第2話 魔法が使えないホームレスの少年

 葛原飛鳥にとって、発動機レガリアをつけても魔法が使えないということがどれだけみっともないことなのか。


 そもそもレガリアとは、人の能力を飛躍的に向上させる装備品のことだ。

 

 最大15分という縛りはあるが、小さな子供が10トントラックを軽々浮遊させる程度なら簡単にできる。


 レガリアとはつまり、15分だけ人間を魔法使いにさせる道具。


 もともとは発動機はつどうきと呼ばれていたが、いつしかレガリアと呼ばれるようになり、80年前に政府も公式の名称として認めた。


 日本から生み出されたこの発明は、古代から伝世してきた三種の神器の一つに加えても遜色がないものだし、日本人の象徴となるべき物だということらしい。

 

 発動機レガリアに代表される「解放事業」の発展は、オプションスキルという要素を生み出した。

 これはレガリアに自由に取り外すことができる特技ギアであり、各人の能力に違いを生み出す。


 飛鳥を追放した祖父、葛原十条くずはらじゅうじょうは、優れた魔術師として世界に名を知られていた。


 強力なレガリア、グレンヴァルドと、葛原家に代々伝わるオプションスキルを自在に操った彼は、まるで戦車のようなパワーで最強の名をほしいままにした。


 その力はアスリートの枠を越え、優秀な魔術師を輩出し続ける葛原家は今や国政に口を挟めるほどの権力を持つまでになった。


 飛鳥は、葛原の名に恥じぬよう緻密な計算に導かれて産まれてきた子供だった。


 飛鳥の父、のぼるは、優れたレガリアクリエイターで、彼の作り出したレガリアによって葛原製作所は世界的企業となる。


 この男にどの女性を組み合わせれば優れた素質を持つ子供が生まれるか、遺伝子レベルに及ぶほどの研究の末、飛鳥は生まれたのだ。


 計算通りなら、祖父を越える魔術師になる。

 祖父は飛鳥の誕生を熱望していた。


 しかしその期待は早々に裏切られる。


 飛鳥は生まれながら「真聴覚しんちょうかく」という極めてまれな障がいを持っていた。

 レガリアの発明以降、飛鳥のようなを持つ子供が生まれ出てきてしまうケースは少なからず存在していたが、飛鳥の真聴覚はその中でも最もひどいもので、国が指定する「障がいスキル」の一つだった。


 人の数十倍もの聴力を得てしまった飛鳥は、イヤーカフ、あるいはノイズキャンセリングヘッドホンを常用していなければ日常生活を送れない体になってしまった。

 ヘッドホン無しで外を出歩けば、爆音に耐えられず、その場で意識を失ってしまうことすらあったのだ。


 さらに、レガリアを身につけても魔法を発動することができない。


 優れた医者に診てもらってもその原因はわからず、真聴覚という障がいが妨げになっているかもしれない、というおぼろげな結論しか出なかった。

 

 レガリアをつけても魔法が使えないなんて人間、おそらく世界中を探しても飛鳥一人しかいないかもしれない。


 しかも、優れた魔術師を多く抱えた「あの葛原」の期待の星がこのザマだったわけで、周囲の失望は大きかった。


 この時から祖父は飛鳥を「失敗作」であるとみなし、同じ屋敷にいながら、いない人間のように扱い始めた。


 終わりが近づいていることが飛鳥にもわかった。

 いつ縁を切られてもおかしくないと感じていたから、呼び出されて追放を命じられても驚きはしなかった。

 来るべき時が来たと素直に受け入れた。

 

 なにしろ、追放されたあとのことをシミュレートしていたほどだったのだ。


 かねてから狙いをつけていた安いアパートをネットから予約する。

 不動産会社の担当と現地で会う約束を取り付け、飛鳥は安いカプセルホテルで一夜を明かすことにした。


 寝ている最中にヘッドホンが落ちないよう、ゴムバンドでしっかり固縛する。

 これをしないとまず眠れない。

 ただいつも見る景色とあまりにも違っているから、結局眠れなかった。

 帰る家がないという実感がいよいよ湧いてくる。


 これからどうなるのか想像も付かなかった。

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