第10話 (ライアン視点)2

 魔法研究所から王都までは馬車で半日の距離だ。週に数回往復している相乗りの馬車に乗りこんだ。揺られているうちに眠くなり、目が覚めたら窓の外に王宮が見えていた。


「どなた様ですか」


 案の定、王宮の入り口で衛兵に止められる。

 最後に帰ったのは1年以上前なので、まぁ仕方がない。


「王妃か王子をどっちか呼んでくれ」


「何だその不遜ふそんな態度は!」


 衛兵ともめていると、「ライアンじゃないか!」と明るい声がした。

 兄上――腹違いの兄の第一王子、ディルクだった。

 「第2王子のライアンだよ、入れてやれ」と衛兵を下がらせてから、兄上は「久しぶりだな」と笑った。


「母上からの手紙を読んで戻ってきました」


「ああ、お前の婚約者探しの件か。いい相手が見つかったと、母上がはしゃいでいたぞ」


 兄上はそう茶化すように言ってから、耳打ちした。


「お相手にと選んだのはすごい美人なご令嬢だ。――俺が独り身だったらと思うほど」


 この兄は昨年結婚した。1年前に王宮に戻って来たのは、その結婚式だった。


義姉あね上に言いますよ」


 そう言うと兄は肩をすくめた。

 ……ん? ちょっと待て。


「兄上、どうして相手の顔を知っているんですか? 絵でも見ました?」


「気が早いもので、母上がお相手家族を王宮に招待したんだ。タイミングが良い時に戻って来たな。まだ滞在中だぞ」


 ちょっと待て。俺の意見も聞かずに勝手に呼ばないでくれ。

 俺は早歩きで母親の元へ向かった。


「母上! ライアンです! 戻って来ました! 勝手に話を進めないでください!」


 母上と父上のいる部屋に入って開口一番にそう言うと、二人は俺を見て口をぽかんと開けた。


「あら、まぁ、ライアン! 久しぶりね! そんな恰好で……」


 母は俺をつま先から頭まで何度も見て、呆れたような顔をした。

 山籠もりから戻ったまま、髭も剃らずに来たから、そう言われても仕方ないが……。


「格好の話ではありません。見合い話を勝手に進めて、しかもお相手の方をこちらへ招待したとか!? どうして人のいないところでそう話を勝手に進めるんですか!」


「まぁまぁ」と俺を諫めたのは父上だった。


「良い話だから進めたんだ。お相手は隣国ツェペリの公爵家の令嬢だ。――ツェペリは魔法資源が豊富なのはお前の方が良く知っているだろう」


 確かに、隣国ツェペリは自然界の魔力が強い場所だ。

 魔力が強い薬草なんかがたくさん獲れる。

 同時に魔力が強い魔物が多い――だから、山籠もりもツェペリでしていたんだが。


「ところがツェペリはそれに全く活用していない。魔法使いが国にほとんどいないからな。そこで私たちはそれを活用したいわけだ……」


 父上は俺を見つめた。


「お前にはツェペリとの国境境の領地を任せ、ツェペリの魔法資源を我が国に活かす方法を探ってもらいたい。お相手としても、私たちと近づきたいということで、この縁談に大変乗り気だ」


「それに、とっても綺麗なお嬢さんなのよ。あなたも見れば乗り気になると思うわ」


 母上がはしゃいだような声で会話に割り込む。


「……俺は魔法使いとしてやっていくつもりで、領地とかはやりたくないんですが……向いていない」


「だって、ライアン……あなた魔法使いの認定試験に受かりそうもないんでしょう?」


 母上はため息交じりに言った。


「いえ、この数月修行してきましたので、何とかなります!」

 

 そう言いはったものの、母は聞く耳を持たない。


「まぁ、とにかく一目お相手のお嬢様に会ってみなさい。良いタイミングで帰ってきてくれたわ。ディルク、夕食までにライアンの見た目をどうにかして来て!」


 兄は「とりあえず会ってみろよ」と耳打ちして、俺を引っ張って行った。


「全く、あなたはどうして身なりに無頓着なのかしら」


 使用人に髪を整えられる俺を見ながら、義姉あねは腕組みをしてため息交じりにそう言った。


「ライアン、今の流行りの衣装はこれだぞ。襟は白に桃色のスカーフを合わせるんだ」


 兄上が意気揚々と洋服一式を持って部屋に入ってくると、彼女はそんな夫を見てまたため息交じりに言う。


「――――ディルクは、気を使いすぎなのよ。全く、間をとれないのかしら……」


「何か言ったか? お前、どう思う。この流行りの組み合わせがやはり良いだろう」


「――お相手は隣国からいらした方でしょう。こちらの流行りなんて知りませんよ。桃色だなんんて、女の子みたいじゃないですか。ライアンはもっとこう……、紺色か何かの襟で締めた方が似合います」


「……そうか……、なら選び直してこよう……」


 義姉に意見されしゅんとした兄上は服を持って部屋を出て行った。

 そして、しばらくして、紺色でまとめた服一式を持って戻って来た。


「これでどうだ」


「あら、いいんじゃないでしょうか」


 義姉は満足そうにそう言うと、その服を俺に「着てみなさい」と押し付けた。


「……あら素敵」


 言われるがまま袖を通してみると、義姉は手を胸の前で組んでそう呟いた。


「とっても良いわよ、ライアン。あなた、やっぱり普段からきちんとした格好をしないと勿体ないわ」


 そうか? と鏡の中の自分を見る。

 そう言われても山奥でこんな洒落た格好をしていても仕方がないしな。

 

「……俺の服を貸してるからな、当然だ」


 兄は少し拗ねたようにそう言った。義姉は「あら」と夫に微笑みかける。


「そうね。あなたはいつも気を使っていて素敵だわ」


「まぁ、とにかく、見た目はそれで十分だ、ライアン。自信を持って行ってこい」


 兄上は急に笑顔になって俺の背中を叩いた。


「――もう少し、自分の衣装だけではなく、私のことも気にかけてくださるといいんだけど」

 

 しかし、ぼそりと付け加えられた義姉の一言にぎくりと動きを止めて、「今度、新しいドレスを作らせよう」とぼやいた。


 この二人は仲が良いよな。


 とふと、俺は今まで二人に対して抱いたことのない感想を持った。

 この二人は一緒にいて、とても自然な感じだ。

 俺も一緒になる相手を見つけるなら、こんな感じの雰囲気を作れる相手が良い。

 自分の婚約話が具体的に出てきたからだろうか。

 今までに考えた事がない、そんなことを考えた。


 そして、兄に言っておくべきことがあることを思い出した。


「兄上、探したい人がいまして――、協力してもらえませんか?」


「人探し?」


「はい。グレゴリー=エヴァンズとスザンナという夫婦です。料理人で、ツェペリのローレンス公爵家で料理人をしていたそうなのですが、ルーべニアの出身で四月ほど前に戻って来たとかで……グレゴリーの方は魔法も少し使えるようなのですが」


「ローレンス公爵家?」


 兄は不思議そうな顔をした。


「お前の見合い相手じゃないか」


「――は?」


「お前の相手として来てくれているのが、ツェペリのローレンス公爵家だ」


 俺は何度も瞬きした。

 ソフィアの実家……だよな?


「何で、そこの料理人を探したいんだ?」


「……世話になった人が……世話になったとかで……」


 俺の答えに兄上は「世話が世話?」と左右に首を傾げてから、にっと笑った。


「まぁ何でもいいか。お前から頼み事をされるのも珍しい。料理人繋がりで知っている者がいるかもしれないから、宮殿の料理人に聞いてみよう」


 「さあ、夕食の時間だ」と兄上は呆然とする俺の肩を叩いた。


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