第6話 魔物との遭遇
テントの前で砕いた木片に焚火から持って来た火をつけて煙を出させる。
目が覚めるような香りの強い煙が顔にかかった。
その上にライアンが出て行く前に作ってくれた木片を合わせた箱置いて、中に網で挟んだ乾燥したお肉を置いて蓋をする。
あとはこのまま待つだけ。
――食べられるものになるかしら。
どんな感じの味になるか想像できないので、結果にわくわくする。
でも、まだ、時間かかるのよね。
私はテントの周りを散策してみることにした。
目の前には綺麗な小川が流れていて、水はそこから汲んでくればいいから楽だ。
周囲は開けた場所になっているけど、裏側はもう草藪で道がない。
テントの周りから出ないでくれって言っていたけど、この開けたところから出るなっていう意味かしら。
山の中にはたくさんの魔物がいると聞いたことがある。
――屋敷から出ることはあまりないから、実際に見たことはないけれど。
そういう魔物は冒険者の人たちが人里に出てこないように退治してくれているっていうわね。
屋敷にいるときは本を読むことが多かったから、図鑑で見た魔物の絵には馴染みがあった。
今燻製にしている一角兎は、尖った長い角が額に生えた大きな兎だったはずだ。
とても凶暴で、鶏くらいの家畜なら食べてしまうって書いてあったっけ……。
そういうのがたくさんいるのは怖いわね。
そう思いながら草藪を見つめていた私は、茂みの中に赤い実がちらほら見えることに気づいて駆け寄った。
背の低い木からひゅんひゅん伸びた弦みたいな枝に生った赤い実……。
グレゴリーが庭で育てていたやつだわ!
藪に手を突っ込んで、赤い実をもぐと口の中に入れた。
ぴりっと舌先が痺れる。
やっぱりピリピリの実だわ、これ。
閃いた。これを使えば、あのお肉もっと食べやすくなるんじゃないかしら。
今のままだと量を食べるには塩辛すぎる気がするけれど、これを使えば塩の量も減らせるし……。
テントに戻ると、隅の方に置いてある色んな道具から籠を取り出してまた草藪に走った。
赤い実をもいでは入れ、もいでは入れして籠に入れていく。
一個一個小さいからなかなか量が取れないわね……。
そんなことを考えているうちに私はいつの間にか森深い方へ足を踏み入れてしまっていた……けれど、そんなことには気づかずに、夢中で収穫していると……、がさり、と何かが落ち葉を踏む音が聞こえた。
「……」
一瞬にして背筋に冷たいものが走った。
周囲は木・木・木。いつの間に私こんなところに来ていたんだろう。
シィィィィと獣の吐息のような音が後ろ……がさりと音のした方から聞こえて来た。
恐る恐る振り返る。茂みの中から尖った牙と角が私の方に向かって飛び出ていた。そして、真っ赤に光る大きな一つ目。それはとても大きな一つ目の猪だった。
――魔物だわ。
魔物は真っ赤な目をしていて、普通の動物と明らかに違う見た目をしている。
角がないはずの動物に生えていたり、目が一つだったり。
「わ……ぁ」
私はその場で腰を抜かして後ずさった。
一つ目の猪はそんな私をその目で見据えて、これからやるぞ、という風にぶるると身震いをしてから身体を少し低くした。
走ってくるわね、こっちに。
どうしよう、あんなのがぶつかってきたら大怪我……というか死ぬんじゃ……。
私は手に持った籠いっぱいにもいだ赤い実を手に取ると、その獣に向かって投げつけた。まとまって宙を飛んだ実は大きな目に当たった。グゥと猪は大きく吠えて飛び上がった。……触っているだけで手がヒリヒリしてくる実だから、目に入れば痛いはず……ってそんなことを考えている場合じゃないわ。
身を
どうにか河原に飛び出て、テントの前で私はへたった。
周囲には燻製のいい匂いが漂っていた。
何とか……逃げられたわ……。
大きく息を吐いたその時、ぐるるという唸り声が耳に入って来た。
振り返ると……、
「何でいるのよ!」
思わず叫ぶ。あの一つ目の猪がテントの後ろから私の方を見ていた。
ライアンの嘘つき。魔物除けっていうのは何なのよ、ついてきちゃってるじゃない。
あああ、どうしよう。
私はテントの中に逃げ込んだ。
こ、この中にまでは入ってこないわよね。何か防ぐような魔法をかけているわよね。
一応手にナイフとフライパンを持って済で身構えていると、どんっとテントが揺れた。
テントの壁に黒い大きな影が映った。
「体当たり、してる?」
そう考えている間に、びりっと角がテントを突き破った。
テントを引き裂いて一つ目の猪が姿を現す。
そして、私に向かって突進してきた。
「きゃああああああ」
叫びながらテントの入り口目が目て駆け出す。
あああ、こんなところで死にたくない……。
その時、背後で獣の断末魔のような声がした。振り返るとテントの後ろ半分が崩れている。猪は追いかけてこない。
何が起こったの?
テントの中を覗き込むと、一つ目の猪は黒い血を流しながらテントの隅にバラバラになって転がっていた。……特に血が溜まっているのは、
「――木を砕いた魔法陣のところ……」
ライアンが木片を砕くために描いた魔法陣のところだった。
「危ないから手を入れるなよ!」と言っていたことを思い出す。
「危ないどころの騒ぎじゃ、ないじゃない……」
助かったけど……。
どうやら猪はあの魔法陣に足を踏み入れて、魔法の刃で刻まれてしまったらしい。
「……魔物は、血もお肉も黒いのね……?」
恐る恐る動かなくなった猪に近寄る。
……これも、食べれるかしら……。
ふとそんなことを考えた私は、とりあえず猪の身体を川に運んで水に漬けることにした。
こうしておけば、冷やせるし、血が流れていくでしょう。
――後の処理はライアンにやってもらおう。
一通り運び終わってから、私は河原にしゃがみこんで呟いた。
「……疲れたわ……」
燻製の良い匂いが漂ってくる。空腹が限界だった。
私は木箱を開けると、すっかり水分が飛んでぱりっと仕上がった一角兎の燻製を一つ手に取った。鼻の奥に響く臭いがあるけれど、香木の煙と混ざって、昨日の鍋のような異臭はしない。癖があるけれど、嫌な臭いではない香りだった。
「いただきます……」
それを口に入れてかじってみると、
「……いけるわ」
思いのほか、美味しいと言ってもいいくらいの味だった。
苦味があるけれど癖になる苦味というか。硬いパンに乗せて食べたい感じだ。
私はぽりぽりと燻製肉をかじった。
そうしているうちに夕暮れになり、リュックを背負ったライアンが帰って来た。
「な、何があったんだ……?」
後ろ半分が壊れたテントと、川に浮かぶ猪と私を見比べてその場に立ちすくんでいた。
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