第12話 声が聞こえる
魔法は、
そんな当たり前のことが飛鳥には有利に動く。
真聴覚のスキルがどんなに遠く離れた相手の言葉も聞き取ってくれるから、どんな魔法を繰り出すつもりか先読みができる。
魔法の属性に合わせてバリアを発動していけば基本的に飛鳥は無敵だ。
極めてシンプルで無駄のない戦法だが、複数の敵を相手にする今の状況でバリアを頻繁に使うのは危険だろう。
誰もが同じ属性の魔法を使うわけじゃない。得意不得意がある。
違う属性の攻撃を同時に喰らったら、一つは防げても、一つは防ぎきれず、おまけにスキルの副作用で爆発してしまう。
さっきの待ち伏せはもう通用しない。
現在、三人の男が飛鳥を狙っている。
姿は見えない。
大木を壁にして身を隠しているのだ。
それでも彼らの声はちゃんと飛鳥に届いている。
上手く隠れていると思っているのだろうが、彼らのプランは既に読まれていた。
ブツブツ呟いてくれるおかげで、彼らがどこにいるのかすらわかる。
一人は風、もう一人は氷、最後の一人は炎。
それぞれが得意とする属性で攻撃を仕掛けるつもりのようだ。
「炎か……」
まず狙うべきは豪炎、集結という炎属性の魔法単語を積み重ねている男だ。
彼の攻撃を倍返しにしたら、林の中だと木々に引火して大惨事になる恐れがある。
魔法を発動させる前に倒れてもらおう。
たやすいことだった。
メイヴァースについていた特性、ハイスピードモードをオンにしたのだ。
それは走るを通り越して、瞬間移動に近いものだった。
相手からすれば信じられないことが起きた。
魔法単語を三つ四つ組み合わせて強烈な炎を腕にまとわせていたら、ターゲットが目の前に現れたのだから。
飛鳥の手が男の腹に触れる。
「うおっ……?!」
強烈なスタン攻撃に体を震わせながら、起きたことを理解出来ぬまま男は意識を失って倒れた。
仲間の一人があっという間に倒されて、残り二人がひるんだのがそれぞれの詠唱の詰まりでわかる。
一人は魔法の詠唱を止めたほどで、戦意を失ったのか、飛鳥から離れていく。
もう一人は逃げこそしなかったが、慌てたせいで詠唱が途中なのに魔法を発動してしまった。
空中に漂うビニール袋のような弱い風の塊が飛鳥に向かってふわふわ飛んでくる。
飛鳥はバリアを発動させ、その攻撃を倍にして返した。
突如威力を増し、何故か自分に向かってやって来た攻撃を男は防ぎきれず、
「ふざけんなよ、おい!」
残った一人が渡辺に牙をむいている。
「何が無能だ。とんでもねえ魔術師じゃねえか! 俺は降りるからな!」
「待て、話が違うだろ!」
「うるせえ、やってられるか!」
逃げようとする男、引き留める渡辺。
彼らのやり取りを耳にした飛鳥。
大声で怒鳴ってくれるおかげで、彼らが何処にいるか完全に把握できた。
近くにあった大木に手を触れ、ぐっと押す。
ゼロスタンによる強烈な電撃を何度も何度も浴びせている内に、幹にヒビが入って傾きはじめる。
折れた杉の木が渡辺達がいる方に倒れていく。
これには渡辺も、もう一人の男も、情けない絶叫を上げることしかできない。
男はこのままでは命を落としかねないと、
負荷がかかりすぎた
連れてきた戦闘のプロたちがあっさりと倒され、渡辺は一人になった。
「う、嘘だろ……」
渡辺からしてみればおかしなことの連続だ。
さあ戦いを始めようというイントロ段階で次から次へと味方が倒れていく。
あの無能王子に先読みされているとは思いもしない。
飛鳥はゆっくりと歩き出す。
初めて視界に渡辺の姿が映る。
「渡辺くん、何度でも聞くけど……」
「う、うるせえぇぇぇぇっ!」
ボクサーのような構えで飛鳥と向かい合う渡辺。
しかしそれ以上動けない。
飛鳥に触れると大ダメージを食らうことがもうわかっているようだ。
奴の足が震えている。
かつては姿を見ただけで吐き気がするほど怖かったのに、もうなんとも思わない。
今ならわかる。
こいつは大したことない。
「浮け」
飛鳥はマグネットの術を使って渡辺をつかみ、宙に浮かせた。
物体浮遊で人を浮かせることは重量の問題で不可能のはずなのに、力が強すぎてかえって使えないジャンクスキルであれば楽に持ち上げてしまう。
「お、おい! 何すんだよ!」
真っ赤な顔で飛鳥に罵詈雑言をあびせる渡辺。
「聞きたいことは1つだけ、
さっさと答えてくれればこんな事にはならなかった。
しかし渡辺は宙に浮いたまま強がりを吐く。
「お前なんか、アニキたちに頼めばひとたまりもねえんだからな!」
飛鳥はその言葉にがく然とした。
親に言いつけてやると泣き叫ぶ子供と変わらないじゃないか。
こんなやつに自分はめちゃくちゃにされてきた。
こんなやつに命より大事なものを奪われたんだ。
今まで感じたことのない黒い衝動に飛鳥は突き動かされた。
宙に浮かせた渡辺を大木に叩きつける。
もう一度高く上げて、また勢いよく叩きつける。
何度もやった。
渡辺の顔が血まみれになろうが、あばら骨が折れようが、その巨体を高く浮かせて、幾度となく叩きつける。
飛鳥はキレている。このままでは殺されると渡辺も気づいた。
「やめてくれっ! 話すから! 頼むっ!」
その声で我に返った飛鳥は渡辺を地面に寝かせた。
スマホを取り出し、カメラを動画モードにして渡辺に近づく。
「僕が持っていた
後々警察沙汰になったときのための証拠として使えるように、飛鳥はインタビュアーになろうと決めていた。
しかし渡辺の目はうつろだ。
「売った……」
「くっ……」
顔を蹴りつけたくなる衝動を必死でこらえる。
「僕が持っていたベルエヴァーを君は奪って、それを売ったんだね?」
小さくうなずく渡辺。
赤い血で真っ赤になった顔で口をパクパク動かす姿はまるで魚のようで、飛鳥は自分のしたことに後悔を覚え始めている。
しかし今は目の前のことに集中する。
「誰に売った?」
「ドリトルの
「ドリトル……?」
この言葉の意味はなんだろう。
問いただそうと思ったが、渡辺は目を閉じていた。
一瞬殺してしまったと焦ったが、息はしている。
しかしやりすぎたのは間違いない。
心のなかに後悔の念が沸き起こる。
飛鳥は財布に入れていた祖父の手切れ金を取り出し、十万円を渡辺のポケットに突っ込んだ。
これで足りるとは思ってないし、お金で解決する問題でもない。
すべてが終わったら警察に自首すると飛鳥は決めた。
だがまずベルエヴァーを取り返さなくては。
ヘッドホンをかぶり、メイヴァースの電源を切る。
不快な雑音が飛鳥を包む。いつもの日常だ。
林を出て、子供とボール遊びをしていた父親に声をかけた。
「遊歩道で人が倒れています。救急車を呼んでください」
そして足早に時の丘公園を抜け出る。
その時だった。
「ここからは一人だときついんじゃない?」
どこかで聞いた声。
振り返って目に入ったのは、車椅子の少女、衛藤遥香だった。
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