第22話 新たな警告

「貴方はこの期に及んでなお、自分の立場をわかっていないようだ」

 と、桐元は飛鳥に呼びかける。

 穏やかに、笑顔で、それでいて目は鋭く。


 しかし飛鳥も下がらない。


「ここで話すことじゃないだろ。みんな迷惑してる」


 グラウンドに居座る異物の存在に、皆が不安になっている。

 校舎の窓という窓から生徒達が顔を出して事態を見つめているが、ここまできてもなお教師達は動こうとしない。


「出ていくんだ」


 飛鳥が鋭く言い放っても桐元は笑顔を崩さない。

 ゆっくり車に近づいてドアを開ける。


「ではご同行願いましょう」

「はあ? これから授業だよ?」


 飛鳥は強気を貫く。


「そっちの都合で来たんだから、そっちが合わせてよ」

「ほう……」


 今までの飛鳥と違う反応に桐元は驚いたようだが。


「これはあるじの指示ですよ。立場をわきまえなさい。これ以上葛原の名を汚してはなりません」


「けがす? 僕は何もしてない」


「あはっ!」


 手を叩いて桐元は笑う。

 おまえらも笑えよと言わんばかりに部下を見るが、部下は飛鳥を睨み続けている。


「主の寛大なお心で、葛原の名品を手にするまでは不問としました。しかし、売りに出したのはいけませんなあ。実に不敬だ」

 

 桐元が何を言いたいのか、飛鳥は察した。


「ベルエヴァーのこと? 売ったりなんか……」


 ここまで口にして、ある事実にたどりつく。


「あの会場に製作所の人間もいたのか……」

 

 ヤンファンエイクの営業マンに扮装した飛鳥に対し、正体がばれるまでドリトルはとても丁寧に接してきた。

 ヤンファンエイクと同業の葛原製作所とドリトルの間に繋がりがあっても不思議ではないし、あの会場に製作所の社員がいてもおかしくはないということか。

 となると、そいつは今どこにいるだろう。


「はっ」

 今度は飛鳥が笑う番だった。


「自分の会社から逮捕者が出て慌ててるんだ」


 その言葉に桐元の笑顔が消えた。


「笑い事ではない。貴方は葛原の名に泥を塗ったのですよ」


 厳しく問い詰められても飛鳥は怯まない。


「知ったこっちゃない」


 自分がしたことに後悔などしてない。むしろ誇らしい気持ちだ。


「祖父のところまで行って土下座しろってだけで、ここまで来たわけ?」


 しかし桐元は呆れたように溜息を吐く。


「そんなこと誰も望んじゃいませんよ。貴方が持っているものを回収しに来た。それだけです。さあ」


 ベルエヴァーをよこせと手を差し出してくるが、


「ここにはないよ。アパートにもなかったろ?」

 

 奴らのことだから、すでにアパートに踏み込んでガサ入れしているはずだ。

 何もなかったからここに来たのだろう。

 

 飛鳥は両腕を突き出し、ベルエヴァーの不在を証明する。

 そしてハルの身を守るための嘘を思いついた。


「ドリトルは思ったほど頼りにならなかったから切り捨てた。他に高値で買ってくれる業者が見つかったからね。あれが今どこにあるのか。僕にはわからない」


 とっさの思いつきだったが効果は抜群で、桐元の顔色が変わる。


「貴方は本当に……、身分をわきまえていないようで」


 低くなった声に敵意と憎悪をはっきり感じた。


「これ以上、貴方を外に放り出しておくのは危険だ。一緒に来ていただく」


 その言葉を皮切りに四人の若者が飛鳥に近づいてくる。


 四人ともスタンスティックという魔法武器アーティファクトを手にしていた。警棒の形をした近接武器として日本中に出回っている。


「あなたたち! 大勢で何するつもりなの?!」


 飛鳥の身を案じた歌川がたまらず叫ぶ。


「警察を呼びますよ!」


 その言葉に飛鳥は苦笑した。

 本当に真面目な人なんだな。


「あの人は関係ない」


 飛鳥は桐元に警告する。


「巻き込まないでよ」


 しかし桐元は首をかしげる。

 絡んでくる歌川に利用価値があるか考えているらしい。


「どうでしょうかね?」

 飛鳥を脅えさせるつもりで放った一言が、実は失言だった。


「なら……!」


 飛鳥のベルトに繋がっていたレッドカインの杖が勝手に動き出す。

 飛鳥から離れ、まるで意思を持ったミサイルのように攻撃を始める。


 杖は一人の男の喉と腰を突き、続けてもう一人の男の頭部を激しく叩く。

 そして飛鳥も動く。

 メイヴァースのスピードとゼロスタンを生かして二人の男を同時に失神させた。


 すべては一瞬。

 飛鳥の足下で四人の男が倒れる。

  

「ほっほう……」


 桐元は目を丸くして驚く。

 しかしその顔に動揺はない。

 感心、という言葉がズバリハマる。


「神武で学べば、さすがのあなたでもそれなりになりますか」

「……」


 その手に戻ってきたレッドカインの杖の先端を突き出して桐元を威嚇する飛鳥。

 彼の鋭い眼差しを見ても桐元は余裕しゃくしゃくだ。


「ここは貴方を立てて、帰ることにしましょう」

 

 桐元のネックチョーカーが黒く光る。

 発動機レガリアのスイッチを入れたらしく、倒れた四人の男たちを同時に浮き上がらせ、車に押し込む。

 凄い魔力だ。

 わかってはいたが、桐元も優れた魔術師だ。


「家を飛び出て好き放題やって気分もよろしいでしょう。ですがこれだけは覚えておきなさい。貴方の身勝手さが、ご両親の立場を悪くさせているということを」


「……!」

 両親の存在を持ち出されて飛鳥は目に見えて動揺した。


「二人に何した……?」

「いや、まだ、何も?」


 まだという言葉に飛鳥の胸がざわつく。

 

「よく考えなさい。ご両親にとって貴方は人質。それだけじゃない。貴方にとっても、ご両親が人質なんですよ。我が主の実に見事な采配です。いいですかお坊ちゃま、警告しておきます。


 桐元はそう吐き捨てて車に乗り込んだ。


「くっ……」

 

 桐元の言うとおりだ。

 両親と息子。お互いの存在が人質になっている。


 息子の命が大事なら言うことを聞け。

 両親に迷惑をかけたくなかったら言うことを聞け。


 祖父は飛鳥を追放したことで圧倒的に優位な立場を手に入れていたのだ。 


「……」

 厳しい現実を突きつけられ、走り去る車をにらむ飛鳥だったが……。


 ミニバンが突然宙に浮き上がり、道路に放り投げられた。

 逆さまに落っこちて、ぐしゃっと激しい音をたてる。


 全壊したガラスを唾液のように撒き散らす車。

 

 交差点のどまんなかに墜落したので、道路はパニック状態になり、クラクションが鳴りまくっている。


「……」

 突如起きた大事故に飛鳥は驚きのあまり動けない。

 それでも誰の仕業かすぐにわかった。

 こんな事ができるのは、一人しかいない。


「邪魔だっつうの」

 大破した車を睨みつけながら衛藤遥香が車椅子に乗って飛鳥を横切る。


「ハルちゃん……!」


 無意識のうちに笑顔になり、車椅子を追いかける。


「ハルちゃん、おはよう!」

「ん……」


 昨日のことがあったので飛鳥の目を見れない恋愛初心者。


「おはよ……」

 頬を赤くしながら囁くように呟く。


 しかしこのまま押されるわけにはいかんと思ったのか、わざとらしく背伸びする。


「あー、今日もつまらないわね!」


「僕は楽しいよ」


 ハルに会えたことはもちろんだけど、あの桐元に心を乱されたことも、ある意味では楽しく感じる。

 絶対、自分で何とかできると思うから。


「あの人達、大丈夫かな」


 原形をとどめないくらい大破したミニバンを心配そうに見つめる。

 その姿にハルは呆れた様子。


「あんな連中の心配なんかやめなさいよ。脅されてたじゃないの」

「そうだけど……」


「葛原のSPは軍人並みの訓練を受けてるんでしょ。あれくらいじゃびくともしない。ちょっとは懲りたでしょ」


 飛鳥と桐元が揉めていたのを遠目で見ていたハル。

 一発かましてやろうと準備していたらしい。


「そうだといいんだけど……」

「大丈夫よ。奴らが何かしてきたら……」


 今度はただじゃおかないと言おうとしてハルはやめた。

 それを口にしたら飛鳥が喜んで、こっちは調子が崩れるからだ。


 こんなにぐいぐいくる奴だとは思ってもみなかった。


「さて、今日はどこで眠ろうかしら」

 車椅子の速度を上げる。


「あ、待って」

 置いて行かれないように走り出す飛鳥。


 二人仲良く校舎に向かっていくが……。 


「ちょっと、あなた達!」


 歌川は取り乱している。


 暴走するミニバンがグラウンドに飛び込んできたことに関してはミニバンの運転手の責任だ。

 しかしミニバンを宙に浮かせて交差点に放り投げたのは衛藤遥香の責任。つまり神武の信用問題に関わることだと歌川は焦っている。


 大パニックになっている現状を見て、歌川美咲は目を潤ませながら叫んだ。


「衛藤遥香に葛原飛鳥! 生徒会室に来なさいっ!」

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