殺意が遊びを壊すとき

第31話 美咲の乱心

 ワシ模型店の許可を強引に取りつけ、桃子と美咲は屋上まで駆け上がる。


「さあ、鬼ごっこのはじまりですよ!」


 桃子はどかっとアスファルトの床にあぐらをかき、愛用のモバイルノートを立ち上げた。


 桃子のレガリアは指輪タイプのランブルという小学校低学年までが使うような初心者用で、しかも超がつくほどの安物だった。

 これをいまだに使っているというのは彼女の家が貧しいことの何よりの証明になる。

 人に見られたくないものではあるが、美咲はそこらへんをからかうような人間ではないし、この期に及んで隠すわけにもいかず、桃子は開き直ってランブルとモバイルノートをケーブルで繋いだ。

 するとモバイルノートに表示されていた詳細なマップにいくつかのマーカーが追加された。


 飛鳥に大事な伝言を伝えた金村と、彼を追いかけるドリトルの現在地、そして飛鳥と衛藤遥香の現在地もマップに表示された。


 しかもマーカーはリアルタイムで動いている。

 桃子の千里眼スキルは今なお対象の動きを追っかけているのだ。


 右手でパソコンを操作し、左手でメモ帳に絵を描いている。

 ここにきてもなお絵を書くのは、生徒会の一員である歌川美咲へのメッセージだ。

 人並み外れた桃子の能力と、絵の緻密さに美咲は驚きを隠せない。


「すごい……」

 

 ようやく彼女も気づいた。

 星野桃子が無罪だということに。


「む、金村氏が一発食らいましたよ」

「え?」


 モバイルノートに表示された情報ではそこまでわからないが、金村を示すマーカーの動きは明らかに遅くなった。


「出血は無いようですが、魔法で体の中を引っかき回されたようですね」


「どうしてそんなひどいことを……」


 戸惑う美咲に比べ、桃子は冷静だ。


「葛原氏のおやっさんとお爺さんの仲の悪さは一部じゃ有名ですよ。経営方針の違いで意見がぶつかって相当ぴりついてるって」


 実は桃子も美咲も、さらには飛鳥もハルも、果ては追われている金村も、彼を追いつめているのはだと勘違いしている。

 あのドリトルが絡んできたとは誰も気づいていないどころか、金村の存在をドリトルにたれ込んだのが神武の学生である新藤青だってことも知らない。


「このままだと葛原氏が追いつく前に捕まってしまいます」


 考え込む桃子の鼻から血が流れだしてきた。


 ゴーグルを外した上にレガリアまで起動させると、体のあちこちにガタが来てしまうのが桃子の苦しみの一つだった。


 異変に気づいた美咲が慌ててハンカチで拭き取ろうとするが、桃子は邪魔せんでおくれやすと美咲の手を乱暴に払う。

 桃子の瞳は、まるでオートフォーカスでピントを合わせようとするカメラレンズのようにせわしなく収縮していた。


「私がぶっ倒れるまでになんとかしないと」

 

 鼻だけでなく、耳からも血がたれてきた。

 右手の甲で適当に血を拭ったことで顔が血で汚れる。


「星野さん……」

 もうやめた方がいいと言おうとして、美咲はためらった。


 星野桃子の覚悟は半端ではない。


 桃子と飛鳥は今日が初対面だ。

 関わりの薄い男のためにここまで身を切るのは、おそらくヘッドホンとゴーグルをつけていないと生活できない苦労人同士の共感から来るものだろう。


 やりたいようにやらせるべきだという気持ちと、かといって、目に見えておかしくなる桃子を放ってはおけないという焦り。


 ならば、さっさと終わりにしてしまえば良い。

 美咲はそう考えた。


「衛藤さん、聞こえる?」


 美咲は地図を見ながら素早く指示を出す。


「あなただけ左に曲がって、停車しているトラックを浮かして!」


『ああん? なんでそんなことすんのよ』

 意味不明だし、何よりあの歌川に指示されると腹が立つらしく、けんか腰になるハル。


「大通りにあるコンビニの前でトラックを下ろして道を塞ぐの! あなたならできるでしょ!」


 レガリアを起動させずにミニバンを浮かせてしまうのだから、トラックだろうが飛行機だろうが問題ないはずだと美咲は考えている。


『あのね。トラックには人が乗ってるのよ』


 飛鳥を脅した連中を痛めつけるのとはわけが違う。

 関係ない人を巻き込んで怪我させるわけにはいかない。


「だから何?! 一人の命を救うのよ! トラックの運転手が怪我したってどうってこと無いわ」

 

 隣にいた桃子がぎょっとするが、美咲はもう止まらない。


「あっちこっちで騒ぎを起こして、金村さんと悪い奴らを葛原くんの方に誘導させるのよ」


 歌川美咲。

 真面目で、正義感にあふれる女。

 しかしその発想は時に危険だ。

 一つの家で起きた火事を消火するためなら、その街全部ぶっ壊せみたいなノリになっちゃうタイプ。

 違う星雲からやってきた超人が地球を守るために怪獣と闘う場合、ビルの一つや二つ、巻き添えになってもしょうがないと考えちゃうタイプ。


 今回の場合、深手を負った金村を助けるためなら何をやってもいいモードになっており、その高ぶりを止められる人間はもはや誰もいなかった。


「あのー、歌川氏、後のことは大丈夫でやんすか?」

 

 おそるおそる尋ねる桃子。


「後って何?」

 逆に問いただす美咲の目はギラギラに輝いている。


「ど、道路をめちゃくちゃにするんですから、あとの保証とか、弁償とか」

「そんなの逃げちゃえばいいのよ」

「……」


 面倒くさい人だとは思っていたが、更に上を行くヤバイ奴だとわかって無言になる。


 とはいえ、過激な方法でも理にかなっていると認めたのはハルだ。


『言いたいことはわかった。私に任せなさい』


 ハルの声は自信満々だった。

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