奪還作戦
第13話 車椅子の少女、再び
渡辺たちを痛めつけたあと、急いで公園を出ようとした飛鳥を呼び止めた声の主は、車椅子の少女、衛藤遥香だった。
肩まで伸びた栗色の髪を一つに束ね、車椅子の肘掛けにもたれながら得意げに笑っている。相変わらず美しい子だった。
彼女と保健室で会ったとき、衛藤はベルエヴァーを見て、
「いいなあ、私にちょうだい」
と言って飛鳥を驚かせたが、もしかしたら……。
「……」
不信感丸出しの飛鳥に衛藤は呆れた様子。
「私のことレガリアを盗んだ黒幕だと思ってない?」
「……ちょっと思ってる」
「やめてよ、あんなクズと一緒にしないで」
衛藤は悔しそうに呟く。
「あんたがピンチになったらかっこ良く助けに行こうと思ってたのに。一人で何とかしちゃうんだもん」
髪を縛っていたリボンをほどき、子犬のように頭を動かして髪を振る。
花が咲いたかのように長い髪がパッと広がる。
投げやりな仕草が妙に色っぽくてドキッとした。
「私ならあんなクズ、殺していたけど」
そして衛藤は車椅子を走らせて飛鳥に近づく。
「今使ってるレガを見せて」
その言葉に飛鳥は反射的に後ずさった。
メイヴァースまで奪われるわけにはいかないと脅えたからだが、近づいてくる衛藤には悪意を感じない。
声に温もりがある。
聴覚が敏感すぎる飛鳥には嫌いな音と好きな音があるのだが、衛藤の声は好きな部類に入った。
優しく、涼しい感じがする。
彼女なら大丈夫だと飛鳥は判断した。
「あんがとね」
衛藤は飛鳥の心中を読みきっていたかのように礼を言うと、彼の首にかかっていたメイヴァースを見つめる。
「なるほど。オプションの組み合わせで勝負か。自分のスキルの使い方がわかったのね。たいしたもんだわ」
気の強そうな顔で褒められると悪い気はしないし、車椅子に座っているから上目遣いで見られるので、なんだか照れくさい。
でも衛藤は一つ間違っている。
「僕だけじゃ無理だった」
その言葉に衛藤は興味を抱いたようで、眉がピクッと動いた。
「協力者がいるのね」
「うん」
久野ちゃんに会って欲しいと思った。
二人がどんなやり取りをするのか想像するだけで楽しくなる。
しかし救急車のサイレンが飛鳥を現実に戻した。
はっと驚く彼の腕を衛藤は力強く握る。
「ここを離れるわよ。台に乗って」
車椅子の手押しハンドルの下に足台があった。
それに乗ってハンドルを握ると、車椅子は静かに動き出す。二人乗っても車椅子のエンジンは余裕で動いてくれる。
「警察に知り合いがいる。連絡を入れといたから心配しないで。ちゃんともみ消してくれるはずよ」
「でも……」
血まみれになった渡辺の姿を思い出して良心の痛みを感じるが、衛藤は一声で飛鳥のウジウジを吹き飛ばす。
「気にするこたないわよ。あいつにはみんなが迷惑してたんだから。それよりあのクズはあなたの大事なものをどうしたって?」
「ドリトルの佐世保光安に売ったって……」
「ふうん……ドリトルと来たか」
意味深げに頷くと、車椅子にぶら下げていたバッグからタブレットを二枚、そしてタッチペンを二本、魔法で浮かせて同時に操作をはじめる。
凄い力だ。
「佐世保って奴のことは分かんないけど、ドリトルは美術品や
「そうなんだ……、僕、何にも知らなかった……」
世間知らずと思われるのも、世間知らずだと自覚するのも飛鳥にはしんどい。
「あいつら基本ヨーロッパでしか動いてないからね。知らない人の方が多いわよ」
衛藤がさらっと慰める、
「ってか、ドリトルがあなたのレガを奪ったってなると、ちとめんどいわね……」
そして一枚のタブレットを飛鳥の眼前に突きつける。
このクリームを肌に塗れば、角質が取れまくって肌がツヤツヤになりますという、ネットでよく見る邪魔な広告が画面いっぱいに表示されていた。
「見る人が見りゃわかるんだけど、あなたのレガ、今日オークションにかけられるみたいよ」
「オークション?!」
邪魔な広告が消え、真っ暗になった画面に飛鳥の
そして意味不明な記号や数字も表示される。
これが衛藤が言う「見る人が見りゃわかる」暗号らしい。
「どっかの金持ちに買われたら、その後を追っかけるのはきついわよ。ドリトルは盗品ロンダリングがすっごく得意らしいから……」
その言葉に飛鳥は覚悟を決めたように叫んだ。
「買い戻さなきゃ!」
誰かの手に渡る前に自分で取り返す。
オークションというのなら、全財産を使ってでも買い取ってやる……。
しかし衛藤はガッカリしたように首を垂れた。
「あのね。あれだけのレガリア、軽く億を超えるわよ」
「えっ?」
そんなこともわからないのかと呆れる衛藤。
「あなたのお父さんの手作りよ。世界中が欲しがるに決まってるじゃん! 私だって欲しいわよ!」
さらっと本音を呟きながら、衛藤は弱気になる飛鳥を叱咤する。
「オークションだろうが何だろうが殴り込んで取り返すの! 元々あんたのものなんだから!」
その言葉は飛鳥に再び火を入れた。
「そうだよね、行かなきゃ……!」
その調子よと衛藤は鼻息を荒くする。
「場所は駅前にあるパーカークインっていうライブ会場。開始時刻は午後2時。まだ間に合うわよ!」
車椅子のスピードが上がる。急な動きに振り落とされそうになるがなんとかこらえつつ、飛鳥は叫んだ。
「君も行くの?!」
「当たり前よ!」
衛藤は真剣な顔で飛鳥を見た。
「手伝ってあげるって言ってんの!」
「……ありがとう!」
「で、取り返したら私に……」
「それはダメっ!」
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