第20話 無能王子の決意

 突然の申し出に、ハルは喜ぶどころか不機嫌になった。


「やめてよ。大事なものでしょ」

 

 自分はドリトルとは違う。

 飛鳥の弱みに付け込んで、信用させてから大事なものを合法的に手に入れるとか、そんなふうに思われたくなかったのだ。


 しかし、飛鳥は言う。


「大切だから持っててほしいんだ。僕じゃまた誰かに奪われるかもしれない。僕一人じゃ守りきれない」


 これは嘘偽りない飛鳥の本音だった。

 ドリトルのような連中は他にもいるだろうし、ドリトルに恨まれた可能性だって高い。悪い連中にヘッドホンを外されたらなんの抵抗もできず、抗えたとしてもメイヴァースが動くわずかな間だけ。

 

 ハルがいなかったら、今頃死んでたかもしれない。

 

 今日の戦いで飛鳥は思い知った。

 ようやくスタートラインに立てただけで、自分はまだまだ弱い。

 

 それでも一つだけわかったことがある。


 少なくとも自分は無能ではない。

 これから一生懸命魔法を勉強して、ベルエヴァーにふさわしい魔術師になる。

 ならなきゃいけないんだ。


「ふうん……」

 ハルは飛鳥の顔をじっと見つめ、やがて苦笑した。


「私、あなたの金庫じゃないのよ」

「そう言われると何も言い返せないんだけど……」


 素直な物言いにハルは納得して、差し出されたベルエヴァーを受け取った。


「ありがと、大事に預からせてもらう」

「うん!」


 そのやり取りを見てなんだかよくわからんがめでたいと店主が拍手し、なんだがわからんが持って行けと鶏のからあげを100グラムずつ渡された。


 そして二人は帰路につく。


 大きな川にかかる橋の上。

 橋を抜けた先にある交差点を右に曲がればハルが住むマンション、左に曲がれば飛鳥の安アパートにたどりつく。

 

「じゃ、ここらでお別れね」

 ハルはサバサバした顔で呟く。

 

「そうだね……」

 なんだか寂しそうな飛鳥を見てハルは笑った。


「ねえ、これ受け取って」


 車椅子に引っ掛けていたステッキを宙に浮かせて飛鳥に突き出した。

 佐世保と戦っていたときに使っていた魔法武器アーティファクトだ。

 

 ハルはオークション会場で、ステッキをシールドとして使ったり、さらには飛び道具、はては直接武器と、まるでもう一つの手足のように自在に扱っていた。

 

「レッドカインの杖。私の親友の預かりものでね。二十歳になったら返すことになってるの」


 ステッキを見るハルの眼差しの柔らかさを見て飛鳥は戸惑った。


「そんな大事なもの……」


「それはお互い様でしょ。預かりものばかりだとプレッシャーがきついのよ」


「……そっか」

 ハルの素直なつぶやきに飛鳥はレッドカインの杖を受け取った。


「これで契約成立ね。卒業するまでお互い大切に取っておきましょう」


 そしてハルは「じゃあね」と手を振って飛鳥に背を向けた。


 飛鳥が叫んだのはその瞬間だった。


「ハルちゃん、待って!」

「どした?」

 

 くるっと振り向くハルは、やっぱり綺麗で、かっこいい。


「僕、ずっと言われてたんだ。人として生まれたんだから何か一つでも野望を持てって。だけどそんなの一つもなかった。これのせいで余裕なくて」


 ヘッドホンをぽんと叩く。


「でも今日見つけたんだ。しかも2つ!」


「へえ……」

 急にどうしたのと戸惑うハル。

 人がいないから良かったものの、交差点で大声で呼びかけられるというのは結構恥ずかしい構図だ。


 この話長くなるかもしれないと居心地が悪くなる。


 そんな気も知らず、頬を赤くして熱く語りだす男。


「一つは、久野さんみたいな大人になること!」


 ぼろぼろになった飛鳥に久野がしてくれたように、傷ついて弱った人間に寄り添い、その背中を押す人間になりたい。


「もう一つは、ハルちゃんみたいな魔術師になること!」

 

 彼女のような圧倒的な強さが欲しい。

 ハルのような強さがなければ、久野のようにはなれない。


「あんまり大きな声出さないでよ……」

 

 大昔のテレビドラマじゃあるまいし。


「じゃ、あたしはこれで……」

 ここは逃げるに限ると決めたとき、飛鳥は言った。


「僕、ハルちゃんが好きになったんだと思う」

「え」


 飛鳥は何度も頷きながら、自分の言葉を噛み締めた。


「そうだ。僕はハルちゃんが好きなんだ!」


 真っ直ぐな眼差しをぶつけてくる飛鳥に対し、


「ちょ、ちょっとやめてよ!」


 実はこういうことにまるで慣れていない女。

 火山が噴火したように、全身が真っ赤になった。


「わ、わ、私、帰る!」


 フルスロットルで車椅子を走らせて逃げ出す女。


「あ、待って! 家まで送る!」


 飛鳥はわざわざメイヴァースのスイッチをオンにして、全速力でハルを追う。

 まさか追いつかれるとは思わず、ハルはひいっと怯える。


「一人で帰れるって!」

「良いマンションに引っ越したんでしょ! 見せてよ!」

「やだやだやだ!」


 葛原飛鳥と衛藤遥香。

 この時点で二人はただの高校生でしかない。

 

 飛鳥は障がいスキルを抱え、今を生きるだけで精一杯。

 遥香は車椅子に乗りながら、毎日学校をサボり続けている。


 そんな二人が世界を揺るがすほどの強力なコンビとなる。

 しかし、それはまだ先の話……。

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