第13話 少し時間は戻って
『たぶんしばらくここを離れることになるけど……』という言葉だけを残してライアンは姿を消してしまった。
クロエさんの指示を待てとも言っていたけれど……。
水を浴びて、もらった黒いローブに着替えて手持ち無沙汰になった私は、とりあえず研究所の中を散策してみることにした。
研究所は中心に四角い建物があって、そこからいくつもの小さい建物への廊下が伸びている作りになっていた。広いので1日で中の構造を覚えられそうにない。
同じような黒色ローブ姿の子どもからお年寄りまで色んな年齢の人たちが中を歩き回っている。いきなり知らない人だらけのところにいると、居心地が悪かった。
ライアンってばどこに行ってしまったのよ。
ぐるぐる歩き回っていたらお腹が減ってきた気がする。
食事……はどこでしたらいいのかしら。
ライアンの部屋に行ってドアをノックして待ってみても誰も出てこない。ドアノブを回してみたら鍵はかかっていなかったので、「ごめんなさい」と声をかけながら扉を開けてみると、テント一式が散乱してごちゃごちゃの室内は誰もいなくてシーンとしていた。
「あれ? ライアンを探してる?」
声がして振り返ってみると、ライアンの兄弟子のレオさんが扉の前に立っていた。
「レオさん――。ライアンを知りません? どこかに行くみたいなことを言ってましたけど」
「ああ、ライアンなら実家を訪ねて城下町に行ったよ」
そう答えてから、彼はにっと人好きのする笑顔で言った。
「レオでいいよ」
……城下町……遠いのかしら。
ライアンがいないなら……この人に聞くしかないわね。
「すいません……食事って、皆さんどこで食べているのかしら?」
「中央に食堂があるけど、そこは金がかかるよ。棟ごとに調理場があって、たいていはそこで自分で作って食べるかな。食材庫があってそこの食材は自由に使って良い。修行中のやつが山で捕まえてきた肉やら何やらが置いてある」
「そんなことも言わずに行っちゃったのか、あいつは」とレオは笑った。
「急ぎの用事だったんですね」
「城下町に行く乗り合い馬車の時間だったからな」
レオはそう言ってから「調理場、案内しようか」と言ってくれた。
せっかくなので、案内してもらうことにした。
連れて行ってもらったところには、大きな
「まだ食事時前だから空いてるな……。時間になると混むんだ。で、こっちが食材庫」
レオが調理場の隣の部屋を開けると、冷気が噴き出してきた。
壁一面が氷で覆われた部屋。思わずぶるっと震えた。
見回すと、氷でできた棚にいろんな種類のお肉やら、野菜やらが置いてある。
「これ、自由に使って良いんですか!」
思わずはしゃいだ声を出してしまった。
ライアンとの山暮らしでは圧倒的に野菜が不足していたもの。
これだけあれば何だって作れそう。
……早速取り掛かろう、と思って私はレオを見た。
「もし作ったら食べますか? 一人分だけ作るのも難しいので……」
そう言うと、彼は顔を輝かせた。
「本当に? 嬉しいなぁ」
そう言ってもらえると、頑張らないとと思う。
幸い、調理場には色々な調味料も充実していた。
とりあえずお肉を焼いて、野菜のソースをかけたものを作る。
「色が……鮮やかだ……」
それを前に置くと、レオは感嘆したようにそう言ってくれた。
「そうですか……?」
自分で見ながら首を傾げると、ぶんぶんと首を縦に振る。
「いやぁ、自分で作ると塩と胡椒振って、焼いて終わりだし」
そう言ってあっという間にお皿を空にしてくれた。
……私の分が少なくなってしまったけど……まぁいいか。
私も自分の分を食べながら、レオに聞いてみる。
「クロエさんが私の魔法の先生を決めてくれるということなんですが……部外者がいきなり入ってきて、そんなに簡単に決めてくれるんですね……?」
改めて考えてみて、そんなにあっさり行くものなのかと不安になる。
年だって、私もう18だし……、こういうのって子どものころから修行するものなんじゃないかしら。それに学費とか……お金はかからないのかしら。
「ライアンの紹介だから、何の問題もないよ」
レオは事も無げに言った。
「え? そうなんですか?」
「だって、あいつ、この国の王子だしさ」
……王子って、国王様の息子の王子……?
びっくりしすぎて私は思わず口に運びかけたお肉をお皿の上に落とした。
「王子……見えない……」
私は呆然と呟いた。髪はぼさぼさだったし、髭は生えてるし、服もボロボロだし。私の知っている王子はツェペリのジョセフ様だけだけれど、ジョセフ様はいつもキラキラしてるようなイメージだわ。
「だよね。しかし、あいつは我が国ルーべニアの第2王子だ」
レオは面白そうに言った。
……第2王子……って、アリスと婚約のお話が進んでるとかいうような人じゃなかったかしら。私は完全に固まった。
「大丈夫?」と顔を覗き込まれて、「……世間は狭いですね」と小声で返事をした。
「最初に聞いた時は俺もびっくりしたよ。弟弟子が王族なんて。ですますつけて話してたな最初は」
私は手元の料理を一気に食べて心を落ち着けてから聞いた。
「――ルーべニアでは、王族の方も皆さんに混ざって一緒に修行をするんですね」
随分と風通しが良いというか……気さくというか……。
「いいや」とレオは首を振る。
「王族や貴族が魔法の訓練をしたい場合は、たいてい魔法使いを直接師として雇うことがほとんどだ。ライアンはちょっと特殊だよ。上の王子と母親が違うからか色々あって小さい頃にここに放り込まれたらしい」
「……そうなんですか」
私は肘をついて、テーブルを見つめた。
「正式な魔法使いになるのって……、難しいんですね。ライアンが試験が大変って言ってましたけど。自分は魔力量がないから……とか。何ていうか……王子でも、そのあたり厳しいんですね……」
公平というか何というか。
「――あいつはなぁ、実はすごいんだ。魔力量がないから、色んな魔法陣思いついて、それを補ってる。今までは魔法陣ってあまり使われてなかったんだ」
「そうなんですか」
「魔力があれば、そのまま魔法を発動させた方が早いし楽だからね。……だけど、魔法陣を使うと、魔力が少ない者でも、大きい効果の魔法が使える。……だけど、ここの上の魔法使いたちはあんまりそれを喜んでなくて、それに王族が正式な魔法使いになるのも嫌みたいでね。だから、ライアンを合格させたくないんだよ。だから試験で魔法陣禁止とかいろいろ厳しくしてて」
レオはため息を吐いた。
「認定試験が受けれるのは3回まで。ライアンは2回落ちてるから、今回が最後だ。受かってくれればいいと思ってるけど」
「レオは……ライアンと仲が良いんですね」
本気で心配しているようなその様子に思わず嬉しくなってそう言うと、彼は頭を掻いた。
「そうかな。――あいつの話ばっかりだな。ところでソフィア」
レオは私に向き直ると、仕切り直しのような笑顔で言った。
「明日城下町まで出るんだけど、君も一緒に行かない?」
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