第7話 頼られた
「
事の次第を説明するとライアンは感心したように頷いた。
倒した、というよりも勝手に魔法陣に引っかかってくれただけなんだけれど。
「――テントの方へ逃げたけれど、追いかけてきたわ。魔物除けの魔法がかかってるって言ってたから、追いかけてこないかと思ったんだけど……」
少し不満な気持ちも込めてそう言ってみたけれど、ライアンは気にする様子もなく言う。
「魔物除けだから……近づいてはこないけど、いったん獲物を見つけて戦闘状態になって追いかけてきた魔物には効かない」
まぁ、テント周辺から出るなって言われたのに草藪の方へ行った私も悪いから……いいか。――それよりも、
「これ、普通に食べられるわよ」
すっかりできあがった燻製肉を見せると、ライアンはさっそく駆け寄ってきて、一枚口に入れて、感嘆しながら呟いた。
「……普通に食べれるな」
「でしょう!」
驚いた様子のライアンの顔に嬉しくなって、飛び跳ねると、彼はもう一枚手に取ってむしゃむしゃ食べながら呟いた。
「――何だか量が少なくないか」
「……気のせいじゃない……?」
私は肩をすくめて視線をそらした。待っている間お腹が減って結構な量を食べてしまった。
「……?」
だけど首を傾げるライアンの様子に耐え切れず、私は白状した。
「――待ってたらお腹が減ってしまったの。半分くらい私が食べたわ」
「そうか、他に食い物なかったもんな」
ライアンは少し残念そうな顔をしてから、手をぽんと叩いた。
「そうだ。あいつら、このへんでお尋ね者だったみたいで、村の自警団に突き出したら報奨金がもらえたんだ、それで色々買ってきたんだが」
リュックを開けて中から色んなものを取り出す。
野菜に、パンに……いろいろ!
「わぁ」と思わず歓声を上げてしまう。
ライアンは燻製肉を見つめながら呟いた。
「これ……パンに挟んだら美味そうだな」
「私も! そう思っていたところなの!」
激しく頷いてライアンの手からパンを奪う。
「早速、やってみましょう!」
彼の返事を待たず、ナイフでパンを切って、燻製を挟んで食べてみる。
「……美味しい。いけるわ、これ」
癖のある燻製の味がパンに挟むとちょうど良く感じられるから不思議だ。
その様子を見ていたライアンが「俺も食べる」と横に腰を下ろす。
あ、やっぱりお腹空いてるのね。
私たちはしばらく無言でパンを食べた。
***
「あの猪も……魔力を増やすのに良いの?」
お腹がいっぱいになったところで、水を飲みながらライアンに聞く。
「ああ。一角兎よりも魔力量が多くて食べると良さそうなんだが」
はぁ、とため息。
「魔力が強いほど魔物の肉はぐずぐずになる。一角兎は何とか食べれたが……、一目猪は一回捕まえて、試してみたが食べれなかった」
私はせっかく収穫した赤い実のことを思い出して、立ち上がった。
ぶちまけてしまったけれど、まだ多少籠に残っている。
「これ、見て! そこの茂みの奥で獲ったの。その時にあの猪に出くわしちゃったんだけど」
「何だ? その赤い実」
「ピリピリの実っていって、香辛料よ。食べると辛いわ。舌がピリピリするほど」
私は一粒食べてみて、顔をしかめた。
同じようにライアンも一つ、口に入れて顔をしかめる。
「名前通りだな」
「乾燥させて砕いて使うんだけど、あなたは、辛いのは平気?」
「あまり食べたことはないが……」
「これを使えば、味を誤魔化せると思うのよね」
ライアンは少し考え込んでから真剣な表情で私の手を取った。
「――あんたに頼みたいことがある。しばらく、魔物の調理について知恵を貸してくれないか」
「……え」
私は思わず動きを止めた。ライアンの目はかなり真剣だ。
「しばらく教えてもらえれば、ルーべニアまでの旅費は出すし……俺はルーべニア出身なんだが、戻ったら礼金も出す。だから、頼む」
頼られてる……。私が頼られてる?
今まで誰かに頼られたことなんてなかったから、私はその感覚に慣れなかった。
……だけど、こうやって頼られるのって……嬉しいわね……。
「わかったわ」
私はライアンの手を握り返すと頷いた。
――こうして、私はしばらくの間ライアンとテント暮らしをすることになった。
猪の魔物が突っ込んできて、テントが半壊してしまったので、ライアンが夜までに壊れてしまった後ろ半分を部屋を分けるような感じで分離してくれて、「こっちを使ってくれ」と言った。
彼が「ローブを被って寝るから良い」と言ったので、
服も汚れてしまったので、ライアンのズボンとシャツを借りることになった。
サイズはけっこう大きいけれど、裾をまくったり調節して何とか着る。
初めて履くズボンは驚くほど動きやすかった。
藁っぽいベッドはふかふかしていて意外と快適だし……。
私、屋敷の外でも普通に生きてるわ。
ふとそのことに気づいてはっとした。
社交場に行くのも嫌で屋敷の中にいるばかりだったけれど、こんな山中のテントの中で意外と普通に生きている。
その事実を改めて認識して、自分でも驚いた。
……まぁ、ライアンがいろいろとしてくれるからだけど……、でも、私も魔物が食べられるようにいろいろ彼に協力しているから、お互い様だ。
魔物をできる限り美味しく食べる試行錯誤は日々続いていた。ライアンの言った通り、一つ目猪は一角兎よりお肉のえぐみが強くて、塩をつけて乾かして燻製にしただけだと、まだ飲み込むのが辛かった。
でも、ピリピリの実を乾かして潰してつけて燻してみると、不思議なことにそのえぐみが辛さと混ざって悪くない意味での癖のある味に変わった。それこそカビさせたチーズみたいな。
山の茂みの中にはピリピリの実以外にも、グレゴリーが庭で育てていた調味料になる食材がたくさんあった。甘みを増やす甘樹の皮に、生臭い臭みを消す薬草に、いろいろ。
私たちはだんだんと魔力量の大きい魔物にチャレンジすることにした。
猪の次は、鹿っぽい魔物、熊っぽい魔物……。
基本は乾かして燻製にすることで、食べやすくなった。
それを野菜と一緒に鍋で煮込むと、生のまま煮た時のような泥みたいなのじゃなくて、旨味が感じられるスープになった。
ライアンはほぼほぼ山の中に魔物を狩りに行っていて、私はテントでお肉を
「あれ……?」
私はライアンが食材の乾燥のための送風の魔法陣を描き直すのを見ながら目をごしごしこすった。――今、何か、見えたわ。
「どうした?」
「今、見えたのよ。こう緑色のぐるぐるした何か……、その魔法陣の上にぐるぐる……」
説明するのが難しい。
ライアンは、驚いたように口を開けた。
「それ、風の魔力じゃないか」
「風の魔力?」
首を傾げていると、ライアンは杖で魔法陣の隣に、何かぐるっとした模様を描いた。
その上をさっきの緑色のぐるぐるしたものが渦巻いている。
今度は消えないでずっと回転している。
「あ、また見えた」
「やっぱり、ソフィア、魔力が見えてるな」
ライアンは感嘆した声で言う。私は首を振った。
「私、魔法は使えないし……、魔力っていうのもわからないわ」
「魔力は生命の力だから、生き物ならみんな魔力は持っている。ただ、魔力を感じられるかどうか――魔法が使えるか使えないかは、魔力量が魔法があるかないかで決まるから……、俺と同じく、魔物を食べていたから魔力限界が上がって、魔力が見えるようになったんじゃないか?」
興奮したような口ぶりに私は「ちょっと待って」と首を振った。
「魔力が見えると魔法が使えるの? 一月、食べてるだけでそんなことってある?」
「魔力が見えれば、魔法を多分使える。一月だけでそこまで変化があるかはわからないけど――あんたはもともと、あと少し魔力量があれば、魔法が使える体質だったんじゃないか」
ライアンは自分が描いた緑色の風の魔力だというのが滞留している円の模様を揖斐差しながら「これと同じ図を描いてみろ」と私に杖を渡した。見様見真似で描いてみると……、
「あ、出てきた」
私が床に描いた図の上にも風の魔力がぐるぐるし出した。
「これは、風の魔力を呼び出す魔法陣の模様だ」
ライアンはそう言って、私を見つめた。
「ソフィア、あんた、魔法が使えるよ」
私、魔法使えるようになったの?
今までできないと思ってたことがいきなりできるようになったと言われても、変な感じだわ。
「魔法って……、どうやって使うの?」
「魔法陣を使う場合は、魔力がある人が決まった図を描くと発動する。魔力量が少なくても、発動できる。ただ、魔法陣を正しく描く必要がある」
ライアンが魔法について説明してくれる。
「即時魔法――その場で発動させる場合は、最初はある程度決まった言葉の詠唱が必要で、慣れてきたら詠唱なしでも発動できる」
ぽんと手を叩いで、私に言った。
「まずは火をつける魔法から始めよう」
それから私はライアンに魔法も教えてもらうようになった。
私の魔力量だと、火をつけるにしても即時魔法は使えて1回だけだったので、魔法陣を使った魔法の方が便利だった。ただ魔法陣は少し描き間違えると発動しないので、そこが難しい。線一本で火を起こすにしても加減が変わるので、迷うことなくそれが描けるライアンはすごいと思う。
そう伝えると、ライアンは自嘲気味に言った。
「俺も魔力量が少ないから、修行続けるのに魔法陣でどうにかするしかなくてね」
魔法使いの世界というのは魔力量があって、即時魔法がどれだけ使えるかで階級が決まるらしい。――確かに毎回正確に魔法陣を描くのは結構大変だと思うけど。
「でも……魔物を食べたら魔力量が上がるなら、魔力量がない人はあなたみたいに、みんな魔物を食べればいいのにね」
そう言うと、ライアンは気まずそうな顔をして一瞬黙った。
「……どうしたの?」
「――魔物を食べるのは、禁忌なんだ本当は」
「魔物を食べると、魔物みたいになってしまうって言われてる。ほら、肉も普通じゃ食べれないくらい不味いし、食べようと思うやつもいなかったんじゃないか。そもそも、魔物を食べれば魔力量が増えそうだっていうのは俺の仮説だったんだ」
「――実際に増えるかどうかはわからなかったってこと?」
「実は。でもそれしか認定試験を突破できる方法がない気がしたから、試してみるかってね」
ライアンは私の手をとって真剣な表情をした。
私は一瞬どきっとした。
初めの頬がこけていた時に比べると、少しふっくらして形のいい卵型の顔になっている。
相変わらず髪はぼさぼさだし髭も生えたままだけど……。
ライアンってすっきりさせたら結構格好良いんじゃないかしら……。
「でも実際、魔力量は増えてきてる。この調子であとしばらく続ければ、試験もどうにかなりそうだ。あんたには本当に感謝してる」
……そんなに真っ直ぐに感謝されると、照れるわね。
私は視線をぐるっと一回りさせながら答えた。
「私も、魔法を使えるようになるなんて思わなかったし……、あなたの役に立てて良かったわ」
ため息の後に付け加える。
「料理なんて……、使用人の仕事だからできたってしょうがないって……、他のことができなきゃ意味がないって言われてたから……」
「他のこと、とは?」
「ダンスとか――、もっと社交に役立ちそうなこと?」
「それを言った奴は馬鹿じゃないか」
ライアンは一笑して、言い切った。
「ここで踊ったって何にも出てこない」
私はぽかんとしてから、ふふっと笑った。
「それも、そうね」
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