第9話 (ライアン視点)1
実家からの手紙――。
内容はだいたい想像がつく。俺は内心で深くため息をついた。
「わかりました。師匠、ソフィアにローブも支給してもらって良いですか?」
師匠は引き出しから木札を一枚取り出して俺に投げた。
これを持って、管理室に行くとここにいる魔法使いの標準服の黒いローブがもらえる。
ソフィアは俺が貸したズボンとシャツ姿だ。その恰好でふらふらしてたら目立つだろうし。
「行こう。ついてきてくれ」
師匠に一礼して部屋を出た。
魔法研究所はルーべニアの郊外、山間部に立つ石造りの建物だ。昔の宮殿だった跡地を使っていて、内部は広く、国の大半の魔法使いがここに住居を持っている。俺は建物中央の管理室でローブを受け取ると、ソフィアを師匠の管理するエリアの空き室に案内した。
「ここは師匠の管理してるとこだから、好きに使っていいよ」
魔法使いとして正式に認定を受けた者は、建物内に自分の管理する場所をもらえる。その区域が広いほど、魔法使いとしての地位があるってことだ。
俺は認定を受けていないので、師匠の区域に仮住まいさせてもらっていることになる。
「ありがとう……」
「洗面所もついてる。水魔法を使って自由に使ってもらって構わない。……魔法陣、描いておこうか?」
部屋を見回すソフィアにそう聞くと、「大丈夫」と首を振った。
「水を出すくらいはできるわ。火と水は基本でしょう」
そう、山籠もりしている間に火と水の魔法についての基本的な魔法陣は教えたんだったっけ。飲み込みが早いなと感心してしまう。
「じゃあ、俺はちょっとレオのところに行ってくる。たぶん、しばらくここを離れることになると思うけど……、師匠から何か連絡が来ると思うから、それに従ってくれ」
必要なことを伝えてから、付け加えて聞いた。
「そうだ、会いたいって言ってた人について教えてくれるか? 俺の周りで探せるか聞いてみる」
「グレゴリー=エヴァンスと、スザンナという夫婦なの。グレゴリーは料理人でスザンナはメイドをしていたわ。グレゴリーは少し魔法が使えたわ」
「わかった。あんたの屋敷の料理人だったんだよな。あんたの家は……」
ソフィアは隣国ツェペリのどっかの貴族の娘だったよな。
どこの家か聞いておけば調べやすい。
ソフィアは重たそうに口を開いた。
「ローレンス……ローレンス公爵家よ」
「……そんなにいい家だったのか」
思わず感想を漏らした。公爵家といえば、王族の親戚筋じゃないか。
そんなとこの家の娘がどうしてあんな山の中であんなことになっていたのか。
ソフィアは肩をすくめて「そうね」と呟いた。
俺ははっとして、彼女の肩を叩いた。
「それだけ情報があれば見つけられると思う」
出自をあんまりはっきり言いたくないのは俺も一緒だ。
俺の父親はこの国の国王だ。俺の身分はこの国の第2王子になる。
本来なら王宮で暮らしているはずなんだが――、小さい頃に王宮を出て師匠のところに弟子入りした。理由は、母親が王宮内の権力争いから逃がすためだった。
兄たち――第1王子と第2王子と俺は母親が違う。父上の先妻は早くに亡くなって、俺の母親は後妻なんだが、それが事をややこしくした。宰相をしていた母方の祖父が俺を後継者にさせようとしたせいで、王宮内で派閥が分かれて大変だったらしく、争いを好まなかった母親が、「この子は後継者にしませんよ」という意思表示で俺を魔法研究所に放り込んだ。
結果として――、魔法の才能はそんなになかったものの、魔法の面白さに目覚めた俺は、魔力量が少なくて済む魔法陣魔法を頑張り、今にいたる。
「――レオ、うちの実家からの手紙を預かってるって?」
俺は兄弟子の部屋のドアをノックした。
「ああ! たくさん届いてるぜ」
レオは箱に入った何通かの手紙を俺に押し付けた。
王妃の封印がされている。母親が書いた手紙だ。
俺はその場で封を切った。
『ライアンへ。お見合い話が来ています。至急顔を見せに戻ってきなさい』
『ライアンへ。返事がありませんがどうしていますか。お相手の女性はとても美しいお嬢さんです。あなたもそう思うに違いないわ。詳しく話しますので、楽しみに戻ってらっしゃい』
『ライアンへ。どうして返事を返さないのですか。この手紙に返事をしない場合は、使いを送りますよ』
「……」
俺は思わず手紙をくしゃっと握った。
思った通り、結婚の話だ。
そろそろそんな話が来るかと思っていた。
俺が魔法使いの修行を初めて早10年以上。母親が俺を王位継承から遠ざける姿を見せた事で、すっかり派閥争いは治まり、家族はみんな仲良くやっている。
……それは、それでいいんだが。勝手なことに、家族は王宮から遠ざけた俺を可哀そうだと思い、王族としての暮らしに戻らせようとしているらしい。つまりは、しかるべき領土を与えて、そこの領主にしてやろう、ってことだ。そして、それには結婚が前提となる。
俺としてはちょっと待てと言いたい。確かに最初は才能がなくて嫌々やっていた魔法の訓練も、魔法陣で魔法を発動させる方法を身に着けてから面白くて仕方なくなった。今さら、領主としての暮らしができるかと言われればできる気もしない。それに結婚しろと言われてもまだする気もしない。勝手に話を進めないで欲しい。
「どうしたって?」
「見合い話を親がまとめているようだ。家に帰らないと迎えをよこす、と」
そう答えるとレオは面白そうに笑った。
「王子様はいいね。親が美人な令嬢を連れてきてくれるわけだ」
「顔も知らない相手だぞ。急に言われても嬉しくない。どっちにしろ、いったん王宮に戻るよ」
ため息交じりにそう言うと、レオは不意に真面目な顔になって聞いてきた。
「あのお前が連れてきたかわいい
「ソフィアのことか? 家出したツェペリの貴族の娘だ。山中で偶然会ってな。料理が上手い。食事を作ってもらった」
魔物を食べたことはレオにはまだ言っていないので、端的にそれだけ説明して、俺は黙る。
……何だか、もやっとするな。
「貴族の娘で料理ができるのか? 珍しい。良いじゃないか」
うんうん、と変な笑顔で頷くレオを睨む。
「何が良いんだ」
「いや、料理ができる貴族の娘なんてなかなかいないだろ。たいていは出てくるもの食べるだけですっていう。ちょっと付き合う分にはちょうど良いが、魔法使いが一緒になるならそれくらいできる
魔法使いは研究などのために人里離れたところで暮らすことが多い。
結婚して一緒に暮らしたいなら、都会での屋敷暮らしができないので料理などはできるにこしたことはないが……、
「それはそうだが……」
俺は言葉を濁した。レオの言葉は妙にイライラするな。
「世話になったってのは、お前のことだから、本当に飯を作ってもらっただけなんだろうなぁ」
うんうんと勝手に納得顔のレオに俺は突っかかった。
「その言い方はどういう意味だ」
「そのまんまだよ。お前は硬いからなぁ」
レオは呆れ顔で言う。
……言わんとしていることは、わかった。
ソフィアと男女の仲的なことが何もなかっただろう、ということだろう。
そんなこと意識すらしなかったな。
魔力量増やすことだけしか考えてなかったし。
試験に合格して正式に魔法使いとして認定されなきゃ、どっちみちここを離れて王宮に戻らないといけないから。
俺は魔法の研究を続けたかったし……。
そんなことをうだうだ考えていたら、レオは呆れ顔のまま俺の肩を叩いた。
「まぁ、迎えが来る前に家に帰れよ。仰々しく使いが来たら上のやつらがうるさいぞ」
魔法使いの組織の上部は王族と反発している。
王族は魔法使いが力を持ちすぎないように、いろいろと厳しい制約をかけてくるからだ。
だから関係者が内部に入るのをあまり歓迎しない。
俺は「すぐ帰ってくる」と言って、部屋に戻って荷物をまとめた。
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