第34話 銃声とルガルー

 金村を救うために飛鳥に協力した星野桃子と歌川美咲。

 桃子の千里眼スキルを使用して飛鳥達を見事にナビゲートしたが、力を使い果たした桃子は気を失ってしまう。

 やることがなくなって事態を見守るしかなくなった美咲に、ドリトルの南の指示のもと、殺し屋の中岡(仮名)が迫っていた。


 足音はたてず、影も魔法で消した。

 これくらい殺し屋にはたやすいこと。


 気を失った桃子はもちろん、美咲も中岡に気づかない。


 それでも彼女はに所属する才能ある魔術師だ。

 しかも個人的に道場に通って護身術も勉強している。


 中岡の体からわずかにこぼれた魔力の波動を美咲は感じ取った。


「誰?!」


 そう叫んだとき、中岡はあと数歩のところで美咲にナイフを振り下ろせる距離にいた。


 中岡の顔は魔法でモザイクがかかり判別できない。

 しかしその手にあるナイフを見た瞬間、美咲は反射的に動いた。

 

 すぐさまイヤリング型のレガリア、ゲンズブールを起動する。

 魔法で桃子の体にシールドを与え、自身は高い跳躍で中岡を飛び越え、暗殺者の背後にまわる。

 

 しかし中岡はその動きを読んでいた。

 くるっと反転して美咲が着地した瞬間を狙い、ナイフをかざしてつっこんでくる。


「くっ!」


 美咲はなんとか仰け反ってナイフを避けるが、中岡はもう片方の手に持ったナイフを彼女の太ももに振り下ろす。


 しかし美咲はすでに魔法の詠唱を終えていた。


「氷のっ……!」


 美咲の体を包んでいた氷の粒が、中岡のナイフにまとわりつく。

 足に刺さる寸前で中岡の手が動かなくなる。


「くおのっ!」


 中岡の体を渾身の力で蹴り飛ばし、自身は中岡から離れる。

 ちらっと桃子を見ると、気絶したままの状態だ。


「なんなのよ、もう……!」

 

 日頃の訓練のせいか、勝手に身体が動いてくれたが、これ以上は無理だ。

 

 強烈な魔法を一気に使いすぎて、立っているだけでもやっとなくらい消耗してしまったのに、相手は息切れするどころか、今までが準備運動だったかのように、ゆっくり肩なんか回している。


『ちょっと何の騒ぎ! 何があったの?!』


 おかしな気配を察した衛藤遥香が通信機を使って美咲に呼びかけてくる。


「襲われてる……。たぶん、プロの人に……」


 ハルの舌打ちが耳に入ってきた。


『私が来るまで逃げ回って! すぐ行くから!』


「簡単に言うじゃない……!」


 ゆっくり近づいてくる暗殺者。

 ナイフをくるくる回して遊んでいる。

 だらだら歩いているだけに見えるが、誘っているのだとすぐわかる。

 

 隙が無い。

 勝てる要因がない。

 なにしろ、相手はレガリアを起動していない。

 

 そして刺客は右手に巻かれた腕輪レガリアのスイッチをあごで押した。

 と同時に、美咲の足が見えない手につかまれたかのように動かなくなる。


「嘘でしょ……!」

 

 これではただの的だ。

 めった刺しにされるのを待つしかない。

 

 学生の領分を越えていると言ってその場を離れた新藤青の言うことが正しかったこと、そして己の浅はかさを思い知る。

 それでも自分の行動が間違っているとは思わない。

 やり方が良くなかっただけと自分を慰める。意味は無いけど……。


「来なさいよ……!」


 最後の最後まで抗えば、必ず道は開ける。

 歌川の家訓を噛みしめながら、美咲は暗殺者を睨み続けた。


 一方、衛藤遥香は大いに苛立っていた。

 もう戦いは終わってはいるが、ドリトルの連中に囲まれて動くことができない。


 ドリトルは南の指示の元、少しずつ撤退を始めているが、刺客の中でも高い能力を持つ男たちがしんがりとなって、今もなお飛鳥達と一定の距離を持ったまま、睨み合いを続けていた。


 桃子達との距離が開きすぎている。

 包囲網を突破し、車椅子を使って移動するなんて悠長なことはできない。

 

 不動が言っていた迎えの車を使ってワシ模型店まで最高速でかっ飛ばした方がまだいい。

 しかしその車が来ない。

 

「車はいつ来んの?!」

「もう少し待て」

 

 不動は苛立つハルを抑えようと努めて冷静に話す。


「その副学長のことを信じろ。生徒会の子なら簡単にはやられない」


 それでもハルと飛鳥は落ち着くことができない。


「僕がフルスピードで行けば間に合うかも……」


 飛鳥はそう言って懐中時計メイヴァースを不動に突き出すが、それも不動は認めない。


「駄目だ。たどりつく前にバッテリーが切れる」

 不動の言うとおりなので飛鳥は黙ってしまう。

 

 ハルが悔しそうに頭をかきむしる。


「甘かった。あの子達の場所をつかまれてたなんて!」


 ハルと飛鳥にとって一番のしくじりは、新藤青の存在を深く考えていなかったことだった。

 2人とも新藤をマスコミ関係者程度にしか考えておらず、まさか同級生が世界的に有名な犯罪組織にどっぷり関わっているとは思ってもいなかった。


「あーもう!」

 

 とうとうハルが走り出す。

 包囲網を突破して、自力で美咲たちのもとへ向かおうというのだ。


「馬鹿! 意味ねえよ!」 

「ハルちゃん駄目だって!」


 不動と飛鳥が叫んでも、冷静さを欠いていたハルの耳には届かない。


 そして敵はハルが来るのを待っていたかのように、用意していた銃を発砲した。

 魔法武器ではない。正真正銘の銃である。 


 パアン、パアンと乾いた音が2つ、街に響いた。


 ハルに向かって放たれる殺意にあふれた黒い塊。

 1つはハルの前に立った飛鳥のシールドが受け止め、もう1発は不動の右手に収まった。不動の能力と魔法武器アーティファクトの力で、銃弾をキャッチしたのだ。

 その代償として魔法武器アーティファクトは完全に壊れてしまったが。


 銃撃を2発塞がれたことで恐れをなした敵が背を向けて逃げていく。

 と同時に背後からクラクションが鳴って、1台のマイクロバスが迫ってきた。

 バスを走らせるにはあまりに狭い道路なので、ボディが塀に当たってガリガリ削られているが、お構いなしにつっこんでくる。


「来た! 乗れ!」


 金村を抱えてバスに乗り込む不動。

 飛鳥も急いで走るが、ハルが来ない。


「ハルちゃん?」


 ハルが動かない。

 足をぶるぶる震わせて泣きそうな顔で飛鳥を見ていた。


「ごめん、足が動かない……」

「……!」


 急いでハルの元に戻り、軽い体を背負って車に乗り込む。


 その瞬間だった。

 歌川美咲の絶叫が飛鳥の耳に飛び込んできた。


「星野さんっ!?」

 

 その声には恐怖、驚き、混乱など、ネガティブなものすべてが詰まっていた。


「どうしたの?! 大丈夫?!」

 

 必死で呼びかけると、美咲はうわごとのように呟いた。


「星野さん、星野さんが動いた……!」


「え……?」


 美咲の言うとおり、


 中岡のナイフが美咲の頭部に振り下ろされようとしたとき、大の字になって気を失っていた星野桃子が急に起き上がり、飛びかかって中岡の腕をのである。


 その野性的な動きに真っ先に反応したのはドリトルの南だった。


「おおっ? ありゃなんだ?」

 つまらなそうに戦闘を見ていた南が前のめりになる。


 彼の双眼鏡には驚異的な力で中岡を圧倒する星野桃子の姿があった。


 中岡の左腕をひねり、肩の関節を外してナイフを手から落とす。

 そのナイフを足で蹴り上げてつかむと、凄まじい速さで攻撃を繰り出す。


 中岡は避けるだけで精一杯。

 中岡に対する攻撃が外れてコンクリートの壁に桃子の拳がぶち当たると、当たった部分に大穴が開いた。


「星野さん……」


 2人の争いを呆然と眺める美咲はここに来てようやく恐怖を感じていた。

 襲われたことにではない。

 桃子を見て怖くなったのだ。


 何かに取り憑かれたように、口から唾液を出しながら暴れているその姿はもう人ではなく、獣だった。


 そして桃子の暴走を目の当たりにした南翔馬は、日本に来て一番楽しそうに笑った。


「ありゃルガルーだ。珍しい」


 そして南は中岡に呼びかける。


「中岡ごめん。ここは下がってくれ。予定を変える」


『なんだと』


 中岡はようやく人に聞こえるような声を出した。


『この俺に仕事を放棄しろと言うのか』


 防戦一方だった中岡が桃子の両腕をつかみ、両足で蹴りつける。

 腹部に重い一撃を食らって吹っ飛ぶ桃子だったが、苦しみもせずにすっくと立ち上がり、中岡にまた飛びかかっていく。


『奇妙な動きだが、もう見切った』


 すぐにでも殺せるという中岡だったが、南は申し訳なさそうに頭を何度も下げた。


「悪い。なんとしてでもここは退いてくれ、頼む!」


 その再三の頼みに中岡は渋々言った。


『承知した』


 そして中岡は迫ってくる桃子から離れ、隣接していた高層ビルに3度の跳躍で飛び移っていった。


 ドンドン遠くなる敵を眺める桃子は微動だにしない。

 しかし中岡から奪ったナイフが勝手に燃え始める。

 証拠隠滅のための消去装置が働いたのだ。


 本来なら、あまりの熱に持っていることなど不可能なのに、高熱を発して溶け始めるナイフを桃子は強く握って放さない。

 その手が真っ赤になり、ジュウジュウと焼けて煙まで出す。

 

「星野さんっ……手が!」


 駆け寄ろうとした美咲だったが、桃子がジロリとこっちを振り向いたことで思わず立ち止まった。


 桃子の黒いゴーグルに、脅える自分の顔が映し出された。


 美咲は両手を挙げながら、


「星野さん、私よ。わかるでしょ? 敵じゃない……」


 無理矢理笑顔を作って呼びかける。


 それが効いたのか、それとも時間切れか、桃子は膝をついて倒れた。

 床に落ちたナイフは溶けて跡形もなくなり、桃子は激しく咳をして、嘔吐を何度も繰り返す。


 慌てて桃子の背中をさする美咲。

 その存在に気づいた桃子は苦しそうに呟いた。


「私はまた何かしましたか……」


 また。という言葉が美咲を硬直させる。

 それでも美咲はただ一言だけいった。


「あなたのおかげで助かった。ありがとう」

「なら、お願いがあります……」


 桃子は震える手で美咲の肩を思い切りつかんだ。


「今見たことは誰にも言わんで下さい。葛原氏にも衛藤氏にも」


 そして言った。


「こんな姿見られたら、今度こそ本当にひとりぼっちです……」

「……」


 美咲は何も言えず、ただ桃子を強く抱きしめた。

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