第17話 その魔術師、天才につき

 ハルが最初にしたことは、くるっと一回転して、


「ほれっ」

 と呟くこと。


 この一言が魔法詠唱だったのか、いろんな事が同時に起きた。


『メイヴァース、エネルギー充填により、残り稼働時間あと10分』

「ええっ?」

 

 残り5分のはずだったのに……。

 呆然と自分の発動機レガリアを見つめる飛鳥。


 さらに敵が持っていた武器アーティファクトが、ハルが開けた天井の穴に吸い込まれていく。

 

 何が起きたかわからず立ちつくすスタッフ達。


 このままではまずいと判断した数人のバイヤーが逃げ出そうと出口に群がる。

 しかしどれだけ力を込めてもドアは開かない。


「無駄よ。絶対に開かない」


 ハルはさげすむようにバイヤーを見ている。


「あんた達も最後までつきあいなさい」


 凄い。

 彼女の魔法は本当に凄い。


 飛鳥の発動機レガリアを延命させる。

 大勢から武器を奪い、それを同時に浮遊させ、遠くに捨てる。

 と同時に、いつの間にか出口まで封鎖している。

 どうやったのかはわからない。

 カードの偽造といい、変装の術といい、彼女の魔法は教科書に載っていないものばかりだ。1+1を3にも10にもしてしまう力がある。


 いったい何を聞いて、何を読めば、彼女のようになれるのだろう。


 飛鳥の羨望の眼差しに気づいているのかいないのか、ハルはじっとある方向を見つめている。


「ふざけやがって……」


 ハルに手痛い一撃を食らった佐世保が壊れた壁から出てきた。

 髪の毛には蜘蛛の巣がかかり、上等なスーツはあちこち土で汚れている。


「台無しにしやがって、このガキどもが!」

 佐世保がとうとう切れた。

 一見、穏やかに見える人ほど怒ったら怖い。


 彼だけではない。

 スタッフ達は武器を失っても飛鳥とハルに敵意をむき出しにする。

 ヘイトはぐんぐん上昇中だ。

 

 いくらハルが強力な魔法を使おうが、この人数差であれば力押しで乗り切れると考えているらしい。


「飛鳥ちゃん、ボスは私がやる。まわりを抑えて」


「ま、まわり? 僕が?」

 こんな大勢を相手にできるわけがない。

 持ってる武器は射的距離がゼロに近い電撃攻撃しかないというのに。


 しかし、その迷いすらハルは察しているようだった。


「飛び道具ならそこら中にあるっしょ?」

 

 その視線の先には60インチは優に超える大型モニターがあった。佐世保がベルエヴァーの文字盤を見せるために使ったやつだ。


「あ、そうか……!」

 

 飛鳥はすぐさまマグネットスキルでモニターをつかみ、宙に浮かせた。

 1人では絶対に浮かすことのできない巨大な物体も、パワーがありすぎて他人に怪我させちゃうかもしれないジャンクスキルであれば、楽に持ち上がる。

 飛鳥はモニターを高く上げ、ミサイルのようにスタッフめがけて振り下ろす。

 

「わわわっ!」

 

 凶器と化したモニターを必死で避けるスタッフ達。

 

 会場は混乱に包まれる。


 モニターだけではない。

 飛鳥はありとあらゆるものを飛ばしまくった。

 ライブ会場に置いてあった大きなスピーカーやアンプ、テーブルや椅子、ビール瓶、挙げ句の果てには転んだバイヤーまで、つかめるものはなんでも使って、スタッフをパニックに陥れる。


 その混沌を佐世保は歯ぎしりしながら見るしかなく、その一方で、ハルは満足げに笑っている。


「それでいい」


 そして自らは佐世保の方を向いて、ふうっと息を吐いた。

  

「さあ、一騎打ちよ」

 ステッキを肩に担いで、佐世保に近づく。


 佐世保はこれまでの屈辱すべてをハルに叩きつけようと全身を震わせた。


「殺されたいってことだな……」


 そんな脅しにびびるハルではない。


「私を殺したところであんたはもう終わりよ。さすがにあれに手を出すのはやばかったんじゃない?」


 天井に穴が開いたことでむき出しになった太い鉄骨にベルエヴァーがぶら下がっている。


「それを置いて出て行くんなら、今回ばかりは見逃してあげる」


 上から目線の態度が逆に佐世保に火をつける。


「るっせええええ!」


 怒る佐世保は右手の発動機オズヴァルドに全パワーを込めて殴りかかる。

 しかしその強烈な拳をハルはステッキ一つで受け止めた。


「ぐっ……!」


 何度拳を振り下ろしてもハルに攻撃が届かない。


 拳がダメなら今度は足だと豪快に蹴り上げるが、ハルはそれもステッキで受け流す。むしろ佐世保の方がバランスを崩して転んでしまう。


「続ける?」


 ハルが一滴も汗を流していないのに対し、佐世保は着ているシャツがビタビタになるくらい汗まみれで、呼吸も乱れていた。


「……!」

 力に差がありすぎるとわかり、次の一手を失う佐世保。

 周りを見れば、スタッフやバイヤーは飛鳥の攻撃、というより妨害のせいで全く使い物にならない状況。


「くそったれ……」

 佐世保は意を決したように大きく息を吸ってステージの方へ手を伸ばし、あるものを引き寄せた。

 

 オークションの一品目、三千万で売れた大昔の発動機レガリア、クリミナルだ。

 ただのダンボールにしか見えない箱が佐世保の背中に張り付く。


「む」

 ハルは眉をひそめた。


「売り物に手を出すなんて、ドリトルらしくないんじゃない?」


 軽口を叩きつつ、ステッキで地面を突いてシールドを強化することは忘れない。


「うるさいっ!」

 佐世保の強烈な蹴りがハルの体をボールのように浮き上がらせる。

 彼女の小さな体は天井にぶち当たり、ドサッと地面に落ちる。


「ハルちゃんっ!?」

 相棒の思わぬダメージを見た飛鳥の集中が途切れる。


「いたたた……」

 腰を押さえながらゆっくり起き上がるハル。


「昔のレガはやばいのが多いわね……」

 愚痴を言いつつ、心配するなといわんばかりに飛鳥を見る。


「あなたは自分のことに集中しなさい」

「でも……」

「私のことはいいから」


 飛鳥がだいぶ弱っていることをハルは気づいている。

 肩で息をして、流れる汗は床にしたたり落ちている。


 発動機レガリアをこんなに動かしたことが今まで無いのだろう。

 

「これ使って」

 手にしていたステッキを飛鳥の前に浮かせる。


「え?」

「やることは変わんない。時間を稼いで!」


 ハルが叫んだのは、佐世保が巨大な木製テーブルを担いで、のしのしとこっちに向かってきているからだ。


「うおおおおおおっ……!」


 闘牛のような勢いでつっこんでくる佐世保に驚いた飛鳥はステッキを握りしめ、慌ててモニターを持ち上げた。


 さほど力を込めなくても、すいっと大きなものが持ち上がる。

 凄い武器だ。

 飛鳥に足りないものをすべて補ってくれるような感じ。


「これなら……!」

 気力を奮い起こして再び暴れ出す飛鳥。


 その姿にハルは安堵しつつ、再び佐世保に近づいていく。


「お待たせ」


 ニヤッと笑ってみせると、巨大な凶器を担いでいた佐世保も待ってましたと目を輝かせる。


「これで終わりだ!」

 

 渾身の力でテーブルを振り下ろすが、ハルのシールドがテーブルを粉々にする。

 ハルは全くの無傷だ。


「くっ!」


 舌打ちしつつも佐世保は力任せの殴打を続ける。

 

 ハルは防戦一方だが、そのガードの仕方は戦士のように洗練されていた。

 彼女を包む目に見えないシールドが攻撃を防ぐたびに光り輝く。


「レガの多重装備は体に良くないわよ」

 

 フルパワーで暴れる佐世保にハルが冷たく言い放つ。

 しかし佐世保も皮肉めいた笑みを見せつける。


「そういう君もレガリアが持たないんじゃないのか?」


 ハルの左腕に巻き付いた腕輪型の発動機レガリア、スピトラナから白い煙が吹き出し始めている。

 佐世保の激しい攻撃に発動機レガリアが悲鳴を上げている状況だ。

 もちろんハルもそれはわかっているので、佐世保の言葉に嫌な顔をした。


「いい魔術師だがレガリアは安物だな。君の力に適応できていない」


「ふん、最近良いマンションに引っ越しちゃったもんでね!」


 耐える一方だったハルが右腕を突き出して佐世保を後退させる。


「あんたたちみたいに、こんなもんに夢中になるほど暇じゃないの」

「ならなぜあの王子様に近づいた?」

 

 破壊されたテーブルの足を拾って武器代わりにする佐世保。


「うまく取り入ろうとしたんだろ? あれ程のレガリア、無能の失敗作にはふさわしくない。我々はすべきことをしただけだよ」


「あん?」


 佐世保は誇らしげに言い放つ。


「公正を水のように、正義をつきぬ川のように流れさせよ」

 

 これは旧約聖書の一文であり、ドリトルのモットーでもある。


「すべてのものをあるべき場所にかえす。それが我々の使命なんでね」


 ドリトル。

 世界の格差を良しとせず、金持ちを相手に窃盗や強盗を働いてそれを売りさばき、手にした大金を貧しい人達に配る、自称、現代の義賊。


 彼らは飛鳥のベルエヴァーを盗んだことを正しいと思っている。

 ドリトルにとって葛原飛鳥は金持ちの馬鹿息子に過ぎず、ベルエヴァーは彼の手に余るものなので、奪って売ってしまえば良いと考えているようだ。

 その金で多くの人達を救えると。


 その言葉と態度に、ハルの表情が変わった。


「あんたら何もわかってない……」


「理解して貰おうとも思ってないさ。それより、もう限界じゃないのかね?」


 バチバチッとハルのスピトラナが火花を散らす。

 ボトボトと何かの部品が落ちていく。


 ハルの発動機レガリアが壊れた。

 その瞬間、二本足で立っていたハルがその場に尻餅をつく。

 

 スピトラナの力を失ったことで、足が動かなくなったのだ。

 ふうっと肩をすくめるハル。


「なるほどね。レガ狙いの集中攻撃か」


 絶体絶命の危機なのに平然とするハル。

 その眼前に角材を突き出す佐世保。


「殺されても構わないといったよな」

「言ったっけ?」


 わざとらしくきょとんとする。


「クソガキが」

 

 サディスティックな笑みを浮かべながら佐世保は角材を振り上げた。

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