第14話 城下町1

「城下町ですか……」


「そうそう。魔法薬の納品にね。ソフィアの師匠の調整がつくまで数日はかかるだろうし、暇だろう?」


 そう言われれば、それもそうだ。

 ここにいても、何をすればいいかもわからないし……。

 それに、できればお金を作っておきたいと思った。

 家から持って来たアクセサリー……追剥の人から取り返したものがいくつかあるんだったわ。城下町だったらそれをお金に換えられないかしら。

 食堂でご飯も食べてみたいし……。


「……お金を作りたいんですけど……、城下町で宝石なんかを換金できるところとか……知ってますか?」


「もちろん。案内するよ。じゃあ決まりだね」


 レオは爽やかに笑うと、「明日、早朝に出るから部屋まで迎えに行くよ」と言った。


 ***


 ――翌日。


「おはよう!」


 本当に早朝――日が昇る前くらいにレオが部屋をノックした。

 慌ててローブを着こみ、出迎えるとレオはローブじゃなくて普通の服装をしていた。


「これから馬車を出すよ。昼頃には城下町に着くはずだ」


 レオが馬車を動かすらしい。乗合馬車と違って一直線に行くから早いよ、と手綱を握りながら笑って言った。私はその隣に座らせてもらった。


 荷台には瓶詰めの薬がたくさん置いてある。ラベルにはレオの名前が印字してある。


「認定魔法使いになると、自分名義の薬なんかを売れるようになる。俺はもう何年も前に試験に通ってるから」


 得意げにそう言う彼に、私は別のことを聞いてみた。


「――黒いローブは着てないんですね」


 ライアンは始終黒ローブだったし、研究所の中ではみんな黒ローブだったから、ずっとあれを着ているものだと思ってたけれど。


「せっかく街に出るのに着ないよ。……しかも女の子と行くのに」


「そうなんですね。ライアンはずっと黒ローブしか着ていなかったから」


 山の中だからまぁ服装は気にしなくていいのかもしれないけど。

 黒ローブ一枚で通してたわね……。


「……あいつね、それしか持ってないからなぁ。恰好、気にしないんだよね。王子のくせに」


 レオは少し不服そうにそう言うと、私に言った。


「ソフィアも、街で服屋に寄るといいよ。服屋が並んでる通りもあるんだぜ。俺のツケで買えるし」


「服屋さん……寄りたいです」


 そう呟いた。山の中じゃ、私もずっとライアンに借りたズボン姿だったものね……。

 動きやすくてあれはあれで良かったけれど……。

 普通のドレス姿もライアンに見せたいかも……と思った自分に気がついて、私はため息を吐いた。


 アリスとの婚約話は進んでいるのかしら。

 山籠もりしていたくらいだし、まだ直接顔合わせなんかはしていないだろうけど。

 私、ローレンス家の人間だって言ってしまったし、さすがに姉だって気づくわよね。

 やっぱり、ライアンもアリスを見たら私と比べて綺麗だなって思うんでしょうね……。


***


「わぁー……」


 昼過ぎに到着したルーべニアの城下町はツェペリに比べてとても大きくて賑やかで、私は門をくぐると同時に声を上げて周りをぐるぐると見回してしまった。


 レオは広場にある薬屋さんに、積んで来たたくさんの瓶を納品すると、私をアクセサリーなんかを買い取ってくれるお店に連れて行ってくれた。店員さんがじゃらりと金貨や銀貨を手渡してくれる。


 ……お金が手に入って良かったわ。いまいちこれでどれくらいの物が帰るのかわからないけれど。


「この通りに洋服屋があるけど、見てから昼にする? 先に食べる?」


 馬車に乗りながらパンをかじって来たので、まだそんなにお腹は減っていない。


「先にお買い物をしたいです」


 そう言って、洋服屋さんが立ち並ぶ通りに入った。

 右を見ても左を見ても、色々な洋服がディスプレイされたお店が並んでいる。

 思わず気分が上がってしまう。


「案内してくれてありがとう。私は少しこの辺のお店を見て回るわ。レオも好きなところを見てきて」


 ずっと案内させてしまうのも悪いと思ってそう言うと、彼は笑って、「いいよ、買い物に付き合わせてよ」と言った。


「……そうですか?」


 首を傾げながら一緒にお店に入る。

 壁にかけられたいくつかのワンピースを手に取って見比べていると、横からレオが、


「ソフィアならどっちも似合うよ」


 と声をかけてきた。


「そ……うですかね……、そう言ってもらえると嬉しいですけど……」


 私は苦笑した。とてもかわいいデザイン。でも私には少し小さすぎる。

 こんなに腰回りや腕周りが窮屈だと入らないわね、きっと。

 レオはそんな私の様子を気にすることなく言葉を続けた。


「俺のツケでいいから、両方買えば?」


 驚いて、首をぶんぶん振る。


「……さっき、換金できたから大丈夫です」


 さすがにそこまでしてもらうわけにはいかない。私の答えにレオは口を尖らせた。


「気にしなくていいって。せっかく可愛いんだから、いくつでも買ったらいいのに」


 私は完全に固まった。

 この人、今私に何て言ったかしら。――可愛い?

 そんなことをグレゴリーやスザンナ以外に言われたのは初めてだわ。


 ……だって、私、太ってるし……可愛いわけ……、


 私は顔を上げて、壁に貼られた鏡で自分の姿を確認しようとして、再び硬直した。


 あれ? これ……私?


 鏡に映る自分は、前より1回り以上小さくなっていた。

 しかもやつれた感じではなく、自分で言うのも変だけれど、腕やら足やら腰まわりやらが良い感じに引き締まっている。

 肌が少し日焼けしているのが残念だけれど、かえってそのおかげでよりシュッとして見えた。


 ……山籠もりのせい?


 思えば、屋敷暮らしでは考えられないほど、山中をよく動き回っていた。

 しかも甘いものなんか一切食べてなかったし……。


 私は手に取ったワンピースを自分に当ててみた。


 ――ちょっと待って、全然窮屈じゃないじゃない、これ。


 余裕で着れそうだった。


「絶対、似合うから、両方買いなよ」


 レオが念押しするように言う。私は彼の表情を見て、硬直した。

 なんかキラキラするものを見る目で私を見ている……気がするんだけど。


 これは。

 彼の様子に私は見覚えがあった。

 社交場でアリスに話しかけていた男性陣がアリスを見ていた目だわ……。

 どこかの商人が持って来た珍しい宝石があるんですとか何とか言って渡そうとしていた……あの人たちと一緒の視線。


「……とりあえず、着てみます」


 私は混乱しながら、店員さんに試着を頼んだ。

 ちょっと冷静になるために、頭を冷やしたかった。


 試着室で大きく息を吐いて、ローブを脱ぐと洋服に袖を通した。

 やっぱり全然、余裕だわ。サイズがぴったり合う。

 店員さんが背中の紐を締めて、笑顔で言った。


「とってもよくお似合いですわ!」


 私は鏡の中の自分を見た。


 ちょっと待って。アリス程とは言わないけれど……私、可愛くない?

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