第9話 伝説は小さな部屋から始まった
アパートに帰るとすぐにメイヴァースのセッティングに入った。
惣菜屋で買ったコロッケを頬張りながら、木箱に入っていた取説を見る。
同梱していたケーブルを使ってスマホと接続し、スマホ経由でファームウェアを更新する。
メイヴァースは完全な音声入力方式になっているらしく、まずスマホに表示された文章を朗読して音声登録をすることになった。
読むように指示された文章は難解で、飛鳥には意味を理解できない。
「完全になるということは、自分が不完全だと認めることから始まる」
これは久野ちゃんのメッセージか、それとも誰かの名言なのか。
とにかくメイヴァースは飛鳥専用の
説明書にあるとおり、文字盤をくるりとまわすと蓋が開くようになっている。
中には丸いくぼみが七つ。
その内の一つが白く輝いている。
白は障がいスキルの証だ。
飛鳥のタレントである真聴覚を意味するものだろう。
その隣のくぼみには本来ビジュアルスキルを示す色が光るはずだが、飛鳥にはまだ宿っていないので、空洞のまま。
残り五つのくぼみにオプションギアを埋め込むことになる。
ひとまずテーブルの上に五つのジャンクギアを並べてみた。
何故これらがジャンクなのか。
久野ちゃんが書いたと思われるメモが紙袋に入っていたので読んでみる。
1.アブノーマルセンスブレイカー。
相手の五感に不具合を起こす。
視力をいじれば見えなくなり、味覚をいじれば味を感じなくなるといった具合。
効果持続時間が1秒しかなくて、子供がいたずらで使うような玩具にしかならず、まるで売れなかった。
しかもこのギアは回路に不具合があって自分にかかってしまう。
挙げ句、自分にかけると
これはあかん。
2.ゼロスタンショット。
威力は強い。しかも15分以上相手をマヒさせることができる。
ただ射程が短すぎて使い物にならない。
売れる売れない以前に知名度がなさすぎるし、あまりに趣味的。
ただ私は好き。
3.スリーウォール。
どんな攻撃であろうが3回は無効化できる。
ただバッテリーの消耗が激しすぎ。3回使っただけで完全に充電切れ。
おまけに感度がありすぎて、ちょっと転んだだけで壁が発動してしまう。
これなら攻撃を喰らった方がいい。割に合わない。絶対に売れん。
4.パーフェクトカウンター式バリア。略してパーバリ。
相手が繰り出した攻撃と同じ属性のバリアを発動すれば相手に倍の威力で返せる、これまた趣味的なギア。
ただ、違う属性が当たるとバリアが不具合を起こして爆発するという、自分だけじゃなく他人も巻き添えにする迷惑なオプション。
地方の中小企業が作ったけど使い勝手が悪すぎてまるで売れなかった。
もともと世に出回った数が少ないから、いずれ高く売れるだろう。しめしめ。
とまあ、四つのジャンクギアの説明を読んでみたが、いずれもクセが強い。
「無いよりマシか……」
最後の一つは、マグネットライフというスキルで、これは飛鳥も知っている。
ヤンファンエイクという会社が作った超ヒット商品じゃないか。
魔法の基礎中の基礎、物体浮遊を強化したもので、より速く、より強力に対象物を遠隔操作できる。
バトルより日常生活で使われることが多く、高層ビルの清掃や、屋根の雪下ろしなど、危険を伴う高所作業がこのオプション一つでだいぶ楽になった。
どの家庭にも必ず一つはあるってくらいポピュラーなオプションギアだが、久野ちゃんのメモ書きにはこう書いてあった。
5.マグネットライフ(磁力強すぎ使えないバージョン)
世界一売れてるオプションギアの珍しい不良品。
磁力が強すぎて対象物が直線的に動いてしまう。
使用者が怪我するかもしれない、おっかないギアになってしまった。
これをマグネットマグナムと呼ぶことにする。
略してマグマグだ。ださいな。
面白そうなので返品しないで色々遊ぼう。
「ほんとに面白そう……」
とりあえずくぼみにギアをセットしてみる。
ギアはピンセットがなければつかめないくらい小さく、また薄いので、不器用な飛鳥はくぼみにギアをセットするだけでも一苦労。
何回やってもくぼみに入ってくれない。
虫眼鏡が欲しい。
しかもそのタイミングで近くの道路をバイクが豪快に走り抜けたので、エンジン音を浴びたことで体が仰け反るくらいショックを受けてしまう。
その反動で手からメイヴァースがこぼれ落ちてしまい、どうにかセットしていた二つのギアも外れてしまった。
「ああ、もう!」
こういう積み重ねが自分を嫌うきっかけになる。
渡辺に痛めつけられたことで受けた傷も痛む。
今日はもう寝ようかと思ったとき、セットするつもりのなかったセンスブレイカーが視線に入った。
さすがにあれだけはセットしてもろくな事にならなそうだったので放置するつもりだったけど、ある考えが閃いた。
これを自分にかけたらどうなるんだろう……。
閃きは電流になって飛鳥の体を突き動かす。
センスブレイカーだけセットしてひとまず蓋を閉じる。
音声入力なのでスイッチ類は何もない。
懐中時計に手を置いて、
「メイヴァース、発動」
といえば、それで動く。
時計の文字が一瞬、赤くなったくらいでそれ以上の変化はない。
飛鳥の体にも特別変わった感じはない。
それでも飛鳥は声を震わせながら、ある魔法を発動させた。
「センスブレイク、聴覚」
直後に飛鳥を包んだのは、完全なる静寂。
自分が心から望んでいた世界。
ヘッドホンをとる。
何も感じない。
飛鳥は立ち上がって窓を開けた。
道路を走る車。
自販機のセンサーにスマホをかざす男。
腕を組んで仲よさげに歩く恋人たち。
聞こえてくるのは彼らの会話だけだ。
これからどうする?
お腹空いたから、何か食べよう。
声は聞き取れても、それ以外の雑音は入ってこない。
痛くない。
苦しくない!
飛鳥は両耳に手を当てながら、沸き起こる興奮を抑えきれずに体を震わせた。
「これだ……!」
葛原飛鳥。
やがて最強の魔術師と呼ばれることになる男の伝説の始まりは、この瞬間に訪れたといっていい。
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