第24話 ドリトル

 世界を股にかける犯罪組織ドリトルからすれば、本拠地から遠く離れた島国で起きた逮捕劇など、かすり傷でもない。

 と思いきや、彼らは事態を深刻に受け取った。


 デジタルに極力頼らず、昔ながらのやり方で絶対安全を誇ってきたのに、自ら主催したオークションの真っ最中に警察に踏み込まれ、関わったスタッフだけでなく、参加した客人まで現行犯逮捕される。

 

 これは大恥である。

 人的ダメージは皆無でも、ブランドイメージは大きく揺らいだ。


 信用というのは築き上げるまでに長い時間を要しても、失うのは一瞬である。


 事態を重く見たドリトルの首脳陣は、一報を聞くや香港に留まっていた1人の幹部を日本に飛ばした。

 

 南翔馬みなみしょうま。まだ二十代にしてドリトルからアジア全域を任されている、優秀な男である。


 彼は空港に降り立つや、すぐさま現地に移動した。

 佐世保光安が逮捕されたことで散り散りになっていたスタッフをかき集めたが、彼はひとまず全員に自宅謹慎を命じ、少数で動くことにした。


 高いビルの屋上から双眼鏡で富士山を眺める。

 その顔はとても幸せそうだ。


「世界中まわったけど、あれ以上に美しい山はないね。俺が日本人だからひいき目で見ちゃうだけかもしれないが……、君はどう?」


 背後にいた一人の少女に微笑むが、黒いショートヘアの少女は機械のように南を見るだけ。


 他にも南を囲むように五人の男女が立っているが、いずれも無愛想。

 その姿に南はガッカリしたようだった。


「何も感じないか」


 南の容姿はとても美しい。

 切れ長の目と華奢な体はとても儚げで、強い風を浴びると折れてしまいそうなもろさを感じる。


「さて、そろそろ仕事をしようか」


 待ってましたとばかりに少女が差し出したタブレットPCを受け取り、ある映像を見る。


 オークション会場で暴れ回る二人の襲撃者を映した監視カメラの映像だ。

 魔法でカメラが粉々にされるまで、極めて詳細に記録を残している。


 二人の襲撃者は誰が見てもだ。


 もちろん実際は違う。

 正体は高校生。葛原飛鳥と衛藤遥香だ。

 衛藤遥香の魔術により、飛鳥もハル自身も警察官にしか見えない。


「この二人のどっちかが、だと名乗ったんだね」

「間違いありません」


 なるほどと南は頷いた。


。この言葉の意味がわかる?」

「いえ」

「だろうね」


 南は空を見上げながら独り言のように呟く。


「拡大を続ける葛原に焦った衛藤家が、素質ある子供たちを養子としてかき集めて強力な魔法兵士を作ろうとしたのに、その子供らに一族みんな殺されたっていう、馬鹿みたいな話だよ」


 そして南は考え込む。


「ほとんどの子供たちが政府に保護されたと聞いたけど、が本当に衛藤の子供の一人なら、佐世保じゃどうにもできなかったね……」


 その時、勢いよくドアが開いて、一人の男が屋上に連行されてきた。

 

 あの渡辺一郎である。

 飛鳥に痛めつけられたことで病院に入院していた男は、睡っている最中に南の指示でここまで拉致されてきた。


「待ってたよ」


 嬉しそうな南だったが、対する渡辺は失禁するくらいに脅えていた。

 南の顔を見るなり涙を流しながら命乞いをしたが、南はニコニコ笑うだけで何も言わない。

 

 泣き叫んで疲れ果て、肩で息をする渡辺に南は話しかける。


「ベルエヴァーに手を出すなら思慮深くあるべきだった。君の横着のせいでドリトルと手を切りたいと世界中から連絡が来ている」


「ゆ、許して下さい! 俺はただ佐世保に騙されただけでっ……!」


 再びわめき出す渡辺に、南はポケットから一振りのナイフを出して黙らせる。


「誠意が見たい。どうやってけじめをつけるのか証明してくれ」


「え……」

 戸惑う渡辺に南は言う。


「指か、耳か、目か、舌か、鼻か、なんでもいい。自分で選んで、自分でやれ」


 渡辺に無理矢理ナイフを持たせ、微笑む南。


「早くしろ」


 その一言で彼の取り巻きがぐるっと渡辺を囲む。


 南はその姿を見ることなく、再び双眼鏡を手に取って、あるものを見つめる。

 そこには飛鳥達が通う神武学園があった。

 

 南はさきほどの少女に再び声をかける。


「君はあの学校に忍び込んでたんだよね?」

「はい」 

「申し訳ないんだけど、もう一度名前を教えてくれない?」

新藤青しんどうあおと申します」


 無表情を崩さない新藤を南は頼もしげに見つめる。


「新藤くん、引き続き、あの学校で調査を続けてくれ」

「はあ……」

 

 その指示に新藤は初めて表情を変えた。


「これ以上いても収穫はないと思います。腐っているだけです」

「言いたいことはよくわかる」


 だがここは引き受けて欲しいと南は懇願する。


「監視カメラの映像を見るだけだと、オークションに殴り込んだ侵入者は警察官にしか見えない。だけど実際は違う。警察の内通者からタレコミがあってね。二人は神武の学生さんだそうだ」


 新藤青の眉がピクッと動いた。

 自分が潜入していた学園の生徒が組織に迷惑をかけた。

 本来なら彼女が事前に把握しておくべきだったことだ。


「申し訳ありません。これは私の責任です」


 その謝罪に南は慌てたように手を振った。


「いや、責める気は無い。俺が君の立場だとしても気づかないよ。神武の学園に衛藤遥香なんて怪しい名字の人間がいても、まさかそいつがだとは思いもしないよ。どこにでもある名字だからね」


「衛藤、遥香……」

 

 その名に覚えがあったので新藤は唇を噛んだ。

 毎日遅刻、毎日サボりを繰り返す超問題児のあの衛藤遥香だったのだ。


「新藤くん、あの学校を見なよ」


 南は嬉しそうに肩をふるわせる。


「俺から見たらあの学校は動物園だよ。実に見応えのある、一日かけても見切れない夢の動物園だ。さあ、どうするか」


 ドリトルの幹部は、たまらないねと素直に呟く。


「動物園から珍獣だけを盗むか、おりを一斉に開けて動物達を街に放つか……」


 わくわくと妄想を膨らませる中、


「あがああああああっ!」

 

 渡辺一郎の絶叫があたりにこだました。

 自分の左目に自分でナイフを突き刺したその姿に、南は呆れた。


「指にしときゃ良かったのに……」

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