出会った奇跡

第19話 久野ちゃんの正体

 人通りの少ない歩道を車椅子に乗ったハルと飛鳥が進んでいく。


 騒がしかった繁華街が遠くなっていくが、パトカーのサイレンは途切れることなくあちこちで聞こえてくる。

 世界的に有名な犯罪組織ドリトルを現行犯でとっ捕まえたのだから大騒ぎだ。

 明日のニュースは奴らの話題で持ちきりかも知れない。


「あー、今日は久々にいい汗かいたわ!」


 気分上々なハルに対し、飛鳥は疲労困憊だ。

 口の中からまだ血が出てくるし、体にできたあざはズキズキ痛む。

 打撲のせいで体全体が熱く、頭もぼーっとして、千鳥足になってしまう。


 それでも飛鳥は開放感で一杯だった。

 ベルエヴァーはしっかりと手首に巻き付いている。

 

 やり遂げたのだ。

 無論、衛藤遥香の協力がなければ不可能だったが。


「ハルちゃん、本当にありがとう」

「だからもういいって言ってるでしょ。何回目よ」


 ハルはめんどくさそうにあくびをする。


「したかったからしただけ。気にしなくていい」


 そしてごりごりと頭をかきむしる。

 その腕に巻かれたスピトラナは真っ黒焦げで、飛鳥は申し訳ない気持ちになる。

 

「会って欲しい人がいるんだ。きっとスピトラナを直してくれる」


 久野ちゃんなら何とかしてくれるという確信があった。

 しかしハルは首を振る。


「別にいいわよ。思い入れないもん」


 確かにスピトラナは数多あまたある発動機レガリアの中ではエントリークラスだ。

 しかも戦闘用ではなく、家事を楽にするタイプ。

 よくもまあ発動機レガリアを2つ身につけたヤバイ男にスピトラナで戦えたもんだ。


「それよか、タダでなんかくれないかな」


 目を輝かせて飛鳥を見上げる。


「タダ……」


 いくらなんでもそれはちょっと……。

 戸惑う飛鳥にハルは言う。


「レガがないと歩けなくて、お風呂入るときめんどくさいのよね」


 こういうことをさらっと言われると、返事に困る。


「わかった。話してみる」

 

 タダで発動機レガリアをくれなんて、さすがの久野ちゃんも困惑するだろうが、ハルにはとても世話になったから、借金してでもちゃんとした発動機レガリアをプレゼントしようと飛鳥は覚悟を決めた。


 しかし。

 久野がいた店はまだ夕方だというのに閉まっている。


「あれ……?」

「定休日なんじゃない?」


 ハルはそう言うが、外から店内を見てみると、棚に一杯詰め込まれていた発動機レガリアやオプションスキルが一切無くなっていることがわかる。


 もぬけの殻なのだ。

 

 困惑する飛鳥にハルはズバリ言った。


「夜逃げに見えちゃうんだけど」

「ええ……?」


 認めたくはないが、ハルの言う通りだと思ってしまった。


 なんてことだ。


 あの日、久野と出会ったことで運命が変わった。

 お礼を言いたかった。

 何があったのかすべて伝えたかった。


 なのに、肝心の久野がいない。

 今度来たときにはぴったりの発動機レガリアを探すと言っていたのに。

 そもそもメイヴァースは借りものだ。これでは返せない。

 借りパクをしてしまったことになる。


「おおい! ヘッドホンの兄ちゃん!」


 大声で呼びかけるのは久野の店を紹介してくれた惣菜屋の店主だった。


 店主は飛鳥を見るなりまくしたてる。


「驚いたよ。昨日の夜中にいきなり挨拶に来てさ。急な用事で引っ越すことになったからって、あっという間に荷物を車に押し込んで出てっちゃってさあ」


「そう、だったんですか……。何があったんだろ……?」


 考え込む飛鳥を見て店主は驚く。


「おいおい。ニュース見てねえのか?」

「ニュース?」


 知らんのかーいと店主は呆れた様子。


「ま、神武の学生さんは忙しいか……。ほら、見てみろ」


 自分のスマホを持ってきて、あるニュース動画を見せてくれる。

 堅物そうなニュースキャスターが驚くべき真実を告げる。


「ヤンファンエイク社に所属するアートディレクターで、世界的なレガリアクリエイターとしても知られる久野英一くのえいいち氏が、半年前から行方不明になっていることを、ヤンファンエイク社が公に認めました。今日、警察に捜索願を提出したとのことです」


 あの爆発アフロの男の顔がでっかく表示され、飛鳥は絶句した。

 口をあんぐり開けたまま硬直する飛鳥を見て店主が大げさに頷く。


「やっぱりあいつだよな。間違いないよな!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……」


 揚げたてのコロッケを頬張っていたハルが目を丸くして近づいてくる。


「あの店にエノクがいたっての?! あの天才が!?」

「そうみたい……」

「うっそだー!」


 嘘じゃねえんだよ、俺はこの目で見たんだよと熱っぽく訴える店主をよそにニュースは続く。


「退社を強く望んでいた久野氏とそれを拒んでいたヤンファンエイクとの間に問題が生じたという一部報道については否定しています。しかしこの会見の後、ヤンファンエイク社の株価は大暴落し、葛原製作所やエイサルネットなどの発動機レガリア関連企業の株価まで軒並み下落しており、市場は久野ショックともいえる状況が続いています」


「ちょっと飛鳥ちゃん!」

 ハルは車椅子で飛鳥の膝をちょんちょん突く。


「あんたエノクの手作りレガリアまで持ってたって事じゃんよ! ずるくない?!」


 こっちは安物のレガリアをだましだまし使っているのに、と不満を隠さないハル。


「いや、これは借り物で……」


 うろたえるしかない。

 そんな凄い人だとは思いもしなかった。

 

 ふと、父の言葉を思い出した。


「ヤンファンエイクか、俺は嫌いだな」


 ヤンファンエイク社が天文学的な額の利益をたたき出したというニュースを見ながら父は悪態をついていた。


「何がだめなの?」

 

 そう尋ねる飛鳥に父は悔しそうに呟く。


「実用的で便利な発動機はつどうきを作るのは認めるが、美しくないな」


 まるで子供のようなふてくされ顔をするので飛鳥は笑ったのだ。


 あの父が同業者に嫉妬心をむきだしにするということは、それだけヤンファンエイクが優れているということの証明になる。

 そのヤンファンエイクの中心人物と知らず知らず関わっていたのだ。


「おお! 思い出した!」


 店主がポンと手を叩いた。


「久野さんからあんたに手紙を預かってたんだ! ここに来るだろうからってよ!」


 茶封筒に入った一枚の便せん。

 これ以上無いくらい短いメッセージがそこにあった。


「あげるよ」


 これだけ。


「はは……」


 笑いながら飛鳥は手紙を額につけて礼をした。

 こんな短いメッセージなのに、背中を強く押された気になる。

 胸の中に湧いてくる熱いものは何だろう。

 

 あげるよという一言だけ書けば飛鳥は大丈夫だろう。そう久野が考えてくれたことが嬉しかったし、自信に繋がった。


 長い時間をかけてもわかりあえない人間もいれば、わずかな時間で共感、共鳴する関係もある。

 

 久野と話した時間は30分程度だったが、飛鳥にとっては多くの実りを生んだ貴重な時間になった。


「……で、私はどうなるわけ?」


 今のところ、夜逃げした店を眺めながらコロッケを食べに来ただけの女である。

 むすっとしたハルに飛鳥は微笑みながら、ベルエヴァーを差し出した。


「これを使って」

 何の迷いもなく、飛鳥は言った。

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