第11話 (ライアン視点)3

「ライアン、こちらがツェペリ王国ローレンス公爵家のアリスさんよ。今年17歳になったばかり、あなたの3つ下ね」


 食事の席に行くと、母が席に座った金髪の少女を紹介した。


「ライアン様、初めまして。アリスと申します」


 彼女は立ち上がると、にこりと微笑んでスカートの裾を軽くつまんで頭を下げた。

 ……これは、確かに美人だな。陶器の人形が動いているようなだ。

 17歳、ということはソフィアの年子の妹……になるのか。


 俺はじーっと彼女を見た。

 ソフィアとは似ていないな。ソフィアは彼女――アリスより顔が丸い形で、綺麗というよりは少し幼いというか……可愛い印象だ。妹の方が大人っぽいな。こちらが姉だと言われても、見た目からはそう思うかもしれない。

アリスは確かに綺麗だが、俺はどちらかというとソフィアの方が……、


「ライアン、年頃の女の子をあまりじっと見つめるのは失礼よ」


 母親にそう言われて、俺ははっと意識を取り戻した。

 目の前のアリスは照れたように扇で顔を隠していた。


「――申し訳ない、失礼いたしました」


 慌てて頭を下げて、席に着く。母は満足そうに言った。


「アリスさんがあんまり綺麗だから見惚れていたんでしょう。ライアンは小さい頃から山奥の魔法使いたちのところに預けてしまったから……綺麗なお嬢さんと知り合う機会もなくて……失礼をごめんなさいね」


「そんな、滅相めっそうもありません。ライアン様は魔法が使えるのですね。私魔法というのを見たことがなくて……凄いですわ」


 アリスは顔を扇で隠したまま、こちらに視線を送った。


「ああ……そうですか……」


 俺は曖昧にそう答えて宙を見た。

 ソフィアを研究所に置いて出てきてしまったが大丈夫だろうか。

 レオに変に絡まれてないと良いが。

 あいつは良い奴なんだけど、少し軽薄というか……。


 そんなことを考えながら食事を口に運ぶ。

 しばらく魔物の肉ばかり食べていたから、上品な味付けの宮廷料理は物足りない気がした。……あのソフィアが作ってくれたパンチのある魔物肉の燻製が食べたい……。


 はぁ、と大きくため息をつくとローレンス一家が困ったように顔を見合わせた。


「――ローレンス家にはもう一人お嬢様――、アリスさんの姉上がいますよね」


 そうローレンス公爵に問いかけると、一家は余計に困った顔でお互いを見合わせた。


「は……はい。確かにもう一人、この子の姉がいますが――」


 どうして知っていて、何故その話題をここで、と大きく顔に書いて公爵がもごもごと話した。


「……ただ、病弱で家に閉じこもっております――」


 取り繕うようにそう答える。

 病弱……?

 俺はバラバラになった一目ひとつめ猪を川に漬けた横で燻した肉をもぐもぐ食べていたソフィアを思い出して、思わず吹き出しそうになった。

 ……どこがだ?


 それにしても、娘が家出していることは隠しているのか。


 『探して……いるかもしれないけれど、戻ってきてほしくて探してるんじゃないと思うわ。どこかで野垂死んだりしていたら、人聞きが悪いからとか、そういうことだと思うけれど』


 ソフィアの言葉を思い出した。


 俺はローレンス一家を順に見る。

 彼らにとってソフィアは扱いの軽い存在なんだろうか。


 そう思うとムカムカしてきたので、俺はフォークとスプーンを置いて立ち上がった。


「ライアン?」


 母親の困惑したような声に、「満腹なので、部屋に戻ります」とだけ告げて食卓を去った。


 1年ぶりの王宮の自室に戻って頭を抱えた。


 客人に対して態度が失礼すぎただろうか。

 ――いや、どっちにしろ俺はこの見合い話を受ける気はないし、態度で示した方が相手にも伝わって良いだろう。

 ……ソフィアと俺が知り合いで、彼女が魔法研究所にいることを伝えた方が良いだろうか。

 ――いや、ソフィアは家が嫌で出てきたのだから、俺が勝手にそのことを伝えてしまうのは良くないだろう。

 そもそもあの家族はソフィアの行方を捜しているのか?


 ぐるぐると考えを巡らせ、ため息を吐いたところでドアがノックされた。


「入るぞ」


 兄だった。


「お前、客人に対してあの態度はないんじゃないか。母上も父上も客人も困っていたじゃないか。悪い話ではないし……あんな美人が相手で何が不満なんだ」


「態度が悪かったとは思いますが。俺はこの話を受ける気はないですし、何より――、あの家の長女の方……アリスの姉を知っているんですよ」


 兄は目を丸くする。


「病弱で家に閉じこもっているとかいう? ……何で聞いてもいない姉のことを聞いたのかと思ったが……知っているとは。隣国の公爵家の令嬢とどこで知り合った」


「ツェペリの山奥で」


 俺がそう言うと兄上は首を大きく傾けた。

 まぁ、いきなりそう言われてもわけがわからないよな。


「認定試験に向けて魔法の修行をしていたんです。そこで家出したらしい彼女――ソフィアと会った。探して欲しいと頼んだ料理人を追ってルーべニアに行く途中だったらしいです。料理人を捜している世話になった人というのはその彼女です」


「……家出? 病弱というのは……」


「すごく元気ですよ。今、魔法研究所にいます。家に居場所がなかったということだし、魔法の才能もあるようだから、研究所で魔法を勉強できるよう、師を紹介するつもりでした」


 俺は兄上に言った。


「良いですよ。だから彼女が家を飛び出るほどの扱いをあの家族がしていたのかと考えると、愛想良くできなかった」


「……そういう事があったのか……。いや、世間が狭いな」


 兄上はうーんと首を捻った。


「では、お前は今回の話を全く受ける気はない、と」


「そうです。父上と母上にも言いましたが、俺には領地の管理は向いてない。魔法使いとしてやっていくつもりです。……認定試験も何とかするつもりですし」


「――しかし、お前にとっても悪い話ではないと思うんだがな。我々としてはツェペリの魔法資源を活かしていきたい――そうなれば、魔法について学んだお前が適任だと思う」


 俺は黙り込んだ。そう言われると、確かに……とは思う……が、


「どちらにせよ、彼女――アリスと婚約する気はありません」


 兄上は「ふむ」と呟いてからじっと俺を見た。


「では、そのソフィアという姉は? 彼女はローレンス家の長女だろう。知り合いだと言うし、いっそその彼女と婚約するというのは――?」


「――は?」


 突拍子もない提案に俺は声を上ずらせた。


「世話になったと言って人捜しをしてやるくらいだろう。親しいんじゃないのか」


「な、何を言っているんですか? 確かに世話になりましたが、それで婚約云々の話は一足飛びではないですか……」


「我々としては、ツェペリの貴族でしかも、国境沿いの領地を持つローレンス家と血縁関係ができれば有難い。そこの娘にお前が好意を持っているのであれば、それほど都合が良いことはない。大体、魔法使いと領主と両方やればいいではないか。最初から向いていないと言い切ってしまうのは勿体ないぞ」


 うんうん、と1人で頷く兄を俺は呆然と見つめた。


「いえ、そもそも……好意……」


 好意? 俺がソフィアに?

 確かに彼女の魔物をどう美味く食べるかを試行錯誤して頑張る姿が好ましく思ったし、山籠もりで不味いものを延々食べ続けて心が折れかけていた時に助けられて救われた思いもあるが……、


「好意があるのではないか? お前から『いい』なんて言葉を聞いたのは初めてだが」


 兄は面白そうに言った。

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