第15話 城下町2

「本当によくお似合いです」


 試着をした私を見て、店員さんは両手を合わせて再度そう言った。

 こんなに「お似合い」って言われるのも初めてね……。

 私は恐縮しながら値札を見た。

 

 ――2着買うのは少し高い気がするわ。

 普段着は黒いローブになるだろうし……お出かけ着は一着持っていれば十分じゃないかしら。


「これを買います」


 店員さんに聞くと、彼女は残念そうに呟いた。


「もう一着もお似合いだと思いますけど……、お試しにならなくて、よろしいですか?」


「ええ、大丈夫です。……これ、このまま着て行ってもいいでしょうか」


 レオじゃないけれど、せっかく街に出たのだから、黒いローブじゃなくて少しお洒落な格好をしたかった。店員さんが「構いませんよ」と言ってくれたので、そのまま試着室を出た。


「よく似合ってるよ! いいね!」


 出ると今度はレオが店員さんと同じようなことを言ってくれる。


「……ありがとうございます」


 私は彼がそう言ってくれてる間に換金してもらったお金を出して支払いを済ませた。


「俺が出すのに」


 レオが残念そうに言ったので、再度お礼だけ言っておいた。


 私たちはお店を出て、レストランがたくさんあるという広場の方へ向かった。

 

 丸い広場にはたくさんの人がいて、石畳に沿っていろいろな露店が出ている。


「お祭りみたい……」


 活気の良さに驚いて、周囲をまたキョロキョロと眺めた。雑貨、花、骨とう品みたいなもの……露店には色々な物が売っていたけれど……、


「良い匂い……」


 私はふらふらと甘い良い香りに吸い寄せられた。

 掌くらいはある大きさのクッキーのような焼き菓子をたくさん並べているお店だった。


「甘いものから食べる?」


 後ろから追いかけてきたレオがそう聞いてくる。

 ……昼ごはんも食べていないけれど……。

 山籠もり中、甘いものとは無縁だったせいで、甘い食べ物を食べたい欲求が沸き起こってきた。


「……食べてもいいでしょうか」


 私が聞くと、レオは大きく頷いた。


「これ、有名なんだよ。食事前には大きすぎるから、半分に分ける? 今度は俺に奢らせてよ」


 私はクッキーの値段を見た。

 ……これくらいなら奢ってもらってもいいかしら。


「ありがとうございます」


 そう言うと、レオは満足そうに笑ってそのお菓子を買ってくれた。


 それを半分に分け、広場の中心の噴水横のベンチに腰掛ける。

 一口齧ると、素朴な甘さが口中に広がった。


「……魔法研究所って、男の魔法使いが多くて……女の子はいても、小さい頃から魔法使いの修行をしている子たちは、本当に魔女っていうか……、ちょっと雰囲気が怖くて」


 クッキーを齧りながら、レオが話し出す。


「そうなんですか」


「だから、なかなかソフィアみたいな普通の素敵な子と知り合えなくてさ」


 全部食べ終えたレオが私の手を握った。


「そうなんでか……え?」


 驚いて思わず声が裏返る。

 レオは爽やかに歯を見せて笑った。


「良かったら、またこんな感じで一緒に出掛けられたら嬉しいんだけど……」


 ……これって、もしかしなくても、誘われているというか口説かれているといるのかしら……? いえ、考えすぎ?


 私は硬直した。


 ……痩せただけでこんなに男性の態度って違うものかしら?

 社交場で声かけられたことないわよ、私。

 皆アリスに群がってしまうし。

 それとも、パーティーとかじゃなきゃ、街中ではこんなものなのかしら?

 どうしよう。レオは爽やかな感じのいい人だけれどライアンの兄弟子だし、微妙な心境だわ。


 ……どうしてここでライアンのことが頭に浮かぶのよ。

 そういえばあの人は会った時から終始態度が変わらないわね。

 最初に会った時は私、太ってたと思うけれど。

 そういえば三月は一緒に暮らしていたのに態度が全く変わらなかったわ。

 私に興味がないのかしら、それとも女性全般に興味がないのかしら。


「……ソフィア?」


 レオに顔を覗きこまれて、私はようやく思考の迷路から目が覚めた。


「はい、えぇっと……そうですね」


 そうもごもごしていたら、別の人に名前を呼ばれた。


「ソフィア?」


 私ははっとしてその声の方を見た。さっきまで考えていた人の声だったから。


「……ライアン?」


 声がした方には、高級そうな紺色の衣装を着た爽やかな男性が立っていた。ただ、目元を見ると、その人は髭やらボサボサの髪やら汚れた黒いローブやらがなくなって綺麗な仕上がりになったライアンだった。

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