第32話 乱入者あらわる

 金村を追いかける敵を驚かせるべく、停車したトラックをぶん投げろと、隠れた本性を現した狂気の副学長歌川美咲の無理な指示を受け止めたハル。


 かといってトラックを浮かせて放り投げるなんて派手なことはせず、独自のアレンジを加えていく。


 買い物帰りの主婦のバッグにこっそり穴を開ける。

 バッグからこぼれ落ちた果物を避けようとして自転車がふらつく。

 蛇行する自転車と衝突しそうになった車が急ブレーキをかけたので、後続の車が次々急停止していく。


 まるでドミノのように一つの動きで次々とトラブルを引き起こして、通りをパニックに導いていく。

 道路に水を撒いていた男の手元を狂わせて通りがかった子供たちにシャワーを浴びせてさらなる騒ぎを誘発させたり……。

 と同時に、大きな事故に繋がりそうな事象が起きたときはすかさず魔法で介入して、場をコントロールしていく。

 

 ハルの手の上で町と人が踊りだす。


「我ながら天才だわ……」

 

 そう勝ち誇ってしまうのも無理はない。

 この状態で金村が大通りに来てパニックの中に交じってくれれば、追っかけてくる連中も迂闊に手を出せなくなる。


 が、しかし……。


 肩を押さえ、足を引きずりながら金髪の男が路地裏から出てくる。

 彼が金村だろう。

 ハルがイメージしていたお堅いサラリーマン的風貌とは違い、個性的な服をしっかり着こなすアパレルショップの店員みたいな感じだった。


 受けた傷が深いようで、その顔は真っ青を通り越して真っ白だ。


 どうにか大通りまで出てきたが、妙な騒ぎになっていることに気づき戸惑っている。

 道路を歩行者が縦横無尽に駆け巡って歩行者専用道路のようになっていて、動けなくなった車があちこちでクラクションを鳴り響かせていた。


「金やん、こっちこっち!」

 

 手をぶんぶん振って声を張り上げても、金村は気づかない。

 距離が離れすぎているし、車椅子に座っているせいで人より身長が低くなっているから視界にも入らない。


 ならばこちらから近づいていこうとしても、騒ぎが大きくなりすぎて、ハルも移動できなくなってしまった。 


 騒ぎに紛れ込んでどこかに消えてしまえば良いものを、この状況は自分に不利だとマイナスに考えた金村は、結局来た道を戻ってしまう。


「ありゃ……」


 我ながらやり過ぎたと素直にしくじりを認めたハル。


「ごめん、金村っちがどっか行っちゃった」


 しかし歌川美咲はそれで良しとした。


「時間は十分に稼げたわ!」


 ハルが騒ぎを起こしたことでドリトルの連中は一時的に金村を見失い距離を開けてしまった。

 そして愚直なまでに走り続けていた飛鳥が金村に接近しつつある。


「葛原くん、ツバサ電気の駐車場に入って!」

「はい!」


 ヘッドホンがずり落ちないように左手で押さえながら、美咲の指示通り駐車場に入っていく。


『そこを突っ切って左に曲がってまっすぐ進めば金村さんと合流!』


「了解っ……!」


 メイヴァースのスイッチを入れ、ヘッドホンを外して首にかける。

 金村を抱えてメイヴァースのスピードを頼りにここから逃げ切ろうと飛鳥は考えていたのだが……。


 桃子のパソコンに表示されていた金村のマーカーが止まった。

 全く動かない。


 これは完全なイレギュラーだ。


 飛鳥が金村に接触するタイミングと、ドリトルの刺客が金村に追いつくタイミングがほとんど同じになってしまう。


「……なにがあったの?」


 動揺を隠せない美咲。

 動け、動くんだ金村っちと心の中で叫ぶ。


「む、こ、これは……」


 ここに来て最悪の状況を察した桃子が口を押さえる。


「どうしたの、何があったの?」


 桃子の肩をつかんで激しく揺らす美咲。


「きっと、毒を……」

「どく?!」


 なんだそれ、もう一回言ってみろと顔をつかまれるが、桃子も限界だった。


「申し訳ない、これ以上は無理っす……」


 そう呟き、ゴーグルを付け直す。

 そして魂が抜けたようにふらふらっとその場に倒れてしまった。


 宣言通り、気を失ったのである。


 桃子が倒れたことでモバイルノートの画面が真っ暗になってしまった。


「ああっ星野さん! もうちょっと頑張って!」


 雪山で遭難して眠気に負けた探検家を介抱するかのように、桃子の頬をペシペシ叩く美咲だったが、桃子は起きない。

 美咲は仕方なく叫んだ。


「ごめん、こっちはもう無理! 独自で動いて!」


 美咲がそう指示するまでもなく、飛鳥はアドリブで動く必要に迫られていた。


 一方通行の狭い道の真ん中で男がうつ伏せで倒れていた。

 彼が金村に違いない。


「金村さん……!」


 呼びかけても返事がない。


 顔や腕が紫の発疹だらけだ。

 呼吸するたびにひゅーっとかすれた音が半開きの口から漏れ出る。


 毒の攻撃を受けたのだ。

 とても危険な状態だと素人でもわかる。


 本来なら金村を抱きかかえてすぐにでも逃げ出すべきだ。


 しかし大勢の敵が飛鳥に近づきつつあった。

 前にも後ろにも。

 囲まれている。


 全員素顔が見られないよう魔法をかけているようで、その顔はモザイクがかかったように不明瞭になっていた。

 しかしその体はいずれもラガーマンのように大きい男たちばかり。

 彼らが集団となって近づいてくるのだから、四方を巨大な壁が迫ってくるようで、威圧感と圧迫感が凄まじい。

 このままだと軽々ぺしゃんこにされそうだ。


 敵は10人以上、しかもまだ増える。

 対する自分はひとり、ナビを担当してくれていた桃子と美咲は現在無力の状態。ハルはまだ離れた場所にいる。


 素性の知らない敵達がそれぞれのレガリアを立ち上げ、魔法武器アーティファクトを取り出して臨戦態勢に近づいていく。


「やるしかない……」


 覚悟を決める。

 とにかく金村を連れてこの包囲網を抜け出す。

 相手の数は多いが、何とかしないと……。


 と、その時。


 えーんえーんと少年が大声で泣きわめきながら敵の前に歩いてきた。

 そして立ち止まる。


 邪魔だ退けと、大男が乱暴に少年を手で払おうとしたが、少年はその手をつかんでありえない方向にひん曲げた。

 絶叫する大男のあごを拳で殴りつけて一瞬で失神させる少年。


 えっ?

 

 と誰もがその瞬間の奇妙さを飲み込めないうちに、少年は飛鳥に向かって叫んだ。


「そいつを守ってろ!」


 幼い少年の甲高い声とは裏腹に言葉の中身はとても男らしい。


 そう、レガリアの事故で成長が止まった二十歳で高校五年生の不動大輔である。

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