第18話 あるべき場所

 殺意のこもった佐世保の一撃がハルに向けられた瞬間、2人の間に飛鳥が割って入った。最後のスリーウォールが攻撃を無効化する。


「うおおっ!?」

 目を開けていられないくらいの光を浴びて後ずさる佐世保。


『スリーウォール3回目です。復旧ま』

 

 ブチッと音声が途切れた。

 バッテリーが無くなってメイヴァースが停止したのだ。


 発動機レガリアの後ろ盾がなくなり、飛鳥は激しい疲労に襲われ、床に手をついた。

 戦う中でヘッドホンが外れていたのでメイヴァースが動かなくなった時点で、ごう音が脳内をグサグサ刺していく。


「ダメだ……」

 爆音に耐えられず、意識がすっ飛びそうになる。


 その危機を救ったのはハルだった。

 飛鳥の首にぶら下がっていたヘッドホンを耳に当て、落ち着かせる。

 そして飛鳥の首に抱きついて、優しく囁いた。


「大丈夫?」

「……」


 返事ができないくらい飛鳥は疲弊していた。

 うつろな目の飛鳥を優しく見つめながらもハルの手はある方向に向けられていた。


「ベルちゃん、こっちにいらっしゃい」


 天井に張り付いていた億を超える発動機レガリアが、ハルの呼びかけに応じ、その細い腕に巻き付く。


「なっ!」


 声を上げたのは佐世保だ。

 誰が手を伸ばしても絶対に動かないようにプロテクトをかけていたのに、いとも簡単にあっさり破られてしまった。

 しかも、使ただの小娘にだ。


 佐世保はようやく気づいた。

 どんなことをしても絶対にかなわない相手が目の前にいたことに。 

 

 唇を震わせる佐世保を横目で見ながら、ハルは飛鳥に囁く。


「ねえ飛鳥ちゃん、これ貸して」

「……」


 ハルの左腕にあるベルエヴァーを見て飛鳥は力なく笑う。

 

「ベルエヴァー、認証解除。衛藤遥香へ譲渡、その証明を見よ」


 その言葉にハルは両目を閉じる。

 飛鳥は両手でハルの小さな顔を包み、左右の親指をハルの閉じた目に置く。

 自分専用だったベルエヴァーの認証を解除するために必要な処置である。

    

 その光景を見て脅えたのは佐世保だった。


「ま、待て!」

 

 ベルエヴァーの全権がハルの手に渡る。

 それが何を意味しているか、ハルの実力を目の当たりにした佐世保にはわかる。


「ありがと」


 優しく飛鳥の髪を撫でるハルだが、


「……もしかして、最初からこれ狙い?」


 飛鳥は意地悪く追求する。

 やたら佐世保を挑発したり、攻撃しないで防御一辺倒だったり、スピトラナを壊して欲しかったかのような動き。


「まさか」


 ニヤリと笑ってハルは再び立ち上がる。

 ベルエヴァーの力が全身をつたう。


「おおおおおう!」


 ハルは興奮で頬を赤くする。


「さいっこう……!」


 指をパチッと鳴らすと、佐世保の背中に貼りついていた古い発動機レガリアが真っ二つに割れた。

 うわああっという悲鳴があちこちであがった。

 なにせ三千万である。


「後は任せて」

 得意げな顔で飛鳥に頷いてみせる。


「……」

 その時、ハルの背中に赤い天使の翼が生えていたように見えて、飛鳥は何度も瞬きをした。

 翼は一瞬で消えてしまったけど。

 もしかたら疲れきったことで目にした幻だったかもしれない。

 

 それでも似合っていると飛鳥は思った。


「あんた達、よく聞きなさい」


 その一言で、飛鳥とハル以外のすべての人間が壁や床に押しつけられた。


 このまま圧殺されるんじゃないかというくらいのパワーを感じて苦しみ始める連中を前に、ハルはゆっくり話し出す。


「百年前に魔法プログラムを発明した人達はね。悪用されないよう新しい言語で魔法を作ったの。世界中の言葉をミックスしてね。創世言語ってやつよ」


 そしてハルは飛鳥を見て言った。


「創世言語でベィはずっと。ルゥは一緒って意味なの」


「ずっと一緒……?」


「そう。ずっと一緒の炎ならって感じね」


 ハルは自分の腕に巻かれたベルエヴァーを優しく撫でる。


「貴方のお父様は自分1人で作ったものには必ずエヴァーって言葉をどこかに入れ込む。わかる? ベルエヴァーってのは、ずっと一緒っていう貴方のお父様からのメッセージなのよ」


「……」

 久野ちゃんがベルエヴァーという名前を聞いただけで飛鳥をワケありと見破った理由がわかった。

 

 そしてハルは佐世保達を睨みつける。


「あんた達もそれくらいのことわかってるはずでしょ。ベルエヴァーのあるべき場所は、どっかの金持ちの棚の中じゃない。この子が持ってこそ意味があるもんなの」


 ハルの髪が逆立ち、それに呼応するかのように照明が点いたり消えたりする。


「葛原昇がどんな思いでこれをあの子に渡したか、この子がどんな思いでこれを受け取ったのか、あんた達は何もわかってない……! わかろうともしない!」


 飛鳥はようやく気づいた。

 ハルは怒っていた。

 ベルエヴァーを奪った連中に対して、ずっと怒っていたのだ。 


「義賊だかなんだか知らないけど、欲深いだけの偽善者が手を出して良いもんじゃない! あんたらは人として絶対にしちゃいけないことをした!」


「うるせええええっ!」


 最後の力を振り絞って佐世保が拘束魔法を打ち破った。


「小娘が偉そうに綺麗事ごと抜かしやがって……」


 しかしハルは下がらない。


「ドリトルの偉い連中に言っときな。今度この子に手を出したらこんなもんじゃすまない。がそう言ってたって伝えとけ!」 


「知ったことかあああ!」


 絶叫しながら佐世保がとった行動は、ハルを相手にすることではなく、メイヴァースが動かなくなって弱っている飛鳥を引き寄せることだった。

 さっき首を絞めようとしてできなかったことを、もう一度、ということか。


「ううっ……!」

 飛鳥はなすすべなく佐世保に首をつかまれる。


「いいか! こいつを死なせたくなかったら、大人しくベルエヴァーを置いて……?」


 パチパチと音がする。

 焦げ臭い匂いもどこからか。


 下を見ると、佐世保の足が燃えていた。


「な、なんだこれは!?」

 

 慌てたことで飛鳥を床に落とす。

 体中から発火する佐世保を、ハルは冷静に見つめる。


「私がって言ったのにあなた聞いてなかったの? って教えてあげたのに……」


「そ、創世魔法……だと?」

 佐世保の顔が引きつった。

 死が迫っていると悟った顔だ。


「う、う、うわああああああっ!」

 火だるまになってのたうちまわる佐世保。


 ベルフラウ。

 炎属性の防御魔法。創世魔法の一種。

 この魔法を浴びた人間に攻撃をすると、圧倒的な火力でカウンターを喰らう。


 創世魔法とは、魔法の原点だ。

 百年前に試験的に作られたもので、詠唱文が難解すぎて今の時代に創世魔法を使いこなせる人間は飛鳥の祖父、葛原十条しかいないとされていた。


「ああ! あああああっ!」


 ごろごろと床を転がって悲鳴を上げる佐世保。

 彼を見つめるスタッフとバイヤー達から戦意が急速に失われていく。


 バキバキッと彼の発動機レガリアオズヴァルドが音を立てて壊れ始める。

 発動機レガリアが完全に破壊されたとき、身を守るシールドはなくなり、佐世保の体は業火に食われて一瞬で灰になるだろう。

 

 それを見る飛鳥の目は暗い。


「ハルちゃん……」


 弱々しく声をかける飛鳥を見てハルは「はあーっ」と溜息をついた。


「わかってるわよ。殺さないって」


 ふっと息を吐くと、佐世保の頭上に大量の水がシャワーのように降り注ぐ。

 佐世保の体から湯気が大量に湧いた。 


 それを見て安堵する飛鳥。

 背後にあるドアを外から叩く音がする。


「警察です! 開けなさい!」


 その声にがっくりと力を失うスタッフとバイヤー達。


「来たか」

 ハルはベルエヴァーに手を置いた。

 

「ありがとベルちゃん。もういいわ」

 その言葉でベルエヴァーは稼働を停止する。

 

 そしてハルは自立できずに倒れる。

 慌てて駆け寄る飛鳥にハルはベルエヴァーを差し出す。


「貸してくれてありがと」


 床に大の字になりながら、ハルは飛鳥に微笑んでいる。


「良かったわね。これで大丈夫よ」

「ありがとう……」


 ベルエヴァーを受け取って、両手でぐっと包む。

 改めて文字盤の裏面を見る。


「大事なメッセージがあるなら日本語で書いてくれれば良かったのに……」


 恨み言を口に出す飛鳥にハルは笑った。


「レガリアクリエイターは基本みんなかっこつけよ」

「うん……」


「帰りましょ。悪いけど車椅子まで連れてって」

「うん」


 急いでハルをおんぶする。

 びっくりするくらい軽い。

 こんな華奢な女の子が、この場にいる大人達を翻弄したのだ。


 ハルの魔法が解けたことでドアが勢いよく開き、武装した警察が大量に入ってきた。一番最初に入ってきたのは短い髪の女性だったが、


「なにこれ」

 会場はめちゃくちゃだ。


「すみません失礼します」


 女性の横を通り過ぎようとする飛鳥だったが、警察が彼を放っておくはずがない。あっという間に刑事に腕をつかまれる。


「あんた誰? ……ってか、ハルじゃん!」


 飛鳥の背の上で手を振るハルに気づいた女刑事。


「スエちゃん、終わらせといたよ」


 その言葉にスエちゃんという刑事はガッカリしたような、安心したような複雑な顔でハルの肩を叩いた。


「通報したのはあんただったのね」

「そう。上手くいったわ」

「上手く、いった……の?」


 しっちゃかめっちゃかになった会場を見て皮肉っぽく呟くスエちゃん。


「後で連絡するから、とりあえず今日は上がらせて」


 ハルの懇願にスエちゃんはあっさり頷く。


「道を開けて、通してあげて!」


 上司の指示で警官が一斉に道を開ける。

 その間を飛鳥は足早に駆けていく。


「すいません、すいません」

 と何度も謝りながら。

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