第35話 戦い終わってどこへ行こう
戦いは終わった。
ワシ模型店の屋上で殺し屋と激しい戦闘を繰り広げた星野桃子と歌川美咲。
遅れてやって来た不動のマイクロバスに乗り込んだときには、どんよりと暗い顔で、飛鳥の呼びかけにも適当な返事しかしない。
衛藤遥香も座席にぐたりと横たわっている。
戦いの最後の最後で動けなくなり、飛鳥に背負われて車に飛び込んだハル。
冷えたタオルを両目に置いて、
「しばらくほっといて」
と呟いたきり一言も発しない。
彼女の車椅子は奥まで持ち込めなかったため、マイクロバス前方の席に無理矢理つっこんでいた。
「おいおい、神武の学生があんくらいの戦闘でどんよりするなよ!」
運転席の不動が叫ぶ。
自動車免許は持っているものの、アクセルペダルに足が届かないので高下駄を履いて運転するという恐怖のドライビングだった。
「無茶言うなよ。死にそうな思いをしたってのに……」
呆れたように不動をたしなめる青年がいる。
眼鏡をかけた穏やかな青年で、飛鳥達を見る眼差しは優しさに満ちあふれていた。
不動が言っていた医者とは彼のことで、狭い道の中でも豪快にバスを走らせるという見た目とは裏腹に大胆な性格の持ち主でもある。
今は不動に運転を譲り、疲労困憊の学生達と、意識を失ったままの金村の治療に当たっている。
飛鳥にとっては不動も、そして黒川も、なぜ自分たちを助けてくれたのかわからないままなので、今もなお戸惑うばかりだ。
しかし黒川は、息も絶え絶えの金村を見て即座に何をすべきか判断し、バスに常備していた薬を処方した。
金村は今、点滴を受けて静かに眠っている。
心配そうに恩人を見つめる飛鳥に黒川は優しく話しかける。
「殺すための毒じゃない。自白させるための毒だ。死にはしないが、放置しておけばただの置き物になってしまう可能性もあったけど、とりあえずは大丈夫かな」
「それじゃあ……」
助かるんですねと言おうとしたが、黒川は首を振る。
「まだ予断を許さない。事務所に戻って本格的な解毒をしないと」
その時、後ろの席で黙って腕を組んでいた星野桃子が突然口を開いた。
「そこまで付き合う気は無いっす。ここらで降ろして下さい」
プロの殺し屋相手と激しい戦闘を繰り広げ、どうにか渡り合ってしまったという桃子と美咲の体にはあちこち絆創膏が貼られている。
「駄目だ。そりゃ危ねえよ」
不動が声を張り上げ、黒川も同意する。
「君たちは狙われたんだ。しばらく僕らと一緒にいた方がいい」
しかし桃子は首を縦に振らない。
「襲ってきた奴も私らで何とかしました。別にどうってこと無いです。とにかく家に帰らせて下さい」
と、早く帰りたいの一点張りなので、不動も黒川も困惑する。
野獣のようになって殺し屋を追い払ったとは決して口に出したくない桃子。
今はもう彼らから離れたい気持ちで一杯で、態度もつっけんどんになる。
「あの、私もお願いします。ここで降ろして下さい……」
美咲も申し訳なさそうに声を出す。
桃子が頑なになっている理由を知る美咲は、桃子との約束を守り、気をつかった。
そのやり取りを聞いていたハルも口を開く。
「坊ちゃん。もうここまでにしてあげて。私、警察につてがあるから、あの子達のことはお願いしとく」
警察という言葉に不動は眉をピクリとさせる。
「なんだ、お前も警察と付き合いがあるのか。ドンさんか?」
「いんや、スエちゃん」
おお、そうかと不動は頷くと、マイクロバスを路肩に止めた。
座席から立ち上がった桃子と美咲に飛鳥は何度も頭を下げた。
「怖い思いをさせて本当にゴメン……」
「なにいっとるんです」
桃子は笑う。
「そこそこ楽しかったですよ」
これは嘘偽りない桃子の思いだ。
「じゃ、また」
桃子と美咲はそう言ってバスを降りていった。
バックモニターに映る疲れた女子高生2人を見て不動は首をかしげる。
「ありゃ、何かあったな……」
2人の身を案じる不動に黒川も頷く。
「もしかしたら、敵に脅されてるのかもしれない。命を助けるかわりに、こっちの言うことを聞けってさ」
「あるわけない。あの子達、強いのよ」
ハルはそう言うと目の上に置いていたタオルを取って、スマホをいじり出す。
どうやら付き合いのあるスエちゃんという刑事にメッセージを送っているようだ。
ようやく動き出したハルを見て不動が声をかける。
「あんたも大丈夫か? 電池が切れたみたいになっちまって」
「大丈夫よ」
そんなことあったっけ? くらいに軽い口調。
「銃で撃たれてこうなっちゃったから、銃声を聞くと駄目なのよ。わかってはいるんだけど、どうしてもね」
「なるほど、しんどいなそりゃ」
ふうっと溜息をついて両頬を叩くハル。
「まさかこの国で銃声を聞くなんて思ってないから不意を打たれた。でも大丈夫、2度も同じ目に遭うつもりはない」
口では強がっているけど、その左手は飛鳥の右手首をぎゅっとつかんでいる。
その手が小刻みに震えていたので、飛鳥は黙って左手で包んだ。
「で、あんた達は何? そろそろ説明して」
しかし不動と黒川は笑うだけだ。
「急かすなよ。事務所に行ったら話すって」
不動大輔の事務所。
それは駅前にあったタワーマンションの最上階にあった。
一室だけではない、最上階にあるすべての物件が不動のものだった。
東京と違って物件の値段もそう高くはないが、さすがに最上階の物件すべて買い占めるとなると、かかる費用は億を超えるだろう。
子供1人が暮らすにはあまりに大きすぎる3LDKの巨大な部屋。
どこをどう見回しても、金持ちのアイテムがびっしり。
「なにこれ、マジで?」
最上階から見下ろす街の風景に圧倒されるハルと飛鳥。
「なにをどうすりゃそこまで稼げるの?」
詰め寄るハルに不動は真面目に答える。
「株だ」
ほら飲め、と疲労回復に効果がある黒川特製ドリンクを突き出す。
「株に関しちゃ信頼できる友人に任せてノータッチ。あくまで俺の仕事は金持ち相手の何でも屋で、黒川は俺の相棒。これでも同い年なんだぜ」
ハルは目を丸くしながら不動を見る。
「見た目は子供、職業が何でも屋って、それほとんどコナ」
「それ以上はよせ。死ぬぞ。結果的にそうなっただけだ。結果的にな!」
警告はもっともだと静かに口を閉ざすハル。
その態度を見て、正しいことだと頷きながら、不動は飛鳥を見た。
「こうなれたのは、あんたの親父さんのおかげだ」
「父さんの……?」
不動の顔はとても優しい。
まるで家族と接するようないたわりを感じる。
「あの人の援助がなかったら、俺はガチで死んでた」
「……」
突然父の名を出されても困惑するだけだが、父が誰かに感謝されることをしていたのなら悪い気分ではない。
一方、ハルは不動の体を上から下までじいっと観察している。
「あなたの体。もうどうにもならないの?」
「そうらしい。生きてるだけでも感謝しろって医者に言われた。もう諦めてる」
文字だけ見れば後ろ向きな発言だが、表情を見ると前向きな笑顔だ。
「この体じゃなきゃ見えなかったものもある」
その言葉と同時に不動のスマホが鳴った。
どうやら別室にいた黒川からメッセージが届いたようだ。
「金村さんが意識を取り戻したらしい」
その言葉を受けて3人はすぐに金村と黒川がいる部屋に向かう。
不動の事務所には高度な医療施設もあって、黒川は金村をベッドに寝かせて本格的な治療に入っていた。
「やあ……。大きくなったね……」
金村は飛鳥を見ると最初にそう呟いた。
「覚えてないだろうね。ほんとに小さな頃だったから……」
そのいたわりに満ちた声に暖かさを感じると同時に、真っ青な顔と、焦点の定まらない瞳に胸が痛くなる。
「ごめんなさい。こんなことになってしまって……」
飛鳥は金村に駆け寄ってその手を握ろうとしたが、黒川が今は触れられるだけで痛みを感じてしまうと言って、飛鳥を制した。
「何を言うんだ。君のおかげで命拾いしたよ……」
金村の目はうつろで、まるで夢を見ているかのように声もふわふわしていた。
黒川が飛鳥に症状を説明する。
「毒を完全に抜き取るために三日間眠り続けることになる。睡眠薬が効いてきたんだろう。ここまで来れたらもう大丈夫だ」
「良かった……。ありがとうございます」
飛鳥が深々と頭を下げたとき、金村の口が大きく開いた。
「フィルプロ……」
ん? と誰もがその謎の言葉に反応する。
「フィルプロって何ですか?」
金村にそう尋ねても、夢うつつの彼にもう飛鳥の声は届いていないようで、寝言のように言葉を一方的に呟くだけ。
「アジトを、俺たちのアジトを壊してくれ……。盗まれるわけには……」
そこまで口に出したところで、金村は眠ってしまった。
その姿を見て、しまったと後悔するのは黒川医師である。
「眠ってもらうのが早すぎたかな」
フィルプロとは何か誰も知らないのである。
葛原に近い人物の飛鳥がなにも知らないのだから、他の人間が聞いたところでわかるはずがない、のだが……。
「あ、待て、思い出したぞ……」
不動が手をパンと叩いた。
「フィルプロ、フィルプロ。昇さんがそんなこと言ってた気がする。ありゃいつだ。いつの日だ」
部屋の中をくるくる回る不動を黒川が冷たく見る。
「いつの日だなんて、葛原昇と会ったのは一回だけだろ?」
「あ、そうだよな……」
不動は恥ずかしそうに笑い、飛鳥を見た。
「ちょっと昔話をしていいか」
そういって不動は飛鳥とハルをある部屋に案内した。
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