第4話 車椅子の少女

 両親が送ってくれた荷物に心を救われた翌日。

 神武学園。いつもの保健室。

 

 飛鳥はいつになく真剣な表情でボトルのキャップに手をかざしている。


 手に力を入れれば入れるほど、机に置かれたキャップがカタカタ揺れる。


 効いてる……。

 いけるかもしれない! 


 興奮を抑えきれず、自然と笑顔がこぼれる。


 父が送ってくれた腕時計型の発動機レガリア

 文字盤の裏に刻まれた刻印を見ると、この発動機レガリアはベルエヴァーというらしい。


 長針と短針しかないシンプルな時計でありながら、真珠色の文字盤は宝石のように光り輝いている。

 さらに文字盤をくるりと回せば、ベルエヴァーは驚異的な力を引き出す。


 力を込めすぎて腕はぷるぷる震え、額からは大量の汗。

 このまま行くと脳の血管が切れてしまうってくらいになったとき、ふわりとキャップが浮き上がり、天井に貼りついた。


「やった!」


 飛鳥は絶叫した。


「浮いた! ほら!」

 

 誰もいないのに思わず指さす。


「やった……」


 16才にして、初めて魔法が使えた。

 長かった。本当に長かった……。

 自分だって、魔法は使えるんだ。

 初めて月面を歩いた宇宙飛行士じゃないが、他人から見れば小さな一歩だけど、飛鳥にとっては大きな飛躍だ。

 

 彼が全身で喜びを噛みしめる中、ベッドの布団がむくむくと動いた。


「うるさいわねえ……、なんの騒ぎ?」

 女の子がイライラした声でベッドから身を起こしたので、飛鳥は尻餅をつくくらい驚いた。今の今まで飛鳥以外に人がいると思ってもいなかった。


「ご、ごめん、起こしちゃって……」


 うろたえる飛鳥の顔を見て女の子はめんどくさそうにあくびをする。


「あー別にいいよ。サボってる私が悪いんだから」


 眠そうに目をこする。

 その顔立ちがとても綺麗だったので飛鳥は見とれてしまった。

 

 真っ白い肌に青い瞳。

 おそらく、ロシア系のハーフ、今はダブルといった方がいいのか。

 

 失礼な言い方かもしれないが、日本人離れした美しさがある。

 肩まで伸びた栗色の髪が朝の光に照らされてキラキラ光っていた。

 体は小さいが、手足はすらりと長い。

 全てが完璧。


 なのに、その態度も素振りもがさつな女の子。


「あー、ねむ」


 寝起きでボサボサになった髪に手を突っ込んでガリガリ頭をかきむしる。

 喉の奥まで見えそうなくらい大口開けてあくびする。

 制服のスカートがめくれ上がって白い下着が見えているのに、隠そうともしない。


「つまんないわね今日も。あんたもそうっしょ?」

「え、いや……」


 急にそんなこと言われても困るし、どちらかといえば今日は楽しいので返事に困ってしまうが、女の子は飛鳥に向かって手招きする。

 ひょいひょいと、手を上下にばたつかせるのだ。


「え、なに?」

 近づこうとする飛鳥だったが、


「君じゃない、後ろのあれ」

「あれ? って……、うわっ!」


 飛鳥の背後に置いてあった車椅子が気球のように浮き上がり、女の子の足下にゆっくりと着地する。

 女の子は両手を使ってひょいっと車椅子に飛び移った。

 エンジン付きの車椅子だ。

 どうやら彼女は下半身が動かないらしい。


 その点も驚きだったが、それ以上に彼女が使った魔法の凄さに飛鳥は息を飲んだ。


 おそらく彼女はレガリアのスイッチを入れていない。

 にもかかわらず車椅子をふわりと浮かせたのだ。

 ただの車椅子じゃない、エンジン付きの重量物だ。

 それをレガリア無しのしらふで持ち上げ、移動させたのだ。


 レガリアをフル稼働させてようやくキャップを浮かせた飛鳥とは大違い。

 さすが神武学園、凄い魔術師がいる。


「君の持ってるレガ、オーダーメイドでしょ?」


 ズバリ言い当てられて驚いた。


「そう、だと思う……」

 

 少女は興味深げに飛鳥の腕時計を見つめる。


「いいなあ。私にくんない?」


「だ、ダメだよ! 絶対にダメ!」


 これはただの道具ではない。絆なのだ。

 そう思ってつい声を荒げてしまうが、


「冗談よ、冗談」


 女の子は手を使わずに保健室のドアをピシャッと開ける。


「私、衛藤遥香えとうはるか。よろしくね、葛原の王子さま、飛鳥ちゃんだっけ?」

「……」


 名前を呼ばれただけで、いろんな感情が湧いてきた。

 葛原という名の知名度の高さに改めて驚き、王子呼ばわりされたことにいらつき、可愛い女の子に名前を覚えてもらっていたことが嬉しかったり、けど最終的にはちゃん付けされたのが悔しい。


 衛藤遥香はもう一度大きなあくびをした。


「さあて、今度はどこでサボろうかしら。またね」


 不謹慎なことをつぶやきながら衛藤は車椅子を走らせて出て行ってしまった。


「なんだ、あの子……」


 可愛かったけど、めんどくさそうな性格だなと思いながら、飛鳥は衛藤がぐちゃぐちゃにしたベッドの乱れを頼まれもしないのに直すのだった。

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