥は勇気を振り絞って不動を見る。


 録音は結局再生される。


『今から俺は君にひどいことを言う。今、口に出したことを裁判で明るみにしても、すべては無駄になるだろう。俺が裁判に出て何もかも認めたってすべてが覆されてしまうんだ……』


 父の声はさらに弱々しくなる。


『そもそもこれが裁判の証拠品として認められるかどうかもわからない。はっきりいって、裁判が始まった瞬間から結果が見えてる。親父が作った会社は抜け目がないし、ありえないほど広範囲に触手を伸ばして、関わるものすべて腐らせてしまった……』


『くそ野郎だな……』


『そう思うよ、俺も含めてな。だがここで約束させてくれ』

 

 父の声が突然力強くなった。


『今、君のスマホにデータを送った。これを上手く使えば、どうにか生きていける。これが俺にできる精一杯の謝罪だ』


『金で解決ってのか……』


『そうだ。その金で強くなって、俺と親父を殺しに来い』


 ここで録音が終わったのかというくらい長い沈黙があった。

 最初に口を開いたのは父だ。


『俺の子供は出産の時、発動機はつどうきを起動させた状態で産まされてね。そのせいなのかな、とても辛い思いをしてる。変わってやれたらどれだけ楽かって思うくらい、毎日苦しんでる。たまに思うんだ。今までやってきたことのばちが当たったんじゃないかって……』


 不意に自分のことを言われて、飛鳥はハッとした。


 お前の障がいは俺が絶対にすっ飛ばしてやると言っていた父を思い出した。

 そして日が経つごとに、すまない、まだなんだと詫び続ける父も。


 録音はいよいよ最後を迎えようとしている。


『息子と君を見てわかったよ。今までの俺は間違っていた。大馬鹿だった。戦争に役立つものばかり作ってきた。けどもう終わりだ。発動機はつどうきは人を強くするためのものじゃない。人に寄り添うものでなきゃいけない。俺はみんなが必要としているものを作りたい。目が見えない人は見えるように、聞こえない人は聞こえるように。見えすぎる子は見えないように、聞こえすぎる子は聞こえないように……』


『それが、あんたの約束か』


『もう2度と君のような苦しみを生む発動機は作らない。約束する。俺の意思に賛同してくれる人達と新しいプロジェクトを作ることにした。新約聖書のフィリピの手紙にこうある。主にあってしっかりと立て。誰もが1人で生きていけるための発動機はつどうきを作る。フィリピプロジェクト、略してフィルプロだ』

 

 話す内に場違いなくらい生き生きしていく父の姿に、まるで子供のようだと感じた不動はついに笑ってしまったという。


『勝手にしてくれよ……』


 音声データはここで終わった。

 終わるなりハルはすぐ言った。


「最後だけ流しときゃ良かったわね」

「そうだな」


 あまりのぶっちゃけに不動も飛鳥も笑うしかない。


「しかし驚いたよ。あの昇さんの息子が神武に入ってくるんだからさ。なんか心配になって遠くから見てたらずいぶんひどい目に遭ってるし、こりゃ助けてやろうと思ったんだけど……」


 不動はハルを見る。


「あんたがこの子の後ろでずっと様子をうかがってるから、まあ大丈夫かなって思ってあんたに任せてみたってワケよ」


「む」

 思わぬところで秘密をばらされて赤面するハル。

 それを見て微笑む飛鳥を見てばつが悪くなったのか、話を進める。


「あんたが言ったボランティアってのはそういう意味だったわけね」


「そうだよ。昇さんとはもう2度と会えないだろうし、陰ながらこっそり恩返ししようと思ってただけさ。追放されると苦労も耐えないだろうからな。挙げ句の果てにドリトルにケンカ売るとは思わんかったし……」


 何気なく口にした一言に不動ははっとした。

 

「もしかしたら、今日の連中はドリトルだったかもしれん……」

「だったとしても、やることは決まってます」


 飛鳥は力強く言った。


「誰が来ても、返り討ちにするだけです」

 

 そう言い切ったのはあることに気づいたからだ。

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