第8話 帰還
少しだけど、魔法が使えるようになった私はライアンが魔物を捕まえるのを手伝うようになった。
危ないから止めろって言われたんだけど、せっかく覚えた魔法っていうのを使ってみたいっていうのもあって、「邪魔しないから」と言ってついていかせてもらった。
魔物の捕まえ方は、基本的にはライアンに最初に会った時に追い剥ぎの人たちを捕まえたような、そこを踏むと相手を捕まえる魔法がかかった魔法陣の罠を仕掛けて、そこに魔物を追い込む方法だった。
「ソフィア! 横、横!」
え、と思って横に首を向けたら、草むらから赤い魔物の瞳がこちらを睨んでいた。――また一つ目猪だ。
何、私、猪に好かれてるの?
「きゃあ」と叫び声を上げて魔法陣の罠の方へ逃げこむ。
後ろを突進してきた猪は、光る縄に縛られて地面に転がった。
私は腰を抜かしてそれを見ている。
「――俺だと、警戒してか最近、全然魔物が出てこないんだけど」
そんな私の様子を見て、ライアンが面白そうに呟いた。
「あんたがいるとすぐに出てくるな……。これだと、楽だ。次からついてきてもらった方がいいかも」
「――餌、的な意味?」
ちょっと口を尖らせてそう言うと、ライアンは笑って言う。
「まぁまぁ。絶対あんたに怪我はさせないから安心しろよ」
まぁ……魔物を捕まえるのについて行かせてって最初に言ったの私だしね。
そう言いつつも、「絶対あんたに怪我はさせない」の部分で少しどきっとしてしまった自分がいた。
日付はあんまり数えていないけど、そんな感じで暮らすことさらに一月。
今まではライアンに魔物を獲りに行ってもらって、私は調理で役割分担をしていたけれど、獲りに行くのに一緒に行くようになってから、自然と会話が増えた。
「ライアンって……何歳なの?」
今さらながら気になっていたことを聞く。
どうしよう、かなり年上とかだったら。いつの間にかかなり気さくに話すようになっちゃったけど。
「今年、20だ」
――言われてみれば、やっぱり、それくらいかと思った。
髭やぼさぼさした見た目のせいで、初めはかなり年上かと思ってたけれど、話しているとそんなに離れている気がしなかったもの。
「ソフィアは」
「18よ」
私は答えてから、少し笑った。
「何か面白いか?」
「いえ、だって、今さらね、年を聞くのも」
かれこれ山で共同生活をして二月ほどになるのに、あまり個人的な会話はしたことがなかった。聞かれないから、聞くのも悪いと思ったのもあるけれど。
「そうだな……。あんたはツェペリのどこかの貴族の娘だろう」
ライアンの言葉に私は頷く。ツェペリは私の国の名前だ。今いるこの山はライアンの出身国ルーべニアではなく、ツェペリの領地らしい。
「ここに引き留めてしまっているが、家族は探していないのか。ルーべニアに料理人を訪ねたいと言っていたが……」
私は肩をすくめた。
「探して……いるかもしれないけれど、戻ってきてほしくて探してるんじゃないと思うわ。どこかで野垂死んだりしていたら、人聞きが悪いからとか、そういうことだと思うけれど」
「家の居心地が悪かった?」
そう聞かれて「そうね」と呟くと、ライアンは「そうだろうとは思っていたが」と頷いた。
「せっかく魔法が使えるようになったんだ、ルーべニアに行くなら、魔法の勉強をすればいい」
ライアンの言葉に顔を上げる。
「魔法の勉強……、私が?」
「魔法を教えてるところにツテはあるんだ。魔物をどう食べるかとか……あんたの色々考えて工夫するところは魔法使い向きだと思う」
真っ直ぐにそう言うライアンの言葉に、私は返事ができなかった。
「何かに向いてるなんて言われるのは初めてだわ。……お世辞でも嬉しい」
そう言うとライアンは「いや」と首を振る。
「お世辞じゃない。思ったから言ったんだ」
私は思わず笑ってしまった。確かにライアンはお世辞を言うタイプじゃないわね。
思ったことは何でも口に出すタイプだ。
「ありがとう。……それは、いいわね」
普通じゃできないことを起こせる魔法は面白い。
私は魔法使いになった自分を想像して、心が弾むのを感じた。
――それからさらに一月くらい経ったころ、ライアンは「もうそろそろ頃合いだ」と言った。最近では魔法で火をうまく起こせるようになっていた私は、テントの前で昨日捕まえたトカゲみたいな魔物のお肉を香辛料で漬け込んでたのを強火で炙っていたところだった。
「頃合いって?」
「かなり魔力量が増えた気がする。――試験も近いし、そろそろルーべニアに戻っても良い頃合いだ」
「そう! 良かったわね!」
私は嬉しくなって手を叩いた。
ここまで生活を一緒にしていると、自分のことのように嬉しい。
「まだ、試験に受かったわけじゃないけどな」
「でも、何とかはなりそう?」
「前より、全然」
そう言ってライアンは頷くと「
空中に火の玉が10個できあがって、空中に飛び上がって空で大きな音を立てて爆発した。
驚いた私は思わず火をコントロールする意識が乱れて、炙っていたお肉を火の塊で包んでしまった。
「前なら一度に5個が限界だったけど、今は10個出せる」
満足げに頷くライアンの横で黒焦げになった塊を見ながら、呻いた。
「あぁああ、炭みたいになっちゃった……」
「魔法を使っている時は常に冷静さが必要だ」
恨み顔の私にライアンは笑いながらそう言う。
「今あるものを食べきったら、ルーべニアに戻る。ソフィアも一緒に来るだろう?」
私は「うん」と大きく頷いた。
***
「ごちそうさまでした」
私たちは最後の食材を使った料理を食べ終わった。
思えばライアンに助けてもらってからもう三月くらい経っている。
体感の時間経過としては、あっという間だった。
だって毎日やることがたくさんあるんだもの。主に魔物を
「結局、最後までつきあってもらってしまったな」
ライアンはそうしみじみ言うと、「助かったよ。ありがとう」と言った。
「こちらこそ、ありがとう」
そう言って周囲を見回す。テントの中はごちゃごちゃしたままだ。
「これ、今から荷物まとめるの? 全部持って帰れる?」
今まで気にしてなかったけど、そもそもライアンはこれだけの荷物持ってルーべニアから1人でここまで来たのかしら。荷物まとめるの、大変よ。
ライアンは得意げに笑った。
「このまま帰るよ。いったん、外に出よう」
「今……夜だけど……」
そう首を傾げながらテントを出る。
ライアンは杖を持ってテントの周りに魔法陣を描きはじめた。
「転送の魔法陣だ。ルーべニアの魔法研究所に帰還用の魔法陣をあらかじめ描いておいたから、そこに飛べる」
そんな便利な方法が……。
そう思っているうちに複雑な円陣を描き終わったライアンは、私を手招きした。
模様の端に一緒に立って、ライアンが何かを唱えると、周囲が白く輝きだしてぐにゃりと風景が歪んだ。そして、気がつくと石造りの建物の――一室にいた。
「ここ、どこ?」
周囲を見回すと、横にライアンが立っていた。
あれ……テントはないわね……。
そう思っていると、
ドン! ガラガラ! っと大きな音を立てて、空中から急に現れたテントが崩壊しながら部屋の中に落下した。
「ここは、魔法研究所の俺の部屋……」
ライアンがそう言いかけた時、駆け足の音が響いて、部屋の扉が勢いよく開く。
「今の音! お前か! ライアン!」
ライアンと同じような黒いフードを着た男の人が血相を変えて部屋に飛び込んで来た。
「ああ。今戻った」
ライアンは部屋に飛び込んで来た明るい茶の髪の男の人に向かって片手を上げた。
その人は部屋に散らばったテントとその中身を呆気にとられた顔で眺めてから、私に視線を止めた。
「ライアン……その
「彼女はソフィア。修行中に世話になったんだ。魔法の素質があって、学んでみたいということなので連れてきた」
そう紹介してから、私にも相手を紹介する。
「ソフィア、こいつはレオ。俺の兄弟子だ」
兄弟子……のわりに、気安い口調なのね。
そんな風に思いながらレオに挨拶する。
「えぇと、こんにちは……。ソフィアと言います……」
「どうも、初めまして」
ライアンの兄弟子は困惑した様子ながら、人好きのする笑顔を浮かべながら私を見た。
そこで、私は自分の恰好を改めて見た。ライアンから借りたままのよれたズボンとシャツ姿で髪は邪魔にならないように後ろで一つに結んだだけの姿だ。
ここが人気のない山の中でないことに改めて気づいて急に恥ずかしくなる。
「――ライアンが世話になったとか……」
「あ、はい。その前に私が助けてもらったんですけど」
レオは色々と聞きたそうに口を開いたけど、そこにライアンが口を挟んだ。
「レオ、師匠は今いるか?」
「ああ、部屋にいるはずだけど」
「それは良かった」
ライアンは私の方を見ると、「ついて来てくれ」と言って部屋を出て行った。仕方ないのでその後ろを小走りで追いかける。
この建物は石造りの、私の家よりもずっと大きな、宮殿みたいな大きさの建物だった。
魔法研究所って言っていたけど、こんなに広いのね。
そんなことを考えながら後をついて行くと、ライアンは大きめの装飾のある扉の前で立ち止まった。それから改まったように姿勢を整えて、扉をノックした。
「師匠、ライアンです。入りますよ」
そのまま中に入ったので、私も慌てて後ろから部屋に入ると、壁一面本棚の部屋の中央で机に座って書物を開いていた黒いローブの人が顔を上げた。
白髪をきれいに後ろで一つにまとめた上品そうな女性だった。
「ライアン、――今まであなた、どこで何を――」
眉間に皺を寄せて本から顔を上げた彼女はライアンを睨んで、それから瞳を大きく広げた。
「あなた、魔力量がかなり増えているわね」
「魔物を食べれば魔力量が上がる――、それが実証できました」
そう自信あり気に言ったライアンは私の背中を押した。
「彼女のおかげで、魔物が美味く食べれました。魔法の才能もあるみたいです。――勉強をしたいということなので、この研究所に部屋と、誰か師を紹介してあげてもらえないでしょうか」
師匠はじっと私を見た。雰囲気が厳格な人なので思わず背筋が伸びてしまう。
「ソフィア……と言います」
「私はライアンの師、クロエです。ソフィアね。わかりました。部屋を準備させましょう」
クロエさんはふっと表情を緩めた。
……良かった、出て行けとか言われなくて……。
ほっとしたのも束の間、彼女はまた表情を厳しくした。
「二人とも、まずは身なりを整えていらっしゃい。それから、ライアン、あなたの実家から、戻って来いと再三連絡がありましたよ。手紙をレオに預けてありますから、きちんと確認して返事をなさい」
ライアンの顔を見ると、とっても面倒そうに口を曲げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます