第3話 葛原飛鳥の取説

 飛鳥は予定通り、第一志望だった神武じんむ学園に入学することにした。


 祖父が言ったとおり、手切れ金はよほど無駄遣いをしなければアルバイトをしなくても神武学園で学べるくらいの金額があり、飛鳥はそれにすがることにした。


 借りたアパートも神武学園からそれほど離れていない場所にある。

 学生が一人暮らしするには十分なスペースだし、家賃もそれほど高くない。


 そもそも神武に進学することは祖父以上に飛鳥が強く望んでいたことだった。

 

 神武は魔法教育に関しては全国トップクラスだと言われている。

 ここで学べば不出来な自分も魔法が使えるようになると考えた。

 最後の望みを神武にかけるつもりだったのだ。


 だからこそ筆記試験では満点に近い成績を出したし、面接では自分が魔法使いとして無能であることを認め、それでもなおここで学びたいと熱弁した。

 

 家から追放されても、神武への入学を諦めるつもりはなかった。


 しかし、その考えが甘かったことを入学当日に思い知る。


 神武は魔法を一から学ぶ場所ではなかった。

 持っている能力を強化する場所だったのだ。


 魔法の発動とは、数学で例えれば1+1=2というような、基礎中の基礎にあたる。そんなことを教える人間も場所も、神武にはなかった。


 それでも学園が飛鳥を合格させたのは、無論、彼が葛原の人間だったからである。

 

 しかし今や、姓は葛原でも、葛原の人間ではない。

 ゆえに飛鳥を学園は持て余した。


 魔法の授業が始まると、飛鳥は保健室に行くことになった。

 誰もいない保健室で一人、ペットボトルのキャップを浮かすよう自習する。

 入学して一ヶ月経ってもキャップは浮かない。


 徐々にクラスメイトは気付く。

 

 葛原飛鳥は家を追放され、現在は一人暮らし、葛原の後ろ盾はもうない。

 葛原の人間でありながら魔法が一切使えない。

 あのヘッドホンをとると、普通でいられなくなる。


 葛原家には関わらないようにしようと距離を置いていたクラスメイトが次第に牙をむくようになる。

 

 そもそも反感があった。


 葛原家だからこその特別待遇への反感。何の才能もないのに神武に入ってきたことへの反感。どんなときでもヘッドホンを外さないことへの苛立ち。

 いつも自信なげに辺りをキョロキョロうかがう所作へのむかつき。


 ついたあだ名は無能王子。

 魔法の授業が始まり、飛鳥が保健室へ行こうとすると、教室は皮肉に満ちた拍手が沸き起こる。

 無能王子の退場です。お疲れ様でした! と叫ぶ奴までいる。

 

 そして飛鳥の体には生傷が増えていくようになる。

 

 下校中に背後から襲われ、ヘッドホンを奪われてしまい、数分間気絶したときもあった。


 二ヶ月経っても魔法は使えない。


 今日も意味もなくクラスメイトに後ろから何度も蹴られ、背中に痛みを感じながら飛鳥は帰宅した。


「もういやだ……」

 思わず呟いた。


 葛原の屋敷にいたときから陰口は叩かれていた。

 親戚の子供に石を投げられたこともあった。

 

 けど両親がいたから耐えられた。


「飛鳥は何一つ悪くない」

 いつもそう言ってくれたから。


 父に会いたい。

 母に会いたい。


 家を追い出されてからずっと思っている。


 二人は結婚式当日に始めて出会ったという、祖父の野心の被害者だった。

 なのに奇跡的に愛し合い、飛鳥を生み、息子が期待外れでも無償の愛を注いでくれた。

 心と体をズタズタにされても屋敷に両親がいるから耐えられた。


 なのに今は一人。

 悔しさも悲しさも孤独も、一人では背負いきれない。


 いけないとはわかっていても、頭に浮かんでくる言葉は「死」だ。

 それが唯一の救いに思えてしまう。


 天井をぼんやり見つめて、自分がそこに吊される姿をイメージしていたら、インターホンが鳴った。


 差出人不明の荷物。

 小ぶりなわりにずっしり重いダンボール。


 おそるおそる開けてみる。

 中にあるものを見て飛鳥は驚いた。


 腕時計型の発動機レガリア

 そして写真。

 両親と旅行に出かけたとき一緒に撮った写真がスタンドに入っていた。


 飛鳥は理解した。

 両親がどこかで見てくれている。

 

 こんな立派なレガリアを作れる人は世界中でただ一人、父しかいない。

 飛鳥が一番欲しいものをピタリと当ててくれるのは母しかいない。


 飛鳥は写真を胸に抱いて、泣いた。

 一晩中、泣き続けた。

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