第33話 お遊びはここまで

 全身に毒が回って意識を失い、動かなくなってしまった金村。

 飛鳥はどうにか彼のもとにたどりついたものの、敵に囲まれてしまった。

 逃げ場がない状況で戦うことを覚悟したとき、思わぬ助っ人が現れた。


 発動機レガリアの事故で成長が止まって、二十歳なのに見た目は小学生の不動大輔だ。ちなみに神武の学生で、現在高校5年生。


 金村を追っかけてきたドリトルの刺客達は不動の素性など知るよしもないので、ただの小学生が自分たちの前に立ちはだかってくる無謀の理由がわからない。

 しかし迷っている内に1人、また1人と不動に倒されていく。


 このままではいかん、子供だろうが容赦はしないと意識を変えて不動を捕まえようとするが、不動は一見不利とも思える体格差を利用して敵を翻弄する。


 彼が身につけている、黒いスニーカーと両手につけたナックルダスターはいずれも魔法武器アーティファクトになっているようで、人並み外れた怪力と跳躍力を不動に与えていた。


 蝶のように舞い、蜂のように刺すという戦法がまさに不動のやり方。

 華麗で豪快なフットワークと重い一撃。


 敵は不動を何度も見失う。

 ガキはどこだとわめいている内に次々倒れていく。


 飛鳥にとっては救世主のような存在だったが、それ以上に面食らうばかりだ。


 そもそも誰?

 

 父の部下と考えるのがしっくりくるが、あんな小さな子と父のつながりがわからない。強いのは間違いないけれど……。


 とはいえ、ぼさっと見続けているわけにはいかない。

 飛鳥は囲まれているのだ。


 不動が戦っている場所と真逆の方向から、大勢の敵がつっこんでくる。

 金村の側を離れるわけにはいかない飛鳥はレッドカインの杖を敵に投げつける。


 主の意思をくみ取ったかのように杖はひとりでに動いて、敵の中をかいくぐりながら、時に敵を突き、時に敵を痺れさせ、時に敵の頭を殴打する。


 どうにか杖の攻撃を避けて飛鳥に向かってつっこんでくる相手がいても、1人か2人なら、メイヴァースのスピードとゼロスタンで何とかなる。


 それでも敵が減らない。

 今度は住宅の屋根の上を敵がわらわらと走ってきた。

 高さを利用して飛鳥と不動を魔法で滅多打ちにしようとしている。


「おいっ! 何人来るんだ!」


 不動が敵を三角締めにしながら叫んでくる。


「わ、わかりませんっ!」


 まさかこんなに大勢来るとは思っていなかった。

 飛鳥は敵がドリトルではなく、葛原の関係者だと思っているので、こんなにたくさんいたっけと驚くばかりだ。


 しかしドリトルの南はなんとしてでも金村を引っとらえようとしていた。彼は実に50人以上の刺客を、たった1人を捕まえるために差し向けていたのだ。


 だがそれでも情勢は飛鳥達に有利であった。

 衛藤遥香が追いついたからである。


 屋根の上にいた敵の一団が突風に押されて足場から落ちていく。

 地面に叩きつけられた敵を、主を乗せていない車椅子が自動運転で、1人1人的確に体当たりで倒していく。

 なにしろ車椅子にはスタンガンが仕込まれていて、車椅子にぶつかった相手は強力な電撃を浴びて倒れていく。

 実はこの車椅子、空組で見せられた「子連れ狼」にヒントを得て大神に作らせた結構ヤバイ乗り物だったのだ。


 ハル自身はというと、まるでパリコレのモデルのようにゆっくりと、それでいて大胆不敵に微笑みながら、戦いを続ける不動の元へ近づいていく。


 ハルの手から繰り出される炎の球体が、敵の眼前ではじける。

 強烈な熱波を浴び、悲鳴を上げてその場に倒れ込む敵達だが、不動には一切ダメージがない。


 強力な炎の魔法を行使したにもかかわらず、敵と味方を識別して不動には被害を与えないようにしていた。

 これもまた優秀な魔術師の証明である。


「さすがだな、衛藤さん」

 ニヤッと笑う不動をハルはいぶかしげに見る。


「あなた、あの子の守護天使ボディガード?」

「いいや、ただのボランティアだよ」


 そう呟いて飛鳥の元へ走って行く不動。


「ふうん。まあ誰でもいいけどさ」

 

 ハルもだっと走り出す。

 自分が痛めつけ、今は道路の上で苦しそうにうめく敵達をわざと踏みつけるというおまけ付きだった。


 一方、飛鳥はレッドカインの杖を上手く使いながら、わらわら群がってくる敵の攻撃を防いでいた。

 大神のセッティングによってシールド機能が大幅に向上した杖が、上空からの魔法攻撃を感知してみんな防いでくれる。

 近づいてくる敵はメイヴァースのスピードを生かして、避けながらのゼロスタンの繰り返しで何とかなったし、相手の詠唱を聞き取って逐一バリアを展開し、無効化からのカウンター攻撃で遠方の敵も痛めつけたが、


「飛び道具が! 飛び道具が欲しいっ!」


 心の声がほとばしる。


「やることが、やることが多いっ!」


 目に見えるもの、聞こえてくるものすべてに神経を集中しないと、一回でも間違った選択をすれば、シールドがほぼゼロのメイヴァースなので一撃で壊れてしまう。

 

 体はどうにか動いても、頭がショート寸前。

 耳や鼻から煙が吹き出してきそう。


 何より動かない金村が心配だ。

 この戦いは勝つことが目的ではなく、金村を連れて逃げ出すことなのだが……。


 そんな状況で、とうとう不動とハルが追いついた。

 そして車椅子も飛鳥に近づいてくる。


「うらうらうら! せいやせいやせいや!」

 わざとらしく大声を発しながら敵を倒していく不動。


「やんちゃねえ……」


 そう呆れながらもハルは魔法で金村の体を浮かせ、車椅子に乗せる。

 このままワシ模型店まで走らせようとしたのだが、


「待て、もうすぐ車が来る!」


 不動が慌てたようにハルを制する。


「そいつに乗れ! 運転手は医者だ!」


 ハルはその言葉を信じ、金村を乗せた状態で車椅子を戦闘に参加させる。

 そして自身は飛鳥の横にピタリと貼りついたまま、近づいてくる敵を倒すことに専念した。


 2人と1台のサポートで、ようやく飛鳥は一息つく。

 ここにいる誰よりも体力が無いことをまざまざと思い知らされる。


「だいじょぶ?」

 ハルが飛鳥の肩にポンと手を置くが、飛鳥は力強く立ちあがる。


「まだまだ」

 わざとらしく言うと、ハルは笑うだけで何も言わなかった。


「一応確認しとくが!」


 敵を背負い投げしながら不動が叫ぶ。


「おまえら以外に味方はいないな?!」

 

 不動は車に乗り込んだあとのことを考えているようだ。


「いんや」

「あと2人います」

 同時に呟くハルと飛鳥。

 美咲と桃子を置いていくわけにはいかない。


「そいつらは今大丈夫なんだろうな!?」

 敵にジャイアントスイングをかましながら叫ぶ不動。

 

「あ」

 ハルは思わず声を出した。

 もしあの2人が襲われたら……。

 その点何も考えていなかったりする。


 一方、この戦いをとあるビルの屋上から双眼鏡で眺めていた南翔馬は、自分たちが劣勢に追い込まれているさまを見て、これ見よがしに溜息をついた。


「このザマ、どう思う? ただの学生に年収一千万を超える連中がばたばた倒されてくザマをさ」


 周りにいる部下たちをみて一言尋ねるが、取り巻き達は居心地悪そうに視線をそらす。その中には新藤青も含まれていた。


「葛原十条はなんで孫と縁を切ったんだろう。なかなかどうして結構動けるじゃん」


 当然沸いてくる疑問だが、誰も答えることができない。


「っていうか、いきなりやってきたあの子、誰? 子供の割にめっちゃ強くない? 年収一千万の大人達がただの子供にボコボコにされてるよ」


 皆が首を横に振る。

 南が知らなきゃ自分らが知るはずないと言いたげだ。


「そろそろ警察も来るだろうし、ここまでかなあ」


 眠そうにあくびをしながら背筋を伸ばす南だったが、


「とはいえやられっぱなしも癪だし、できる手は打っておこう」


 そう言って部下が持っていたノートパソコンに近づき、マイクに向かって声を出す。


「中岡、出番だよ」


 中岡という言葉に体を震わせたのは新藤青だ。


「中岡さんが来ているのですか?」


「あ、言ってなかったっけ、ごめんね」

 

 苦笑する南。


「刑務所にいる佐世保達を処理するために呼んだんだ。仕事が簡単すぎてつまんなかったらしくて、もう少し働いて貰おうかと思ってね」


 そしてどこかにいる中岡という部下に指示を出す。


「ワシ模型店の屋上に2人の神武学生がいる。衛藤と葛原がここまで首尾良く動けたのはあの子らの指示によるものだ。目的は達成できなかったが、今後のためにあの2人は殺そう。素早く頼む」


『了解した』

 聞き取れないくらいの小声が、パソコンの劣悪なスピーカーからかすかに聞こえた。殺すという言葉に唖然とする新藤に南は気づいたが、あえて微笑むだけで何も言わなかった。


 ワシ模型店の屋上にいるのは歌川美咲と星野桃子である。

 桃子は今も気を失い、美咲はやることがなくなって、自分のハンカチで桃子の顔についた血を拭っている。


 そんな2人に足音もなく忍び寄る1人の男。


 ビルからビルへ。

 人間離れした跳躍力。

 高いところから着地しても何のダメージも受けず、物音一つ立てない。


 中岡というのは日本にいるときのニックネームであり、本名ではない。

 そもそも日本人なのかどうかすらわからない。


 魔法で姿をころころ変えるから、どれが本体なのか本人しか知らない。

 何処にでもいる、紺色のスーツを来た日本のサラリーマンが、両手にナイフを隠し持って、静かに美咲と桃子に近づいていく。

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