第10話 奇襲

 翌日、飛鳥は生まれて初めて遅刻という行為をした。


 朝の九時頃までグッスリ眠り、起きたあともだらだら支度をして学校に入ったのは十時半。

 しかも自分が所属するD組ではなく、A組のドアを開ける。

 そこにベルエヴァーを奪った渡辺一郎がいる。


 飛鳥は久野ちゃんが言ったとおり、ベルエヴァーを取り返すつもりでいた。


 授業中だったので生徒全員の目が飛鳥に注がれる。

 授業を中断された教師が不機嫌そうに、


「お前のクラスはここじゃないだろ……」

 と注意するが、飛鳥はそれを無視した。


「渡辺くんいる?」

 近くにいた男子生徒に丁寧に尋ねる。

 

 生徒は困惑しながらも、

「休んでる……」

 と教えてくれた。

 確かに机が一つ開いている。


「ありがとう」

 飛鳥はニコッと笑って今度はC組に向かう。


 そこに渡辺の取り巻きが二人いる。

 あの日、飛鳥の頭上に火花を散らして失神させた男たち。

 苦しむ飛鳥を見てゲラゲラ笑っていた奴らだ。


 ノックもせずドアを開けると、またしても驚きと戸惑いの視線を浴びる。


 飛鳥は二人の男を確認した。

 真ん中で仲良く隣り同士で座っている。

 飛鳥に気付くと二人の男は不機嫌そうに睨んできたが、ためらうこと無く近づいていく。


「ちょっとなに!?」

 女教師が怒鳴ってくるが、飛鳥はやはり無視する。

 彼の目にはあの二人しか見えていない。


発動機はつどうきを返して欲しいんだけど」

「ああ?」

 声を荒げて威嚇してくるが怖さはない。

 今までなんでこんな奴らにビビっていたんだろう。


「聞こえなかった? 君たちが僕を襲って奪い取った発動機はつどうきを返して欲しいって言ってるんだけど?」


 クラスメイトと教師の前で言い放ったことで男たちは慌てた様子。


「おい、なめてんのかおまえ!」

 一人の男が立ち上がって飛鳥の胸ぐらをつかんだ。

 飛鳥は表情を変えずその腕をつかむ。


「ゼロスタン、レベル2」


 そう呟いた瞬間、男の体が天井の隅まで飛んでいった。

 壁に背中と後頭部を激しく打ち、男の目が白くなる。

 その体は天井に張り付いたまま落ちない。

 頭をだらっと垂らし、その体はブルブル震えている。


 その姿を飛鳥は他人事のように見つめる。


「レベル1にしとけば良かったか」

 飛鳥は淡々と呟いた。


「初めてなんで加減がわからないな……」


 その瞬間、教室は、きゃあああっ、という悲鳴に包まれる。

 教師を含めた皆が一斉に飛鳥から離れていく。


 もう一人の男も逃げだそうとしたが、飛鳥は腕をしっかりつかんでいた。


発動機はつどうきを返してくれない?」

「知らねえよっ! なんなんだよ、お前?!」


 涙目になって飛鳥に脅える男。どんなに力を入れても飛鳥の腕が離れない。

 

「なら誰に聞けばいい?」

「渡辺さんだろ?! あの人しか知らねえよ!」


 頼むから手を離してくれと訴える男。

 飛鳥は知らないうちに男の手首を折りそうなくらい力を入れていたことに気付いた。


 パワーは並だと久野ちゃんは言っていたけど、それでもかなりの威力だ。


「なら、どこ? 彼と話がしたい」


 知らないと何度も首を振る男に飛鳥はこれ以上は何を聞いても無駄だと感じた。


「悪いけど、ちょっと痺れてて」

 

 その言葉に男の顔は真っ青になった。


「ま、まて、悪かった! 俺はただ……!」

「ゼロスタン、レベルゼロ」


 その言葉とともに男は膝を突いて地面に突っ伏した。

 目と口を半開きにしたまま死んだように動かない。


「いまさらごめんなさいなんて、どうでもいいんだ」


 飛鳥はマグネットスキルを使って男のポケットからスマホを奪い取った。

 失神中の男の指を使ってスマホの認証を解除して、電話帳から渡辺の電話番号を探し出す。

 電話をかけても一向に出ない。


 今や教室には他のクラスの生徒達も群がりはじめているが、誰も飛鳥に近づくことはない。

 天井に貼り付けにされた男、床でダンゴムシのように丸まる男を見て、あの無能王子がまるで違う人間になっていると脅えるばかりだ。


 渡辺は電話に出ない。

 そこで飛鳥は倒した二人をスマホで撮影して、それを渡辺に送ってみた。

 発動機はつどうきはどこにある? とメッセージを添えて。


 渡辺から電話が来たのはその直後だった。

 ヘッドホンをつけているので電話はスピーカーモードにする。


「おまえ、葛原か」


 その声はやや緊張でうわずっているように思えた。


「葛原、どういうことだ。説明しろ」


 しかし飛鳥は答える気など無い。


発動機はつどうきは?」

「……」


「ねえ渡辺君、そんなに難しい質問じゃないよね」


 返事はない。


「ちゃんと答えてくれないと、いずれ君を殺すかもしれない」


 嘘をついたつもりはない。

 ベルエヴァーを取り戻すつもりためには何でもするつもりだった。


ときおか公園で待ってろ。すぐ行く」

 渡辺はそう言って一方的に電話を切った。


「よし」

 飛鳥はスマホを投げ捨てた。

 恐怖で立ち尽くす教師に頭を下げる。


「すみませんでした。授業を続けて下さい」

 

 そう言って飛鳥は教室をあとにする。

 群がっていた生徒達が自然と道を空けた。

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